表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/28

プロローグ とある荒野にて

 この世界は、魔王の脅威にさらされていた。過去形になっているのは、その魔王がもう既にいないからである。世界は、勇者という犠牲の代わりに、魔王のいない世界を手に入れた。魔王ベルフェゴール=ディ=アダマス、そして勇者アルミナ=クロイツフェルト。魔族にとっても、人間にとっても、互いの抑止力となっていた存在の消滅の影響は決して小さいものではなかった。

 だがしかし、それでも続いてゆくのが世界である。

 魔族たちは新たな魔王を擁立するために小規模な軍勢に分かれて日々小競り合いを繰り返し、人間たちは新たな魔王が生まれた時に備えるため、冒険者の育成により一層力を入れるようになっていた。

 これは、そのような時代に冒険者として歩き始めた二人の少女の世界を見る物語である。


◆ ◆ ◆


 見渡す限り一面の荒野。その荒野の、ある大きな岩の影で二人の少女が休んでいた。

「む」

「……どうか、した?」

 銀の髪を腰まで伸ばした眠そうな少女が、近くに座っている紫紺の髪の少女に問いかける。紫紺の髪の少女は閉じていた眼を開きつつ、銀の髪の少女の方を向きつつ口を開いた。

「ああ、何かがこちらにまっすぐ向かってきている。移動速度からすると、錆蜥蜴(ラストリザード)かもしれんな」

「…………いってくる?」

「あーー…………。この進路だと確実に儂らにぶつかるじゃろうしな。仕方ない、行くしかないの」

「…………わかった」

「手伝いはいるか?」

「…………いらない」

「怪我せんようにな」

「…………ん」

 そう答えた銀髪の少女は、相方の少女の方を見ることなく岩場の陰から飛び出ると、その銀髪を陽光に煌めかせて駆けていった。


 荒野に土煙が立ち上っている。その土煙を立てているのは、群れを成して走っている巨大な錆色の蜥蜴であった。この錆蜥蜴は体長は5、6メルターほどであり、基本的に二十から三十匹程度の群れを作って移動する。なお、その体色は錆蜥蜴が好んで食べる鉱物の成分が体表に現れたものであり、その皮は防具の素材として使われることもあるほど固いものである。

 しかし。

 少女は数キロメルターの距離をものの数分で駆け抜け、そのままの勢いで錆蜥蜴の群れに突っ込むと、腰に帯びていた剣を引き抜き、近くにいた錆蜥蜴の首を一刀のもとに斬り落とした。

 そのまま少女は踊るように群れの中を縦横無尽に駆け巡り、少し後、少女が動きを止めたときには周りには首を失った数十匹もの錆蜥蜴が転がっていた。


「…………ただいま」

「ん、おうおかえりーー、ってなんでそんなに血まみれなんじゃ!?」

「…………斬った、から?」

「いや、それにしても上半身が顔も含めて真っ赤というのはおかしいじゃろ!」

「…………ベル、おなかへった」

「…………」

「…………ごはんに、しよ?」

「…………はぁ。クロエ、ご飯は体をきれいにしてからじゃ」

 ベルと呼ばれた少女がそう言うと、クロエと呼ばれた少女は眠そうな顔に少し嬉しそうな色を浮かべ、「…………ん」と答えた。

 クロエはベルから少し離れると、服や防具を脱いで下着だけになり、虚空から突然現れた水を頭から被った。そのまま虚空から湧き続ける水を被り続け、クロエが十分に血が取れたことを確認した途端、風が少女の周りを吹き荒れ、彼女の体を乾かしてしまった。

 クロエは荷物の中から新しい服を取り出して着替えると、いそいそとベルのもとへと向かった。

「…………ベル、きれいに、したよ」

「よし、じゃあ食べるとするかの」

「…………」

「どうかしたかの?」

「…………また、これ?」

 そう言ってクロエは目の前に準備されていたもの――キューブ型の携帯食料――を手に取って、眠そうなまま眉をひそめた。

「美味しくないのは分かっておるが、今の儂たちにはこれしか食料がないんじゃよ」

「…………おにく」

「時間がかかるぞ」

「…………うぅ」

 クロエはその言葉に少し悲しそうにすると、携帯食料を一口かじった。


 携帯食料による、食事と言うより栄養補給に近いものを終えた二人は、少し休むと錆蜥蜴のもとへ向かった。

「どうやらまだ近くの魔物どもは来ておらんようじゃな」

「……はやくしよ?」

「そうじゃな。早くせんとこ奴らの肉を目当てに魔物どもが寄ってくるじゃろうからな」

 そう言って二人はせっせと錆蜥蜴の皮を剥ぎ始めた。先程も述べた通り、錆蜥蜴の皮は防具の材料になる。つまり、売れるのである。皮だけではなく、歯や骨も装飾品や一部の武器に使われることもあるのでこれも回収する。そして肉は、このような荒野において貴重なタンパク源となる。なにより、錆蜥蜴はこの辺りで出現する魔物の中でも可食部が多く、かなり美味い部類に当たる。

 要するに、冒険者にとって錆蜥蜴というのは「美味しい獲物」なのである。

「このくらいかのう」

「…………おにく、たくさん」

 クロエたちは数十匹の錆蜥蜴のうち、三分の二くらいから皮や骨を取り、そのうちの半分からだけ肉を剥ぎ取り、凍らせて荷物に詰めた。それでも彼女たちの荷物は十分に膨らみ、今後の食料についてしばらく心配することはなくなるほどであった。

「さて、行くとするかの」

「…………つぎは、どんなとこ?」

「このまま進むと、ハスタークという都市につくようじゃな」

「…………へぇ」

「この皮やらなんやらが売れるといいのう」

「…………おいしいもの、たべたい」

「まあこのままの速さで歩いていたら到着するのは明後日くらいになるか……」

「……」

 ベルがそう言うと、クロエはかすかに顔をしかめ、若干歩く速度を速めた。ベルはやれやれといった風に首を振ると、相方を追いかけるために砂を蹴った。


 二人がその場を離れて数刻後のこと。

 錆蜥蜴の死骸の周りには様々な魔物がその肉を食らいに来ていた。肉はすぐになくなったが、魔物たちの腹を満たすのには十分であった。

 荒野は今日も平和であった。

第一部完結まではおおよそ二、三日に一度くらいのペースで更新していきますのでよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ