表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/76

金庫

 人が住む家を作るとき、最も優先するものは何だろうか。

 人に限らず、動物が巣を作るときはほぼ必ず子どもを育てるために造られる。弱い子どもを守るため、あらゆる動物は他の動物の侵入を拒むために必死に堅牢な巣穴を作ろうとする。

 人の場合もそれは変わらない。家を作るのは自分や家族を雨露から守り快適に過ごすためだ。

 だが、人は動物の巣穴からさらに進み、命以外のものを守るためにも建物を作っている。それは自らの所有物ー財産である。

 

 屋敷の一階フロアからラウンジの方に向かって左手に普段は解放されていない扉がある。その施錠された扉を開け道なりに進むと、再び今度は電子ロックされた扉が出迎える。

 ここからはヴィアレットの関係者以外は決して立ち入ることはできず、一般の客人が入ることも存在すらも知らされてはいない。

 主人であるゆなや時計を持たない者は屋敷の防犯システムによって直ちに通報され、最悪の状態に陥ってもおかしくはない。

 それもあって、屋敷の者には時計を持つことは徹底されている。

 ヴィアレットの屋敷ではSPや執事長以外にも大きな権限と責任を伴う職業が3つある。武器庫の管理、屋敷の防衛、そして金庫番である。

 これらは執事長であるにゃん太郎の認証があって初めて就くことができる役職であり、就任の際には家柄・知性・精神鑑定・趣味嗜好ありとあらゆる全てを調べられる。倉音のようにゆなが直接選ぶのはかなり異例だ。

 武器や防衛に関しては一般の執事・メイドは携わる機会が多いため誰でも知っているなじみの人物だ。

 だがそのなかでも、「青雪」の存在を知る者はほとんどいない。

 

 深夜。

 グスタフは自らの職場である武器庫を閉鎖すると、いつもの帰りルートである階段へは向かわず、そのまま長い廊下を直進していく。

 武器庫の周辺には執事・メイドも使える部屋がいくつもあり、時には表に出せない問題を処理する部屋もあり、とりあえず自由に使える。

 だが、それらの部屋を通り過ぎクラシックな壁紙の貼られた廊下をひたすらに歩いていく。しばらくすると、厳重な格子扉が見え、その脇に守衛が一人座っている。守衛はグスタフの時計を確認すると、その頑丈な扉を開け促した。

 その後も二重、三重にも張り巡らされた扉を開けていくと、広くて薄暗い空間にでた。その薄暗い部屋の奥では煌々とした明りが灯っている。

 複雑で一見乱雑にも見えるほどに次々と流れていく数式を映し出したモニターが8つのアームによって固定され、その前に青年が一人。ゆったりと椅子に掛けながら見つめている。

 青年はグスタフの方を振り向いた。

「お、グスタフ」

「よ」

 彼はそれだけを言うと再びモニターの方をむきなおした。

 机の脇には愛飲しているエナジードリンクの空き缶が山と積まれている。少しでも触ればたちまち崩れてしまいそうだ。


「どうしたん?」 

「いや、たまには顔を見ないと忘れそうでな。これ差し入れ」

 グスタフはそういうと手にしていた紙袋を机のあいているスペースに置いた。なかは扉の前の守衛がしっかりと確認済だ。

 「青雪」はヴィアレットの屋敷が抱える財産の管理を任された金庫番である。

 暗号理論の博士号を持ち、仮想通貨が隆盛を誇った時には開発とセキュリティの面で大きく貢献し名は知られずともその腕は知られるという人物であった。

 だが彼には一面全く違う面、というより裏の顔があった。

 「青雪」は取引所に蓄えられた財産を守る門番である同時にハッカーでもあった。不正に入り込み、情報を書き換え、何億何兆といった仮想通貨を盗み出し、一切の足取りすら掴ませることはなかった。

 しかし、彼は一度たりともそれによって私腹を肥やしたことはなく、その盗み出された通貨も次の日にはそっくりそのまま元の持ち主の元に返されていた。なかには一度盗まれたことに気づかなかった者も少なくなかった。彼はただただ自分の力量を図るゲームとして、そのスリリングな行為に手を染めたのだった。

 そんな彼がなぜここにいるのか。彼をスカウトしたのは執事長であるにゃん太郎だが、彼を見つけ捕らえたのもまた「青雪」だった。

 彼の本当の名はだれも知らない。彼を見つけた「青雪」の名も。

「ちゃんと寝てんの?」

 グスタフが聞いた。

「ん?寝てるよ。ここでやることなんてほとんどないからな。寝たいときは寝るさ」

「そうか・・」

 もう何度目か分からないほどの単調な会話だった。

 ハッカーだろうと金庫番だろうと、ヴィアレットに仕える者は基本的に行動を制限はされない。青雪の待遇は他の執事と変わらない。それでも彼は好んでこの彼だけの王国を楽しんでいる。

一通り世間話をすると、グスタフは部屋を後にするため青雪から離れた。 

「グスタフ」

 呼び止められた彼は無言で振り返った。

「今度は俺からそっちに行くよ」

 グスタフは一つ頷き部屋を出ていった。

 重厚な扉がまるで誰も寄せ付けないように閉じられた。

 グスタフは再び長い廊下を一人帰っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ