変身写真館
「変身写真館?」
月に一度のレムとの食事の際に、ふと台湾で流行っている写真館の話となった。
「はい。台湾では変身写真館がたくさんあって、そこで美しく着飾って撮るというのがブームなんです」
レムは自分の鞄からスマホを取り出して少し操作すると、写真館でのHPを映し出して見せてくれた。そこには和洋中問わず豪華に着飾った美女が思い思いのポーズをとりながら美しく写真に納まっている。
「あら、綺麗ね。ちょっと派手な感じもするけど色もとりどりでどれも似合ってるわ」
「ええ!しかも向こうでは衣装やメイクもきちんと揃っていて、プロのコーディネーターが完璧に仕上げてくれるサービスまであるんです。もちろん玉石混交ですが、良い所では夢のような時間を過ごせますよ」
いつも冷静な彼女がこうして熱弁するところを見るに本当に楽しいのだろうと思った。
「お嬢様、お待たせいたしました。料理長特製ショコラです」
しばらく二人でスマホを見ながらきゃいきゃいとお喋りしていると、ジャンが皿に可愛らしく盛り付けされたフォンダン・オ・ショコラを運んできてくれた。イチゴやクリームもそばにちょこんと飾られ、まるで芸術品だ。
「あら、ありがとう!楽しみにしてたのよね」
と、そんなことはお構いなしに私はケーキにフォークを突き立てると、なかからとろりとあふれ出るチョコソースにからませ口に運んだ。
「んー!美味しい!!」
温かいソースとクリームが舌で絶妙に溶け合い、少しほろ苦いチョコを甘さが包み込んでくれるようでなんとも美味だった。見ればレムも珍しく顔を綻ばせながらケーキを食べていた。
「お気に召したようで何よりです。おや、それは・・・」
ジャンは私たちの様子を満足げに見つめると、テーブルに置きっぱなしになっていたスマホを覗き込んだ。
「あぁ、これは写真館のページよ。台湾で流行ってるんですって」
「ええ、存じております。レム様もよくお立ち寄りですよ」
ぴたっとレムの身体が止まった。フォークを口にくわえたまま、それこそ写真のように不自然に動きが止まっている。
「え、レム・・」
ジャンは私たちの様子に自分がうっかり口を滑らせてしまったことに気がつき慌ててレムに深々と頭を下げた。
「あ、も・・申し訳ございません!」
「い、いいんですよ。ほほほ・・・」
彼女は特に怒る様子はないが、まだかくかくと変な動きのまま彼を見ている。
「ジャン・・あなた・・」
私は少し気まずい雰囲気のなかこめかみに指を添えた。とはいえ、レムにもこのような変身願望があるのは安心した気持ちだった。
「でも、いいわね。なんだか私も撮ってみたいわ」
いつものことだが、なぜか私はこういう発言を不用意にしがちだった。
「・・・いいですね」
しばらく俯いていたレムはぽつりとそう呟くと、勢いよく顔をあげた。さっきまでとはうってかわって目をきらきらと輝かせている。
「せっかくのバレンタインです!撮りましょう!!」
レムはそう言うと急に立ち上がりジャンを連れて少し離れたテーブルまで移動していった。商談以外であそこまで真剣な顔を見たのは初めてだった。
あれから数時間後。
私はいったん部屋に戻ると、衣装係のカオルに呼ばれとある部屋まで案内された。そこはまるで撮影スタジオそのままに改装され、照明に照らされた一角の前にレムが本格的なカメラを携え待っていた。
「お待たせいたしましたお嬢様!バレンタイン特別写真をお撮りさせて頂きます!よろしくお願いいたします!お着替えもお済みですね!」
あれからすぐにバレンタインの写真を撮ろうということになり、レムの有無を言わさない気迫に流されるままあれよあれよと事が進んでしまった。
本当は撮影の技術に長けたメイドたちもいるのだが、今回も大騒ぎになるのは過去の経験から確実なのでレムとジャンを含めた5人で行うこととした。衣装係はカオルが務めてくれることとなった。
「いいですか露五さん!レフ板はしっかりと持っていてくださいね!」
「はい、承知いたしました」
ちなみにアシスタントとしては露五が駆り出されることとなった。
「ジャンさんも!外の警戒を忘れないでくださいね!さっきのことは忘れて結構です!」
ジャンは私たちが撮影している間、誰か近づいてこないよう見張りと簡単な手伝いを行うこととなった。
「わ、分かりました」
私と比べても付き合いの長いはずのレムの知らない一面にやや狼狽えながらもてきぱきと作業をこなしている。
レムが撮影機材をチェックしている間、露五とカオルの2人と一緒に暇つぶしにおしゃべりをすることにした。
「それにしてもお嬢様。よくお似合いですね!」
「うん、よく似合ってる!さすがワイの選んだ衣装!」
普段の赤色のドレスコーデとは違って、今はチョコレート色のワンピースに着替えている。手首と足には白と褐色のリボンや紐をまき、頭には同じく褐色の帽子。髪もメイクも普段以上に時間をかけ、まさしくファッション誌のモデルくらい気合が入ったものだった。
「ありがとう。いきなり過ぎだったけど、綺麗に写真に撮ってもらえるのは素直にうれしいわね」
服もさることながら、部屋の内装も随分と凝ったものだった。窓枠には紅いリボン、「HAPPY VALENTINE」と書かれたハート形や色とりどりの風船を背景に、ピンク色のマカロンのようなクッションが設置されている。
「この内装も可愛いわね。カオルは衣装で手いっぱいだったでしょうに大変だったわね」
「え?違うよ。ワイはいきなり衣装用意してって言われたから、そんな暇なかったよ」
「え、じゃあレムかしら」
私とカオルは少し離れたところで一生懸命にカメラの準備をしているレムを見つめた。だが、真相は意外なところから判明した。
「あ、それは私が用意いたしました」
露五が小さく手をあげて答えた。
「「え」」
私とカオルは綺麗にハモりながら小さく驚いた声を出した。
「内装工事の仕事をさせて頂いた時のツテでご用意いたしました。ちなみにクリスマスの鬨の内装もレム様に頼まれまして」
私たちはその意外さに少し言葉を失ったが、綺麗で丁寧に飾り付けされた内装をみてさすが職人は違うと感心しなおした。
「それではお嬢様。準備ができましたので、お撮りいたしますね!」
レムは設置したカメラを覗き込むとピントを合わせるためレンズをくるくるといじっている。その声を聞いて、他の3人もそれぞれ自分の立ち位置へと移動していった。
「それではお手伝いの方々もよろしくお願いいたします!」
「「「分かりました」」」
3人も彼女のその態度に真剣な顔つきとなった。
まるで本当にプロのモデルになったような気分になってくる。
「それではお嬢様。そのチョコを渡したい相手を思い浮かべながら、リラックスしてこちらをお向き下さい」
レムのその要求に少し戸惑ったが、私はチョコを渡す時を想像しながら少しほほ笑んでカメラのレンズを見つめた。




