不思議の国のアリス?3話 ゆな編
少年に着替えてくるように促されたあと、私とレムは庭に設置されていた扉を通り屋敷へと入っていった。
屋敷と言っても、私の住むヴィアレットの屋敷ではない。庭の雰囲気と同様ヨーロッパの宮殿のようなもっと古めかしい外観で、修道院のような少し寂しい様相だった。とはいえ、なかはシンプルながらも凝った内装をしており、飾られた絵画などは私の趣味にあっていてとても心地よい場所に思えた。
少しばかりきょろきょろと見て回りつつ、フィッティングルームに通された私はとある服装を渡され少し不思議に思った。
「これは・・アリスの衣装?」
「こちらはマーチヘア(三月兎)のお洋服でございます」
着替えを手伝ってくれているレムが答えた。
「マーチヘア・・なるほどマッドティーパーティだものね」
マッドティーパーティ・・不思議の国のアリスに出てくる帽子屋と三月兎がアリスを加え何度も同じ時間を繰り返すお茶会を開いているシーンだ。
「アリスはいないの?」
「アリスは・・・」
レムは言いかけて少し戸惑った様子で口をつぐんでしまった。それからは無言でてきぱきと化粧や髪のセットを済ませてくれる。
「さぁ!お化粧もお洋服もばっちりでございます」
レムはそう言って、大きな姿見の前まで促してくれた。
紫を基調にしたドレスに大きく膨らんだスカート。足はいつもより大胆に強調されているが、コサージュの付いたニーソックスが隠していてセクシーな大人っぽさがある。いつもは片方だけの三つ編みを今回は両方に大きく二つ。ウサギのカチューシャに赤色のリボン。肩からは大きな懐中時計を下げていた。
「あまり着たことない衣装だわ。かわいいわね」
私は姿見の前で何度か身体を回して少しテンション高く自分の身体を見た。いつもは隠しがちな球体関節を出しているのは少し落ち着かない気もしたが、ここではそう気がかりなことでもないらしい。
「さ、お嬢様。ゆずる様がお待ちですのでどうぞ」
私はレムにそう告げられるまでしばらくの間鏡の前で過ごしていた。
レムに案内されるままに屋敷の廊下を歩きながら、私は不思議な気持ちに包まれていた。
『なにかしら・・初めて来るのに何か・・懐かしい?』
私は都市に初めて足を踏み入れたおのぼりさんのようにきょろきょろと屋敷のなかを見ていた。置かれているアンティークはどれもやや古めかしいモノが多かったが、どれも子ども時代に遊んだおもちゃでも見るかのような懐かしさがあった。
部屋に入ると、窓際の二人掛けのテーブルに少年が座っていた。
やや物憂げな顔でテーブルで組んだ指をじっと見つめている。
「やぁ、ゆな。よく似合ってるね。さ、ここの席へ」
ゆずるは私の存在に気付くと、人懐こい笑顔を見せ自分の正面に空いた席に促した。
テーブルのそばまで寄ると、控えていた執事が椅子を引いてくれる。
その仕草にもなんとなく見覚えがあった。
「露五・・あなたもここにいたのね」
私が問いかけに彼はにっこりと軽くお辞儀をしただけだった。いつものブラックの執事服とは違ったワインレッドのスーツに身を包んでおり、元々身長も高く彫りの深い顔のため違和感を感じさせない。おそらくトランプ兵の衣装を模しているのだろう。
私が着席してスカートを直し終えると、ゆずるも席に着き直した。
「こうして会うのは久しぶりだね。元気にしてた?」
ゆずるは紅茶のポットを取りあげると、そばのカップに次いで渡してくれる。
「え?ええ・・そうね!元気に過ごしているわ。屋敷の者たちも変わりないわ」
急に話題を振られたせいで上ずった声がでてしまった。カップから立ち上る湯気と一緒に、ふわりと茶葉の香りが鼻をくすぐる。
「そうなんだ。それはなによりだったね」
ゆずるはそう言うと自分の手元のカップを持ち上げた。どうやら乾杯のポーズらしい。私も彼にならって、カップを持ち上げる。
「それじゃ乾杯」
ゆずるはそう言うと優雅に紅茶に口を付けた。仕草も何もかも私とうり二つなその姿に、鏡を見てお茶をしているようで落ち着かない。
『夢にしては随分リアルね・・』
私はじっと目の前の少年を見つめた。
『そういえば、この子とは久しぶりに会うのよね・・。何年ぶり・・とかなのかしら』
「もうゆなとは1年以上会ってなかったよね。最後に会ったのはいつだったかなぁ」
ゆずるのその言葉に声が漏れていたのかと思わず口元を隠してしまう。よく考えれば夢のなかでも声に出さずに思考を巡らせることができるとは不思議に思った。
だが、幸いにも口に出ていたわけでもなく偶然ゆずるはそう切り出しただけだったようだ。
「そうね・・。いつぶりだったかしら?」
私はこの夢の世界に順応してきたのか不思議と困惑などの気持ちよりも好奇心がむくむくと首をもたげてきていた。よく見れば部屋の中にはあちこちに写真や絵画がかけられており、その中に一枚気になる絵があった。
「この絵・・」
私は席を立つと、その絵のそばまで寄った。それは手に抱えるほどの小さな絵で、一人の少女が描かれていた。
「え・・?」
突然、目がぼやけたかと思うと熱い何かが頬を伝って流れた。特に悲しみなどの感情は湧き上がってきてはいなかった。まるであくびをした時に自然と流れるように自分の意志とは関係なく、ただはらはらと涙がこぼれていく。
「思い出しちゃった・・?」
ゆずるはそっと私を抱きしめると、手にしたハンカチで涙を優しくぬぐってくれた。
「無理もないよ。僕も時々眺めると涙が出てくるんだ・・」
「この絵は誰なの?」
私はハンカチで目元を押さえながら彼の方を見ていった。
ゆずるもまた、描かれた少女の姿を見てはらはらと涙をこぼしていた。
絵の少女はまるでウエディングドレスのような純白のドレスを着、侵しがたい無垢な雰囲気を醸し出していた。薄いベールを頭に、そして百合の花を一つ手にしていた。そして不思議なのは、その少女はゆなとゆずるに生き写しであったことだった。
「彼女?彼女は僕たちだよ・・」




