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修行

 ヴィアレットの屋敷に務める者の多くは外から入ってきた者が多い。霧島やもきゅなどは言わずもがな、露五も元々ヴィアレットとは関係のない生まれだ。

 だが、本家を含め一部には何代にも渡って屋敷に務めている者がいる。玄武はその中でも最古参の一族の出だ。それゆえ玄武は幼少期から厳しい研鑽を求められてきた。執事としてのマナーや作法は当然だが、とりわけ求められたのは強さだった。

 玄武の生家はヴィアレットの本家からはるかに離れたとある山村に位置していた。麓から深い森林のなかにあり、特別用がない限り分け入ることはほぼないだろう。玄武はここを旅立ってから十年近くになる。

 久しぶりの里帰りをするため・・というわけではない。玄武は自分の生まれた家にわき目もふらず、とある家を目指していた。

 玄武は歩荷のような淡々とした歩みをようやく止めると一つの家の前で立ち留まった。

 現代には珍しいこんもりとした藁葺き屋根で、まるで時代劇のセットそのままの姿のようだ。目の前に広がる2反程度の田畑もその雰囲気をさらに助長させている。

 インターホンもないこの家の前で玄武はやや逡巡していると、足音が一つ聞こえてきた。

「おや、お客さんとは珍しいね」

 玄武はびくっと身を固くすると、歯車が回転するようにくるっと回れ右をした。野菜かごを背に一人の女性が目の前に立っていた。右目には眉にかかるほどの少し大きめな眼帯をしている。

「お師匠様、お久しぶりに存じます」

 玄武はそういうと腰を90度にしっかりと折り挨拶をした。

「おぉ~!誰かと思ったら玄武じゃないか!」

 眼帯の女性はポンと一つ手を打って快活に笑うと玄武に右手を差し出した。玄武はそれに気づくと腰は少し折ったまま顔をあげる。

「ご、ご無沙汰をしております」

 ついぞ玄武は師匠である彼女と握手などしたことはなかったが、反射的に彼女の差し出した手を握った。

「ふん」

途端、玄武はまるで地上が自分の頭を支点に回転するかのような錯覚に陥った。身長190㎝近い大男が倒れる衝撃はなかなかのもので、あたりにぶわっと土ぼこりが舞った。

「うぐ・・」

 玄武は背中に走る衝撃をうけ澄み渡る青空をみて、ようやく自分が地面に仰向けに倒れ伏しているのに気づいた。

「・・ずいぶん軟弱になったね玄武。それほどあのお屋敷は居心地がいいとみえる」

 眼帯の女性はまるで昼寝をしている人でも覗き込んでいる。

「め、面目次第もございません」


 眼帯の女性は玄武を囲炉裏のある居間に通すと、自分は着替えに戻った。玄武は久しぶりにあった師匠に気後れしながらも、昔と変わらない家のなかを見回した。家のなかは幼少期に過ごした時とほとんど変わっておらず、役目や役職を忘れひと時のノスタルジイを想いおこした。

「待たせたね」

 が、その気持ちも師が目の前に座ることで一辺に雲散霧消してしまう。

「お師匠様。事の次第はお手紙にてお伝えさせて頂いた通りにございます。お受け取りになられましたでしょうか」

 もちろん玄武も突然師匠を訪ねるという無粋なまねはしない。何日も前から手紙を出しており、今日ここに来ることは双方とも了解済なのだ。

 眼帯の女性は懐から手紙を取り出すとピラピラとふった。

「受け取ったさ。だがこれだけじゃ本質は分からん。ま、お前のその様子で得心がいったけどね」

「は。お嬢様をお守りするため力を使いました。ですが、やはり力の開放には反動が大きい・・。私はあの力を使うことなくあらゆる敵を制圧できるようになりたいのです。ぜひ、今一度稽古を」

 玄武は出された座布団をよけ、深々と頭をさげ手をついた。

「玄武・・お前は昔からその力を使うことに抵抗があったね」

「は・・」

 ヴィアレットから支給される時計には様々な機能がある。本来の時計は言わずもがな、スマートキーが内蔵され個人の識別やGPSにもなる。だが特筆すべきは「個人の潜在能力を引き出す」ことだった。ゆなの屋敷の者はほとんどが個人では不安定になりがちな能力をこの時計によって安定化させ、思いのままに能力を使うことができる。

 しかし、なかでも玄武の一族の能力は異質だ。彼らの場合は「引き出して安定化させる」のではなく「封印を解く」という解釈があっている。

 玄武の一族が代々ヴィアレットに仕える理由。それはかの一族にかせられた因果に他ならない。おとぎ話に出てくるような「鬼」を彼らは常にその身体に封じ込めてきた。その巨大な地盤を守るため、その巨大な力を制御するため、主従の関係であると同時に彼らは一蓮托生の運命にあった。

「お前がその力を恐れるのもわかる。ヴィアレットのお嬢ちゃんにその力を使わせたことを悔いるのもね」


 玄武ははっと口をつぐんだ。それこそが玄武の本心だったからである。

 彼は自分よりも弱い人間になぶられたことを気に病んでいるわけではない。彼は自分の守るべきお嬢様が「自分に人を殺させた」ことに許しがたい後悔をはらんでいた。ゆな自身は気づいていないが、ゆなはある程度の怒りやストレスを感じると無感情になる。それこそ感情を持たないドールそのままに。玄武がそれに気づいたのはあの事件の後だった。

 あの無垢で慈愛にあふれていた少女が時折見せる冷徹さや酷薄さを玄武は目ざとく感じ取っていた。ゆな=ヴィアレットはドールの身体を持ってはいるが、魂は人間なのだ。それが魂までも人形になってしまうかもしれない。それが玄武の抱く恐怖心だった。


 玄武は口をつぐんだまま目の前で燃える炭火をじっと見つめていた。パチパチとあがった火花が吊られた釜をするすると上っては消えていく。

「ま、いいさ。今日は泊まっていくだろ?部屋はまだ残してあるから使うといい」

 眼帯の女性はそういうと天井を指さした。玄武が修行時代に使っていた自室である。

「ありがとうございます」

 玄武は再び深々と頭をさげた。

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