お見舞い
執事やメイドの部屋は各々自分が過ごしやすいようにある程度改装することが許されている。ゆな=ヴィアレットのように完全洋室にしている部屋もあれば、研究室や工房にしている部屋もある。希望すればシェアルームで暮らすことも認められている。
そのなかで玄武の部屋は和風な造りである。ドアを開けると簡易な玄関があり、一枚のふすまを隔てて6畳ほどの空間になっている。壁にはクローゼットが備え付けてあり、私物らしいものはほとんどない。床の間には日本刀が大小2本飾られており、休みの日には手入れをするのが彼の楽しみでもある。
本来ならば部屋の真ん中には執務用の長机が鎮座しているが、今はやや大きめの布団が敷かれ、部屋の主が苦し気にもがいている。
ゆな=ヴィアレットを助けたあの日から3日目。
彼は力を使った代償として、寝返りをうつことも難しいほどの激痛に襲われていた。
正直、この2日間は現実か夢かもほとんど判別できなかった。
痛み止めを服用しても経口薬ではほとんど効果がないため、昼夜問わず襲い掛かってくる痛みにひたすら耐えるしかなかった。
「う・・」
腹部になんだか重みを感じた。ここ数日では感じなかった違和感に、内臓でも悪くしてしまったのかと見下ろすように目線を下げる。
一匹の白猫が布団の上で丸くなっていた。
猫はこちらの視線に気づくと、すぐに降りて頭の方まで移動していく。
「やぁ、大丈夫かな」
時計職人の速臣がそばにあった座椅子に腰かけていた。
速臣はポケットから懐中時計を取り出した。
「預かっていた時計はモチ君と直しておいたよ。特に破損はなかったから安心だ、君は力が強いからね」
彼はそう言うと、玄武の枕元にある時計立てに立てかけてくれる。
チッチッチという小気味よいリズムが頭の上で刻まれている。
白猫が前足でちょいちょいと時計をいじくっていた。
先ほどのモチとはこの白猫のことを指す。
別段猫の手も借りたいということわざが示すように、速臣が忙しくて手が回らないというわけではない。モチはもともとヴィアレットの本家に古くから使える魔法使いの一人だ。素質を持つ人間の能力を引き出すことができ、玄武の力も彼によって引き出されている。
ゆな=ヴィアレットとの出会いこそ劇的ではあったが、正体を明かしてみれば予定調和であるだけ。それでもゆなにとって命の恩人であることには変わらないが。
恩返しと恩返し
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「今回はそこまでひどくはなかったね。3日で意識が覚醒しているなら上出来だ。前回は1週間近く寝込んでいたからねぇ」
モチは速臣を一瞥すると、そのまま部屋を出て行ってしまう。
「お嬢様の身の安全も大事だし、命令に従うことも大事だが、自分の身体が壊れては元も子もないよ」
声こそ荒げたりはしないが、その口調には明らかに怒りや心配の感情が込められていた。
玄武は彼の言葉をただじっと聞いている。
「確かにそうですね。言い返す言葉はなにもございません」
玄武は枕元に立てかけられた時計を取り上げ、じっと針を見つめた。
規則正しく回り、駆動する内部。見れば見るほど、なんとなく不安な気持ちに押しつぶされるようにも思う。
自分の都合などお構いなしに過ぎ去っていく時間。
彼は自分がゆなのそばにいられない時間を無駄に感じてしまっていた。
「お嬢様は君がいなくなれば悲しむよ」
速臣はそう言うと、モチの後に続いて部屋を出て行ってしまう。
玄武はその様子をじっと目で追っていた。
襖の閉められる音がやけに大きく聞こえた。




