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恩返し

猫の執事の話。


私の生活は意外と忙しい。

習い事や交流の場があったり、覚えなくてはいけないことは山ほどある。

もちろんその忙しさは普段私を世話してくれるメイドや執事たちも変わらない。

特にSPを務める執事たちなんかは気を常に張り詰めている分、ストレスが溜まったりして大変そうだ。


深緑に塗られた高級車がいつもの道を走っている。

一週間のなかで決められたスケジュールに従って、今日もいつもの景色が流れていく。


「なんだか癒しがあればいいのにね」

私は次の行き先へ向かう車の中でため息をつきながら独りごちた。

「お嬢様…お疲れですか」

隣に同乗しているメイドが気遣ってくれた。

「ん・・だいじょうぶよ」


ガタガタッ!!!

「!!?」

車が急に激しく揺れた。

私は咄嗟にシートベルトを両手で掴み、飛び跳ねないよう身体を支えた。

メイドも身体を乗り出して私を抱くように守ってくれる。

すぐに車が道の路肩に止まった。


「どうしたの?!」

私は運転席に身を乗り出した。


「申し訳ございません…お嬢様。故障のようです」

運転手は車から降りると、すぐに周囲をぐるりと周りボンネットを開けたりと故障箇所を探り始めた。

一通り調べると運転手は私側のドアを開けた。

「申し訳ございません…エンジンの方に問題があるようです。このまま動かすのは危険ですので、代わりの者を呼びます。お嬢様、危険ですのでお降りください」

私たちは車から降りるとすぐ、車から距離をとった所まで移動した。


さて、なんだか急に時間ができてしまった。

いつも向かう道の途中ではあるが、お店や人通りもない所にポツンと取り残されてしまい、手持ち無沙汰になってしまった。


思えばこういうアクシデントは初めてだった。

私は普段見ることのない、木々や足元の植物をいろいろと観察していた。

すると、一匹の猫が草むらから出てきた。

白くて少し丸い猫だった。


猫だ・・。

私は驚かさないようゆっくりとしゃがむと、猫の方に手を向けひらひらとふってみた。

ゆっくりと猫が近づいてきた。

指先で猫の少し触る。

ずいぶんと人懐っこい。


「あなた…まるでお餅みたいね」

私は思い切って両手で包むようにしてその猫の顔を触った。

ふにふにと柔らかく、温かった。

人になれているのか、特に逃げようとはせずされるがままにじっとする姿に、なんだか感動してしまう。

ただ時折、じっとこちらを見つめる目に少しだけ違和感を覚えた。

「猫ってこんなに人を見つめるのね」

猫を触るのは初めての経験だった。

ネットで猫の動画をよく見るが、大抵の猫は臆病だからあまり見つめたり構いすぎてはいけないと言っていた。


だから私もこの猫に触る時には、やや目を逸らしながら寄ってくるのを待ったが、まるで昔から飼ってる猫のようにすんなりと接することができてビックリしてしまう。


「あなた…うちに来る?」

こんなに懐いてくれるなら、なんだか別れるのが惜しくなってしまう。


「にあ〜」

猫はじっと私を見つめながら返事をした。

まるで言葉が分かっているみたいで、ちょっとうれしかった。


すっ…。

急に影が出来た。

後ろに誰か立っている。

「あら、もう終わったの?」

私は猫から手を離して立ち上がろうとした瞬間、

「!!!!!???」

後ろから手を回されたと思うと、急に首元から締め上げられた。


「お嬢様!!!」

メイドの甲高い声が山の中に響く。

「動くな!」

男は私を片手で抱きながら、メイドに向かって吼える。

見れば、男は片手に銃を持ちメイドに狙いをつけている。

メイドの動きが止まった。

「それを捨てろ」

見ると、メイドは小さなナイフを手にしていた。

「くっ!」

メイドは手のナイフをそっと地面に置くと、片足で道路の脇に蹴った。

ホールドアップの形でメイドは両手をあげた。


「なにが目的なの」

メイドが男をにらみつけながら尋ねた。

男は特に何も答えず、銃の狙いをつけている。

このままでは撃たれる。


「にゃあ!!!」

突然、猫が男に向かって飛びかかった。


「!!?」

男は急にとびかかってきた猫に驚くと、銃を持った右手をふるった。

「に!」

猫は男に殴りつけられ道路をゴロゴロと跳ねていく。

草むらの方に入ってしまい、見えなくなってしまった。

男は猫の転がっていった方向へと一瞬気を向ける。


「ぐあ!」

男は小さく叫び声をあげる。

腕の力が緩んだ。

私はその隙に男の腕から脱出すると、男の背中の方に向かって走った。

「くっそ!!!」

見ると、男の左腕にナイフが刺さっていた。


男は脅威となるメイドの方を無視して振り向くと、今度は銃口を私に向けてきた。


「お嬢様!」

パーンッと乾いた銃声が山の中にこだました。

バサバサバサっと音に驚いた鳥が飛び立つ。

私は目をつむって身を小さくかがめた。


けど、なんともない。

私は目をおそるおそるあけた。

目の前に誰か立っている。


見ると、見知らぬ青年が私の前に盾になるようにたちはだかっていた。

「う・・」

青年はゆっくりと膝をつくと、そのままうつぶせの状態で倒れてしまう。

「!!!」

私はその様子をまるでスローモーション撮影のようにゆっくりとした視界で見ていた。

だれ・・?

撃たれた・・

驚愕と混乱のなかでいきなり現れた青年に守られたことを認識する。

また次の射撃がくる・・!

私は青年のそばに寄り添うように身をかがめた。

数秒経っても何も起こらない。


「ゆな・・だいじょうぶか~」

霧島のいつもの間延びした声が聞こえた。

男は白目をむいて霧島の足元に倒れていた。

後ろを振り返ると、複数の車が近づいてきた。

どうやらメイドが応援で呼んでくれていたらしい。



「だいじょうぶ!!?」

私はドレスのリボンをほどくと、倒れた青年の傷口を強く圧迫する。

青年が苦痛にゆがんだ顔をしたが、幸い出血は少ない。


「ありがとう・・あなたのおかげで助かったわ」

青年は私の方を振り向くと、少しほほ笑んだ。

「少し待ってて。水を飲ませてあげる」

私は青年に背を向け、車からペットボトルの水をとりだした。


「あれ・・」

振り向くと倒れていた青年はいつの間にか姿を消していた。

そこには少しの血と、なぜか白い繊維のようなものが残るのみだった。


一週間が過ぎた。

私を襲った男は最初こそ一切口を割らなかったらしいが、少ししてから襲った動機や依頼した人物に対して調べがついた。

そこらへんは霧島たちが対処してくれて、あっという間に方が付いてしまった。もう大丈夫だとさわやかに言われ、彼らがどうなったのは大方想像がついた。


ところで今日から一匹の猫が私の屋敷に住むこととなった。

白くて丸い、お餅のように柔らかな猫だった。

首には紫のリボンが首輪のように巻かれている。

私が普段巻いているリボンと同じデザイン。

そこには紅く染め上げたように、ほんの小さく染みがあった。

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