ホワイトデ―1話
3月7日。
雛祭りも終わり、再び忙しい日常がやってきた。1月は行く、2月は逃げる、3月は去るという格言があるほど、やはり年の初旬は息つく暇もない。それはヴィアレット家も同じであり、ゆなもまたにゃん太郎と共に日々の業務に勤しんでいた。とはいえ、福利厚生が充実している屋敷では昼休みや夜の時間は皆が思い思いに過ごすことができ、いつもワーカーホリック気味な執事やメイドたちもこの時ばかりはラウンジや各部屋での時間を楽しんでいる。
しかし、今日は不思議なことに各部署のチーフたちの姿はラウンジにはなく、いつもの賑やかな様子はナリを潜めてしまっている。かわりに2階の会議室では妙な緊張感に包まれていた。
「皆さま、それでは始めさせていただきます」
掃除部署のチーフである棗が会議室に設けられたモニターの前に立ち、テーブルに着いた各部署のチーフを見回した。そこには瑠璃や霧島、シルヴィア、露五、玄武といった面々がそろっており、みな緊張した面持ちで棗を見つめている。
「さて・・今日皆様にお集まりいただいたのは他でもありません」
ぱっととある文字がモニターに表示される。
「来週はホワイトデーです」
【ホワイトデー】と書かれた文字の周りにはハートや可愛らしい動物があしらわれ、なんともファンシーな雰囲気にあふれている。しかし、会議室に集まった全員がその言葉を固唾を飲んで見つめた。
「前回のMAMEMAKI WARではドローという結果になりましたが、図らずもお優しいお嬢様よりチョコレートを下賜頂くことができました」
棗は眼鏡をくいとかけなおし、言葉をちょっとためて続けた。
「また、雛祭りのあとでは屋敷の者全員分の雛あられなどをお配り頂きました」
うんうんと皆が頷く。
「やはりここは私たちからもお返しをしなければ、ヴィアレットに仕える執事・メイドとして立つ瀬がございません。というわけで今回、お嬢様へ贈らせて頂くホワイトデーのお返しを決めたいと思います。皆様の忌憚のないご意見を賜りたいと思います」
進行役の棗はそのままテーブルに着くと、手元にタブレットを寄せた。
「ホワイトデーといったらやっぱり飴とかマカロン?」
棗の向かいに腰かけている瑠璃が口火を切った。
「ふむ・・確かホワイトデーでは送る対象によって意味合いが変わるのですね」
「そうだねー。飴は好き。マカロンが特別。ただマシュマロだけキライって意味があったかな」
嫌いというワードには皆がぴくりと反応した。
「マシュマロは削除ですね」
棗が冷淡にそう言うと、ネットでホワイトデーに関する記事などを検索していく。
「一応ホワイトデーには3倍返しと言いますね。だいぶ形骸化しているようですが」
「3倍と言っても、量なのか値段なのかで変わってきますね。気持ちでしたらとても返しきれるようなものではないですが」
露五がそう言うと、続けてシルヴィアが答えた。
「お嬢様からのチョコを3倍の気持ちで返そうと思ったら、もうこの身を捧げるしか・・」
「そこからはストップです。とはいえ、その考えは理解できますね」
玄武がシルヴィアのセリフを遮りながらもある程度同意の感情を見せた。
しばらく、全員う~んと唸りながら議論をストップしてしまう。
「霧島さんはどう思われます?」
あまり議論に参加せず黙ったままの霧島に棗が問いかけた。霧島はちらっと棗の方に視線を向けた
「お嬢様の遊び相手になられていますし、お嬢様のご希望の物など心当たりはございませんか?」
霧島は背もたれに身体をどっかりと預け、頭の後ろで両手を組んだ。
「んー、ゆなは別に欲しい物はないんじゃねーかな」
霧島の言葉に皆が注目を払って見つめた。霧島はその視線を避けるように少し天上に目を向けた。
「ゆなは家の者・・俺たちから気持ちがこもってる物貰えたらなんでもいいと思うぜ。それこそクリスマスみたいにパーティでもしたらいいんじゃないか?」
棗はその言葉に口元に指をあて、黙り込んでしまう。他の全員も同じような感じだった。しばらくの沈黙のあと瑠璃が立ち上がって言った。
「パーティ・・いいじゃん!またみんなで楽しくご飯食べよう!今度は私たちがお嬢様を喜ばせる番!」
瑠璃のぐっと胸の前でガッツポーズをすると、棗は少し笑って立ち上がった。
「そうですね。お嬢様に楽しんで頂くことが私たちの目的。ホワイトデーパーティ・・やりましょう!」
不満や不同意の言葉もなく、代わりに賛同の拍手が会議室に響いた。




