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温泉旅行3

 湯船に浸かる時、先に身体を洗うか後にするかで意外とその人の生活パターンは表れていると思う。家族で風呂を共有する家庭ではやはり先に身体の埃や垢を落としてから入浴する人が多いのではないだろうか。以前屋敷のスパを利用した時、メイドたちはほぼ全員が先に身体を洗ってからお湯に浸かっていたのを覚えている。

 今回の旅行でもやはり人の習慣はそのままで、身体の構造上ボディソープなどを使うことのできない私は、先に身体を洗いに行った二人をよそに早々に湯船に浸かることとした。

「いつ来てもいい眺めね。雨になるかもって聞いてたけど晴れてよかったわ」

 私は湯船の縁に身体をあずけ、眼前に広がる絶景を存分に楽しんでいた。普段屋敷の風呂では味わえない開放的な雰囲気がなんとも心地よい。

「うわ~!さむさむさむ!!」

 しばらくして凛風がバスタオルすら巻かないまま部屋から飛び出してくるとそのまま露天風呂の中に飛び込むようにして入ってきた。

「ちょっと凛風!水が跳ねたわよ!」

「あはは!ごめんな~!」

 凛風は悪びれているのかそうでないのか豪快に笑い飛ばした。後に続いて沙綾も部屋から出てくる。

「ちょっと凛風。タオルくらい巻きなさい」

 凛風と対照的に沙綾は髪をタオルでまとめ、身体に巻いたバスタオルを湯船そばにあるかごにきちんと畳んでゆっくりと湯船に身体を沈めた。

「はぁ~~、めっちゃええ湯やわ~~。最近気ぃ張ってる時間長かったからな~。脱力してまうわ」

 凛風は湯船の縁に両腕をあずけるとぷかぷかと浮きそうなくらいに身体の力を抜ききっていた。

「ええ、ホントですね~。ずっとデスクワークばかりですから、肩こりにききそう・・」

 沙綾は沙綾で、楚々とした雰囲気ではあるが固まった肩を揉みほぐしながらまさしく疲れたOLといった感じだった。

 沙綾がふと凛風の頭に違和感を感じた。よく見ると、頭に乗せたタオルが不自然に盛り上がっている。

「あら、凛風。耳が出てますよ」

「え?」

 凛風は頭のタオルをどけると突き出たふさふさした犬耳に触れた。

「あ、ほんまや。あかん、気持ちよくてつい・・」

 私のママが妖狐でありながら人間社会に交じって生活しているのと同様、凛風の本当の姿も人間ではなく、人間の姿に化けて生活している。彼女は送り犬という妖怪の一族で、夜道に一人で歩いている者のあとをぴったりと着いていき、時には食い殺してしまうと伝承に語られている。

「まぁ、誰もおらんからええか~」

 凛風は耳をよけるようにタオルを頭に置きなおし、再び湯船の淵に身体をあずけた。

「大丈夫なんですか?外で見られたりしていません?」

 沙綾は少し呆れた態度で聞いた。

「ん~、大丈夫・・やと思うで。あんまりみんなで旅行とかは行かんからなぁ」

「珍しいわね。凛風はそういうの好きそうなのに」

 送り犬というだけあって彼女の性格は非常に人懐っこい。社員旅行などがあれば楽しんでいきそうだが意外だった。

「そらぁ、いつこうやって見られるか分からんからなぁ。別に気にはせんけど一族の掟やし仕方ないわ。それはそうと・・」

 一瞬寂しそうな顔を見せたがすぐにいつもの明るい調子に戻ると、私と沙綾をじろじろとまるで品定めでもするかのように見比べ始めた。その目はまさしく獲物を狙う狼と言える。

「ちょっと・・」

「なんですか・・」

 私と沙綾はつつつと凛風から距離をとろうと身を寄せ合って離れていく。

「まぁまぁ逃げんでもええやんか、ぐへへ」

 凛風は距離を一定に保ちつつ、右左と角度を変えながらじっくりと見つめてきた。この感じは覚えがある。うちの銀髪のメイドだ。

「ん~、なるほど。ゆなはアルファで、沙綾はイプシロンか」

 何とは言わないがギリシャ語のアルファベットでそれぞれにラベリングすると、凛風はうんうんと満足げに頷いた。

 私たちは2人して仁王たちになるとそれぞれ確認するように俯いた。

「なるほどなるほど。私はアルファね。最初の文字とは光栄だわ」

「私もまぁ不満はありません。ただ・・」

「ええ、そうね。私たちだけじゃ不公平だわ」

 じりじりと凛風に近づいていくと、さすがに危険を感じたのかひきつった笑顔で私たちを見上げた。

 凛風は逃げようと背中を向けるが、湯船から見えた大きなしっぽがむき出しになり二人でそれを軽くぎゅっと握った。

「ひえっ!!」

 凛風は一瞬身体を硬直させるとへなへなと湯船のなかに座り込んでしまう。私と沙綾はその隙に凛風の肩と腰をがっちりと押さえ込んだ。

「あ、あ・・ごめんごめん・・冗談や・・・許してぇ」

 凛風が涙目になりながら懇願した。

「許すわよ」「許しますよ」

「「でも、確かめなきゃね」」

 まるで狼のような遠吠えがどこまでも続く水平線の彼方へと消えていった。

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