図書館
3ヶ日も過ぎ、ヴィアレットの屋敷もようやく平常通りの雰囲気が戻ってきた。12月の末ごろから実家に戻っていた執事・メイドたちも屋敷へと戻ってきており、各々自分の持ち場へと着いて久しぶりに同僚と顔を合わせると、持ち帰った土産話を交換し合いたくてうずうずとしていた。金融機関などの関係もあり、本家も含めて本格的に始動するのはもう少ししてからなため、まだゆっくりとできるだろう。
正月休みと言えば、おせちやお雑煮などを食べ親せきや友人と遊んだり、はたまた家でゴロゴロと過ごしたりするだろうが、私は元旦を迎えてから本家や関係先への年初の挨拶に駆り出されたりしてほとんど休みらしい休みはなかったといっていい。
今日も朝からとある企業主催の年初パーティに顔を出し、もう何度目か分からない年初の挨拶をすます羽目となった。屋敷に戻った頃にはすでにお昼を過ぎており、のんびり自堕落に友人たちと時間を過ごす暇もなかった。私は困憊した身体を引きずるようにして部屋に戻るとさっそく部屋着に着替え同じ階のとある部屋へ向かった。
「はぁ、やれやれ。落ち着ける場所って言ったらもうここしか」
防火処理のされた重たい扉を開けると、そこには30畳くらいのやや広い部屋にあらゆる本が並べられた棚が陳列されていた。しっかりと壁に固定された奥の本棚の前にはテーブルと椅子が置かれており、窓から差す淡い太陽光に照らされている。
私はいつもの席に着くと、まだほてって熱い顔を手で包むように机に突っ伏してしまう。
「お嬢様、どうされました?」
しばらくテーブルに座って突っ伏していると、ふいに誰かから声をかけられる。
私は思わずばっと顔をあげると、そこには執事服を着た者が一人心配げに控えていた。
やや青みがかった髪が左目にかかっているがそこから見える橙色の瞳が落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「あぁ、月川。ちょっと人に酔ってしまったから休んでるのよ」
私はざっと朝から巻き込まれた人の波について語った。正直、説明と言ってもほぼ愚痴に近かったと思う。
「そうでしたか。連日お疲れですものね。どうぞお気の住むまでお過ごしください」
彼女はそう言うと、手にしたタブレットと並んだ本棚を交互に見ながらゆっくりと歩きまわっている。
屋敷のなかで仕事をする者はだいたいが専属の仕事場を与えられており、重複した仕事場があるのは執事長のにゃん太郎の他に数名存在している。その一つが屋敷に2つある図書室を管理する司書長である。とはいっても実は屋敷の蔵書は大部分が電子化されたものであり、各部屋に配布される端末にアクセスすれば好きに読書を楽しむことができる。
なので管理と言っても図書室をわざわざ訪れる者は少なく、管理者といっても行う業務はサーバーの管理がほとんどとなっている。
だが、もちろんなかには紙の本を好む者も少なからずいる。美しい装丁や時と共に味の出た本は作ち手の気持ちや歴史を感じることができる。私もまたそれらに好ましい気持ちを持っている。
「そうそう、この前教えて貰ったあの小説。面白かったわよ」
私は本棚から適当に取り出した本を眺めめているとふと思い出して彼女に話しかけた。
「お気に召されたのでしたら良かったです」
月川はやや遠慮がちに、だが嬉しそうに返事をした。
もともと国立美術館で学芸員を務めた彼女をヴィアレットの本家が引き抜いたのは最近のことだった。本家の屋敷が国の文化財として登録を受け、その管理と保管に適した人材を探すこととなった時、白羽の矢が立てられたのが彼女だった。今は本家とこの屋敷を行き来しながら、司書長としての役割を務めている。時折彼女が勧めてくれる本もどれも興味深い物ばかりだ。
「お屋敷には慣れた?ここは退屈じゃないかしら・・」
彼女はもじもじと指を遊ばせながら再び遠慮がちに答えた。
「退屈なんてことはありません。お屋敷には貴重な蔵書もありますのでとても楽しいです」
恥ずかしいのか少し俯きがちに話す姿はなんとも可愛らしい。
「それなら良かったわ」
それだけ話すと私は再び本に目を落とした。
彼女もまた自分の仕事へと没頭する。
なんともゆっくりとした穏やかな時間が流れている。
読書に集中できるよう防音処理の施されたこの部屋には雑音は何も入ってこない。部屋に聞こえるのはページをめくる金属のこすれるような音と、必要な書類にペンを走らせる音だけだった。
私はやっと今になって新年を迎えたことを実感し始めた。




