修行2
12月も半ばを過ぎ、いよいよクリスマスが近づきつつあった。街はにわかに色めきだちはじめ、夜になると街路樹に巻かれたイルミネーションの一つ一つがまるで海岸で光を放つ夜光虫のように輝いている。日中は人々が忙しく行きかう高層ビルの前に設置されたオブジェもまた年末にむけて忙殺される人々の脚を止めさせ慰めてくれるかのようだった。
ヴィアレットの屋敷でもまた25日のクリスマスパーティに向け、なんだか落ち着かない浮かれた雰囲気が瀰漫していた。そんな雰囲気を引き締めてくれるような存在が今日は姿を現していない。いや、実はそれどころか12月に入って少ししてから彼は屋敷に姿を見せていないのである。
ゆな=ヴィアレットは一日分の仕事を終えると、執事・メイドたちの集めるラウンジにて香港から訪日したばかりのレムを相手にお茶を楽しんでいた。そばにはメイド数名と若い執事が一人控えていた。
「え?それでは玄武さんは今お屋敷にはおられないのですか?」
レムは皿のケーキを切る手を止めた。
「うん、そうなのよ。なんでも修行をしたいから実家に帰りたいって休暇届が出されたらしくて・・」
私は突然の玄武の申し出を思い出しながらはぁと一つため息をついた。
12月に入ってすぐのころ、にゃん太郎は神妙な顔つきをした玄武から休暇届と書かれた書類を受け取っていた。しかも、期間は3週間弱。有給休暇全てを消費しての休みだった。有給休暇を取ることは認められているし、他の執事・メイドたちはほぼ全員何かしらの理由で取得しているが、玄武が取得を申請したのは実は初めてのことだった。
「あのワーカーホリックな・・いえ失礼。仕事熱心な玄武さんがそんな長期間とは珍しいですね」
レムは一瞬出てしまった本音に口を押さえつつも驚きを隠せないようだった。
「ふふ・・。いえ、いいのよ。私もびっくりだわ」
休暇の理由が修行をしたいということだったが、訓練ならこの屋敷でも設備は充実している。はっきりとした行き先すら分からず、私たちは困惑するばかりだった。
「お嬢様・・おかわりを」
控えていた執事がティーポットを手に中身の少なくなったカップを指している。
「ん?ありがとう」
コポコポとなかの液体がカップに注がれていく。色が強く出てしまったのか少し黒っぽく感じる。
「玄武はきちんと戻ってくるでしょうか・・心配です」
ぽつりと執事が漏らした。カップにお茶が注がれると、彼はティーポットをそばの給仕台に置いた。
「ジャン・・そうね。あなたは前に彼と一緒に仕事をしていたものね」
彼は静かにこくんと頷いた。
ジャンは一時期玄武と一緒に仕事をともにしていた、いわば元同僚だ。玄武と違ってやや小柄ですらりとした体型だが、カンフーや武器格闘に精通しており銃火器を使わないお付きの執事の一人である。また語学に堪能なため、レムを含め海外からの客と会う際には通訳の役目もしてくれている。
「大丈夫よ。玄武は職務を放棄してどこかに行ったりはしないわ」
正直玄武のこの休暇に対して驚きこそすれ、あまり不安は感じてはいなかった。強いて言うなら無事に五体満足で戻ってきてくれることを願うばかりだ。私は注がれたままになっていたカップに口を付けた。
「あら?」
なかのお茶に違和感を感じてカップのなかを見つめた。先ほど口にしていた紅茶とは香りも随分と違っている。
「ん・・?」
見ればレムも同じようにカップの中身を見つめ怪訝そうな顔をしていた。
「あ、失礼しましたお嬢様、レム様」
ジャンは私たちの様子を見てわたわたと慌てていた。
どうやら、給仕台のティーポットを取り違えてしまったようだった。
私は紅茶を、レムはプーアル茶だった。
「ふふ・・いいのよ」
私はその様子に少し笑うと、そのままカップの中身を飲み干していく。
「ええ、たまには紅茶もよろしいですね」
レムもケーキに舌鼓を打ちながら紅茶を楽しんでいた。
外はすでに暗くなり始めていた。一年の終わりがすぐそこまで訪れている。




