ホワイトデ―2話
3月14日。
バレンタインデーのお返しをする日として認知されているが、意外にもその起源は日本で生まれたものらしい。バレンタインデー自体がそもそもの意味合いも薄れ、クリスマスと同じようにお祭りとして世間で楽しまれているのだから、なんとも商魂逞しいものだと思ってしまう。
とはいえ、何かしらのイベントがあることによって楽しい日々を過ごすことができることは良いことだ。ゆなもまた、バレンタインデーにチョコレートを贈った際に執事・メイドたちにお返しをしますと言われたため、前日にはそれなりに楽しみな気持ちでベットに入った。
「ホワイトデーといえば、クッキーとか飴とかが定番よね。あの子たちのことだから・・凄い量になりそうね」
「「「ハッピーーー!!!!!ホワイトデーーーー!!!!!!」」」
当日の夜。
屋敷中の執事・メイドたちが手にしたクラッカーなどを鳴らし、いつもの静かなラウンジは一転して賑やかな雰囲気に包まれた。
壁はクリスマスパーティの時のようにきらきらと飾り付けられており、さすがにツリーや大テーブルはないが、それでも非常に手の込んだものとなっていた。ゆなは未だ状況の飲み込めないままに、執事・メイドたちから祝福の言葉とバレンタインデーのお礼を受けた。
「お嬢様!ハッピーホワイトデー!」
いつものメイド服からエプロンドレスに着替えた瑠璃が元気いっぱいな様子でゆなを迎えた。
「まさかパーティまで開いちゃうなんて、全然予想してなかったわ」
ゆなはやれやれと少し呆れながらも、自分のためにここまでしてくれる執事・メイドたちを見て満更でもない表情を浮かべた。
「お嬢様!こちら見てください!」
その様子に安心した瑠璃は、ゆなをラウンジに設けられたスペースまで引っ張っていった。
見ればそこにはずらりと様々な形に細工されたお菓子が並んでおり、そのひとつひとつにネームプレートが置かれていた。一番定番ともいえる飴細工からフルーツのカッティングまで様々なものが見られた。
「へぇ~、上手なものね・・。あ、これ」
ゆなはまるで品評会をするように眺めていくと、壺のような菓子の前で止まった。
「そちらは露五さんの作品ですね。スポンジケーキを壺状に焼いて、その周りにチョコレートをコーティングされたものだそうです」
一緒に付き添ってくれている玄武が身を乗り出して答えた。
「これ面白いわ。そういえば露五は職人だったかしら。器用ね」
カプセルトイなどに代表されるように日本人は手先が器用で細かい仕事が得意であるというのが世界的に知られている。ゆなは基本的にあまり物をため込むことを好まないが、こういった細かい細工のされたものには惹かれる性質だった。
「少し貰おうかしら。切ってもらっていい?」
ゆなが給仕を務めるメイドにそう言うと、その場で食べやすい大きさにカットしていく。なかはバームクーヘンのように何層にもなっており、焼き目のグラデーションがとても美しくなっていた。
「うん、美味しいわ」
ゆなのその言葉に周りの執事・メイドたちは満足そうな表情で頷いた。
そのままテーブルにずらりと陳列された菓子を少しずつ盛りつけて貰うと、窓際のソファとテーブルに座ってしばらくの間心ゆくまで堪能していた。
しばらくすると、ジャンが小走りでゆなの元まで駆け寄ってきた。
「お嬢様。レム様がお見えになられました」
「あら、今日は帰ってくる日だったかしら?」
「今日の日の為に来られたそうです。お渡ししたいものがあるそうで」
ゆなは少し不思議そうに頷くと、ジャンは玄関の方へとレムを迎えに走った。すぐに何やら小さな箱を携えたレムを背中にジャンが戻ってくる。
「ごきげんようレム。こんな格好でごめんなさいね」
ゆなは大量の菓子類や飲み物をテーブルに、ソファから少し立ち上がって迎えた。
「急な訪問を失礼いたしました。今日はせっかくのパーティです。存分に楽しんでくださいませ。こちらは私からの贈り物でございます」
レムは挨拶を返すと手にした箱をゆなに差し出した。
「あら嬉しいわ、ありがとう。でもそういえば、あの時はレムはいなかったのよね。チョコレートも渡せてないのに悪いわ・・」
レムからのプレゼントを受け取りながらも、ゆなはややバツの悪そうにレムを見つめた。
「時間をとれず残念でした。ですが私はお嬢様が喜んでいただければそれで十分でございます」
レムはゆなのそばに膝をつくと、優しく諭すように語りかけた。
「そう、ありがとう。でもそれじゃ私の気持ちがすまないわ・・。あ、そうだ」
ゆなはテーブルのチョコケーキを取り上げると、フォークで切り分けてレムの前に差し出した。いわゆるあ~んの形である。
「私が作ったのではないけど許してね。はいあ~ん」
ゆなが童女のような屈託のない笑顔を見せると、レムは珍しくどぎまぎと狼狽えた。
「お、お嬢様・・。ありがとうございます」
レムは長めに切りそろえた髪を手でよけると、ゆなの差し出すケーキを一口に食べた。
「美味しいでしょ」
「はい」
「他にもたくさんあるから、好きなのを楽しんでね」
ゆなはそう言うと他にも並べられたお菓子に手を伸ばした。
ふと見ると、何人かのメイドたちが悔しそうにハンカチを噛みしめていた。




