黒の時計
ヴィアレット家には執事とメイドを数多く抱えているが、実はそのうちの3分の1程度は本職の仕事ではない。彼らの多くは技術者や研究者が多く、ゆな=ヴィアレットの身体のメンテナンスをする整備係のように自らの自室を兼ねたラボラトリーや工房を持ち、下手をすると年に数回ほどしか顔を合わせる機会の無い者もいる。
執事とメイドが持つ黒色の懐中時計を作ったのもヴィアレット家に仕える職人が拵えた物であり、家に仕える者にとっては非常に重要な物となっている。一部の者にとっては特に。
――コンコンコン
年末にむけて膨大な量の書類と格闘していると、不意にドアがノックされた。秘書としてそばで作業をしてくれていたメイドがノックに応えドアを開ける。
「失礼いたします」
一人の青年が小さなトレーを手に立っていた。
「それではお嬢様。こちらがお申し付けされておりました分でございます」
青年は部屋に入ると手にしていたジュエリートレーを机に置いた。そこには2つの懐中時計が並べられていた。
いわゆるハンターケースと呼ばれる形状で、蓋の表面にはヴィアレット家を表す紋章が刻印されている。
そのうちの1つを手に取ると、竜頭の部分を押してみる。
ばね仕掛けになった蓋が開き、なかの文字盤があらわになった。
薄紫の文字盤を白色の針が規則正しく指しながら回っている。
中央はガラス張りになっており、なかの精巧なムーブメントを鑑賞することもできるエレガントな造りである。
カチカチカチとメトロノームのような一定のリズムを刻みながら内部機構が複雑にかつ繊細にかみ合って動いている。
「見事なものねぇ・・いつまでも見ていられそうだわ」
「恐れ入ります」
執事は恭しく腰を折った。
「ありがとう、ご苦労様」
時計をきちんとトレーに戻すと、青年が再び机からトレーを取り上げる。しばらく、じっと時計を見つめるとそばのメイドに手渡した。
「屋敷にはもう慣れた?」
朝から続いていた書類整理をいったんやめ、少し休憩することにした。メイドにコーヒーを入れてもらうと2人でテーブルについた。
「はい。もうすっかり今の生活が板について参りました」
青年はそう答えると美味しそうにコーヒーを楽しんでいる。
彼はもともと海外の時計メーカーに勤める職人だった。本来なら10年以上かかる修行期間を7年で修めるほどの腕利きの職人で、先代の当主がスカウトし執事兼技術者となった。
しばらくはヴィアレット家の本家の方にいたが、とある事情から最近になってこちらに移ってもらったのだ。
「忙しくさせて悪いわね。先月も1つ作ってもらったし」
「いえいえ、とんでもございません。最高の時計を作製できるとは職人冥利につきるものです」
とはいえ、執事としての彼の仕事はヴィアレット家で執事やメイドたちに支給される時計の作製や修理であり、雑用やSPとしては従事することはない。ふだんは自室を兼ねた工房にこもり、時折依頼される修理やメンテナンスをして過ごすことが多い。実際、私もこうして時計を受け取るとき以外はあまり彼と顔を合わせる機会はないので、こうして話すのもひと月ぶりだ。
「また部屋にお邪魔させてもらっていいかしら?」
「もちろんですお嬢様」
青年はニコニコと物腰柔らかく答えた。
ガチャ――
先ほど時計を受け取って部屋から出ていたメイドが戻ってきた。
「お嬢様。時計を執事長へお渡しして参りました」
「ありがとう。あとはあの子に任せて大丈夫ね」
数日後、執事とメイドを一人ずつ新たに迎え入れることになっている。新たなる同胞の訪れを黒の時計が静かに待っていた。
時計が出来上がって数日後。
2人の男女が緊張した面持ちで扉の前に並べられた椅子に座っている。メイドに案内されて数分程度しか待ってはいないが、すでに何十分も時間が経っているように感じていた。
ガチャ――
扉が開くと、先ほどのメイドが顔を覗かせた。
「お待たせしました。どうぞお入りください」
2人が部屋に入ると執事服を着た猫が2人を出迎えた。両側には2人のメイドが控えている。
「お待たせしました。ヴィアレット家の執事長を務めておりますにゃん太郎でございます」
2人は少し慌てつつそれぞれ挨拶を返した。
「それではこちらを」
傍に控えていた2人のメイドが前に進むと、それぞれ手にしたトレーを差し出した。トレーには黒色の懐中時計が置かれている。
「こちらがヴィアレットに仕える者の証である黒時計です」
2人は恐る恐るといった感じで時計を受け取る。
複雑な部品が詰まった時計のずっしりとした重みを感じる。
「お2人とも。どうぞこれからよろしくお願いします」
にゃん太郎はぺこりと腰を折った。
チッチッチ―――
新たなる同胞の来訪を歓迎するかのように、黒の懐中時計が規則正しく時を刻んでいる。




