修行3
時間軸的には12月となります
現代建築の家では近年ほとんど火を使わなくなって久しい。未だ木造の家々が多いこの日本でも昔に比べればはるかに火事は少なくなった。
だがそれだけに、火の持つあの所在なげに揺らめく不思議な魅力と温かさを近代人は失ってしまった。動画配信サービスでキャンプで薪を燃やす動画は結構な人気を得ているらしいが、それもまた理由の一つだろう。
そんな時代であっても未だ火を生活の一部として使う家もある。囲炉裏だ。
朝5時過ぎ。
ヴィアレットの屋敷では一部の者たちがすでに行動を開始する時間であり、玄武もまただいたいこの時間帯に起きることが多い。まずは使った寝具をきちんと片付け、居間としていつでも使えるように整理。軽く身支度を済ませると次は掃除。毎日のルーティンを完璧にすませた後、きちんとした身なりに整える。ゆなの勉強を担当するのは昼頃からなので、それまでは屋敷のことや対外的な事務を終わらせることが多い。
とはいえ、今いる場所は屋敷から遠く離れた農村のなかである。玄武の朝はいつも通り早いが、まずすべきことは少し違う。
朝焼けの淡い光が玄武の寝床を照らすと同時に玄武は夢のなかから引きはがされる感覚だった。いつもの快適でふかふかの布団とは違った固いせんべい布団のせいであまり深い眠りにつくことはできなかったが、身体の芯からぞわぞわとのぼってくる何かに彼の意識は急速に現実へと呼び戻された。
玄武が布団を蹴飛ばすほどの勢いで跳ね起きると同時に、針葉樹の葉のような鋭い刃先が床の畳を貫いてきた。朝日の刺すような光線がよく磨かれた刃をギラギラと照らしている。
しばらくすると刃先が引っ込んでいき、すぐあとに玄武の部屋までの階段を昇るトントントンという音が聴こえてきた。
「はん!まったく・・お屋敷では寝込みを襲う者はいないらしいね」
右目に眼帯をした女性がやれやれと首を振りながら呆れたような目で玄武を見下ろしている。左腕には切っ先が鋭くとがった槍を抱えており、その足元にはひし形の穴がざっくりと開いている。
「も、申し訳ありません。師匠」
よく見れば、玄武の着ていた寝巻に少しだがほつれた痕があった。とっさに跳び起きて裂傷をまぬがれることはできたが、衣服を少しひっかけてしまったようだ。
「さて、飯の前にまずは働いてもらわなきゃね」
女性はまるでなんでもない事のようにそれだけを言うと、再び下の階に降りて行ってしまった。玄武はいまだドキドキと胸打つ鼓動を鎮めたあと、身支度を大急ぎで済ませた。
玄武の今住む家は、昔ながらの茅拭き屋根にやや現代的な内装を施した日本家屋だった。家の真ん中には囲炉裏があり、暖房器具が無くても十二分に室内を暖かく保ってくれている。
当然だが、玄武の部屋は母屋と隣接した離れの二階にある。でないと寝ている間に燻製となってしまうからだ。
「お前は燻っても固くて食えないだろうなぁ」
と幼少期に真顔で言われたのはいまだに軽くトラウマである。
玄武は小屋にあった人振りの斧を握ると、裏手にある胴回りほどもある丸太に振り下ろし薪にしていた。10年以上振りに握った斧にやや戸惑いながらもやっているうちに思い出してきた。こうかな・・いやこうかと幼少期に苦戦したのと同じように今もまたコツを何とか掴もうと作業に徹していた。
数十分もすると、目の前の単純な作業にも慣れ身体だけが黙々と自動的に作業をしてくれている感覚となった。そうなると、身体と頭が全くの別物になったように色々なことが頭に浮かんでくる。玄武は数か月前の事柄をフラッシュバックするように思い出し、そのたびに激しい憎悪や恐怖に襲われていた。玄武はそのたびに幻想を頭を激しく振って追い出そうとした。自然と力が入ってしまう。丸太の軽快に割られる音が周囲の山々に木霊していた。
1時間もすると積まれていた丸太の半分を切り終え、その大量の薪をリヤカーに乗せて家から少し離れたある場所へと向かった。
トタン屋根の小屋に入るとそこには眼帯の女性が丸太に腰かけお茶をすすっていた。目の前には石窯が鎮座しており、窯口では火がめらめらと燃えていた。
「お、ごくろうさん玄武。んじゃ、この窯のなかに入れとくれ」
玄武は手慣れた様子でリヤカーに積んだ薪を窯のなかに並べていく。寒い冬空に乾燥した木に時折皮膚が裂けてしまう。
「思い出すね。寒いなか斧を振るって、そうやって薪をくべていって、お前はいつも終わった後は手が剥けて泣いてた」
女性はからからと笑いながら昔を懐かしんでいた。とはいえ、すでに成人した男にとって少年期の思い出は忘れたいことばかりだ。
「今はもう泣きませんよ」
玄武はうまい返しも思いつかずそれだけ言うとせっせと薪をくべていく。
「ふぅん」
女性は軽く鼻を鳴らす程度だった。
「よし」
ようやく持ってきた分の薪を並べ終え、火入れを行い口に蓋をした。
伝統的な黒炭を作る方法は手間がかかるが品質はとても良い。
「ん。ごくろうさん。また見に来ないとね。飯にしよう」
玄武は女性と連れ立って家へ戻り、ようやく朝食にありついた。囲炉裏に煌々と燃える火が冷え切った体を優しく温めてくれる。
年末がもうすぐそこまで訪れていた。




