不思議の国のアリス?3話 ゆずる編
少女に手を引かれるまま、僕は庭を通り抜け屋敷へと入っていった。
屋敷と言っても、僕の住むヴィアレットの屋敷ではなかった。庭の雰囲気と同様ヨーロッパの宮殿のような古めかしい外観で、教会のような少し寂しい様相に見えた。
ゆなはおとなしい見た目に反して意外とお転婆な性格なようで、僕が道中何度かこの屋敷のことや少女の言うパーティーのことを聞いても、
「いいからいいから!」
と答えるのみで、きょろきょろと屋敷を見回すことぐらいしかできなかった。
寂し気な外観とはうってかわって、屋敷のなかはまるで高級ホテルのような豪奢な造りだった。鈍色の玄関扉を開けると、まず赤色の絨毯が目に入り、頭上にはやや小ぶりなシャンデリア。廊下を歩けば、美しい木目の壁が向こうまで続き、窓から燦燦と入る柔らかな光線が反射してなんとも品を感じる。
ところどころに飾られた絵画や花器も派手派手しくない趣味の良いものばかりでこの屋敷の主人の教養を感じさせるものだった。
「とても素敵な屋敷だね・・。君が用意したものなの?」
外ではやや強引に手を引いていたゆなも廊下を歩いている最中はしずしずとした脚運びだった。代わりに今は僕の左腕に手を回し、彼女にエスコートされる形で部屋へと向かっていった。
「そうよ。美しいものに囲まれていると気分がいいわ。お兄様は簡素すぎるわよ」
ゆなはやや呆れたような顔も見せつつも語る言葉には楽し気な色を感じた。
『そういえばさっきの口ぶりだと久しぶりに会ったって感じだったな・・。再会できて嬉しいってことなのかな』
もちろん僕は彼女を知らない。だが、屋敷のなかを歩くうち不思議な気持ちを抱いていた。
『なんだろう・・初めてくるはずなのに・・懐かしい?』
近代美術が多く飾られているなか、時々骨とう品ともいえるようなアンティークに目を奪われることがあった。そのどれもが時代を感じさせる古い物ばかりだったが、子ども時代に遊んだおもちゃを見るような懐かしさがあった。
長い長い廊下を歩いて、ようやく一つの部屋の前に着いた。
「さ、どうぞ。お先に失礼するわね」
ゆながそう言うと、部屋の前で控えていた執事が扉を開けてくれた。その雰囲気になんとなく見覚えがあった。
「ジャン・・君もここにいたんだね」
僕が驚いていると彼はにこりと軽くお辞儀をし、僕が通るまで扉を押さえてくれた。いつもの執事服とは違った白のスーツに身を包んでおり、細身の体型にやや彫りの薄い顔がよく映えている。おそらくだがトランプ兵の衣装をイメージしているのかと思う。
部屋に入ると、窓際の二人掛けのテーブルにゆなはすでに着席していた。
「ほら、お兄様。こちらの席へどうぞ」
ゆなはそう言うと、自分の正面の席を指した。
「こうして話すのも久しぶりね。元気にしてた?」
そばに控えていたジャンがテーブル横のポットを取り上げると、ゆな・僕の順で紅茶をカップに注いでくれた。
「え?あ・・うん。元気に過ごしているよ。屋敷の者たちも相変わらずだね」
急に話題を振られて少し戸惑ってしまった。カップから立ち上る湯気とと共に、ふわりと茶葉の香りが鼻をくすぐった。
「それはなによりだわ」
ゆなはそう言うと自分のカップを持ち上げた。どうやら乾杯のポーズらしい。僕も彼女にならって、カップを持ち上げた。
「私たちの再会に」
彼女の振る舞いは実に優雅だった。だが、仕草も何もかも僕とうり二つな姿に、鏡を見てお茶をしているようで落ち着かない。
『夢にしてはリアルだな・・』
僕はじっと目の前の少女を見つめた。
『不思議な子だな・・。何年ぶりに会うのだろう』
「お兄様とは1年以上は会ってなかったわね。最後に会ったのはどこだったかしら?」
まるで心を見透かされたかのようなタイミングに思わず口元を隠してしまう。
「そうだね・・。どこだったかな」
僕はこの夢の世界にだんだんと順応してきたのか困惑よりもすでに好奇心の方が大きくなってきていた。よく見れば、部屋のなかにも写真や絵画がかけられており、ちょっとした美術館のようでもあった。そのなかに一枚気になる絵があった。
「この絵・・」
僕は席を立つと、その絵のそばまで寄った。それは両手に抱えるほどの小さな絵で、一人の少女が描かれていた。
「え・・?」
突然、目の目がぼやけたかと思うと熱い何かが頬を伝っていった。特に悲しみの感情は湧き上がってはいなかった。まるで微睡みのなかで自然と伝うようにただはらはらと涙がこぼれていく。
「思い出しちゃったのね」
ゆなはそっと僕を抱きしめると手にしたハンカチで優しく涙をぬぐってくれた。
「無理もないわ。私も時々眺めると涙が出てくるもの・・」
「この絵は誰なの?」
僕はハンカチで目元を押さえながら彼女の方を見た。
ゆなもまた、描かれた少女を姿を見てぽろぽろと涙をこぼしていた。
絵の中の少女はまるでウエディングドレスのような純白のドレスを着、侵しがたい品位を兼ね備えていた。薄いベールを頭に、そして百合の花を一つ手にしていた。そして不思議なのは、その少女がゆずるとゆなに生き写しだったことだ。
「彼女?彼女は私たちよ・・」




