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過去

ニャー。

「お、猫じゃん」

一人の若者が言った。

「猫?」

「お、マジか」

若者の言葉にわらわらと仲間たちが集まってきた。

「お前なんか持ってねーの?」

「チョコしかねーからダメだわ」

若者たちはそのまだ枯れていない新鮮な好奇心をもってキラキラと純真な瞳で猫を見つめている。

なんとも若々しい穏やかな空間に思える。

ここが戦場という特殊な空間でなければ。


「すげーなお前。全然動じねーじゃん。俺らの隊に入るか?」

若者たちが瓦礫の上に鎮座する猫を代わる代わる撫でた。

少し身体を傾けるたび肩に下げた銃がぶらんと揺れた。


猫はそれまでおとなしく撫でられていたのを、突然瓦礫から飛び降り、集団のなかの一人に近づいていく。

猫は露五のそばによると、人懐こく顔やしっぽを脚に擦りつけてくる。

露五は少し戸惑いながらわたわたとステップを踏んでいる。

「お、めっちゃ懐いてるじゃん」

「どれどれ・・残念オスだ」

ハハハハと若者たちの快活な笑い声が場の空気を和ませた。


数時間に及ぶ戦闘があった。

銃弾や大砲によってもうもうと煙が立ち上り、荒廃した街のあちこちで火薬の爆ぜる音や悲鳴が叫鳴していた。

露五は一人、敵が浴びせる銃弾を壁に隠れてやり過ごしている。

ダンダンッ!ダンダンッ!

と、ある程度の規則性をもって断続的に銃撃がする。

数日前まで笑いあっていた仲間たちの姿はもうない。

しかも明らかに向こうはこちらの残弾数よりも多い。

逃げる場所も奴らが抑えている。

袋のネズミとはよく言ったものだ。

もはやなすすべなく、露五は壁によりかかり手足を投げ出している。


にあーっとそばで鳴き声がした。

見れば、この前の猫が自分に寄り添うようにして座っている。

なぜか、この騒音のなかでも悠々としたふるまいだ。

「全く…なんでこんな所まで来るかな…」

露五はそう言いながらもそばの猫を優しく撫でた。

よりかかった壁の向こうからドコドコという銃弾の衝撃が伝わってくる。

不思議とこんな異常な状況のなか眠気を感じた。

さすがに今度こそダメかと目を瞑った。


「ダメだよ」

不意に知らない男の声がした。

瞑った目を開き、右隣を振り向いた。

そこには1人の青年が自分と並んで壁にもたれかかっている。戦場に似合わないカジュアルな服装に、清潔で端正な顔立ち。

ついにおかしくなってしまったのだろうか…。

戦場に響く銃声と煙火に自分の脳が焼かれてしまったのか…。

自分の心臓の音が聞こえる程に激しく拍動し、夢のなかにいるようなふわふわとした浮遊感を感じた。

あぁ、そうか…夢を見ているのか…。


「よく狙うんだ…大丈夫、この世界に引力がある限りもう誰も君の弾からは逃れられない」

青年はじっとこちらを見つめる。その瞳や言葉に嘘は感じられない。

「もう少ししたら銃撃が止む。そしたら撃てばいい…弾が彼らに全て当たるのをイメージするんだ」

露五はそんな不可思議な幻覚の言葉に操られるかのごとく身構える。

ライフルについたつまみを単発からバースト射撃に切り替えた。

「今だ!」

青年の掛け声と共に壁から身体を出した。

タタタッ!タタタッ!

3点バーストの短い銃声が響く。

引き金を引く瞬間はほとんど無意識に近かった。ただ1つ。思い浮かべていたのは、向こう十数メートルに陣取る敵一人一人に銃弾が向かっていく―――ただそれだけだった。


相手からの反撃に備え、素早く身を壁に隠す。

「クソっ…やっちまった」

先程の銃撃でついに弾がきれてしまった…。

幻覚に踊らされ弾を撃ち尽くしてしまった自分に苛立ちを覚えつつ、持っていた銃を足元に放り出すとホルスターからナイフを抜いた。

もはや絶対絶命の状況にも関わらず、不思議と諦めの気持ちは湧いてこなかった。

「来い…」

激しく拍動していた心臓の音が少しだけ落ち着いてきているのを感じた。


しばらく身構えていたが、いつまで経っても銃撃はやってこない。

確かに一人相手にわざわざ無駄に労力を使う必要もないかもしれないが、それにしても静かだ。

相手が回り込んできている可能性も考えて、十分に警戒しながら先程車の残骸から拾っておいたカーブミラーを壁から少し覗かせ、チラッチラッと小刻みに動かす。

しかし、誰一人として向こう側のバリケードから顔を出すものはいなかった。

おかしい…

先程の銃撃に敵が恐れおののいたなんてことは到底考えられない。

露五は思い切って、壁から姿をだした。

もちろんナイフは構えたまま、間に残る遮蔽物に身を隠しつつじりじりと近づいていく。


バリケードの裏には自分を狙っていた7人全員が赤い血を流し事切れていた。

うち2人に至っては、折り重なるように並んで仰向けに倒れている。

普通ではありえないが、2枚抜きをしてしまっていたようだ。

しんと静寂が辺りを支配する。

そのありえない状況に、露五はポカンと立ち尽くしてしまった。

すぐにはっと立ち直ると、敵の持ったアサルトライフルを拾い、辺りを警戒する。

だが、もはや自分を狙う者は一人も残っていなかった。


そういえばあの青年は…?

ここでやっと先程隣にいた青年に意識がいった。

それにあの猫のことも。

後ろからの反撃にも備え、素早く元いた壁にまで引き返していく。

驚かせてしまうが、銃は構えたままである。

そこには自分が捨てた銃が一丁あるのみで、青年も猫もどこにもいなかった。

やはり、幻覚を見ていたのだろうか…。


そう思った瞬間、背中からパッと赤色の閃光が影を作った。

思わず壁の影に飛び込むようにして身を隠すと、再び閃光が辺りを照らす。

しかし、それは大砲や銃撃の血生臭い火薬の色ではなく、平和な時を知らせる美しい花火の色だった。


季節外れの満開に咲く桜が夜空に美しく彩られた。

ドーンッ!ドーンッ!という花火の弾ける音が聞こえる。

ついに庁舎を奪取することができた。

ワアアアアーーという歓声が街のあちこちからあがった。


足元に残る空薬莢が花火の閃光によってチカチカとまたたく。

既にその場に生きた者は誰もいなかった。



※後日談


じょきじょきじょき――

松の枝を剪定する気持ちの良い音をBGMに露五は黙々と作業をしていた。秋も終わり、すでに冬が近づいている。


にあー。

そばに白猫が一匹寄ってきた。

「おや、お疲れ様」

露五はそばに寄ってきた白猫に丁寧に挨拶をした。

その姿はまるで隠居を楽しむ好々爺のようでもある。

「この子も執事よ。よろしくね」

お嬢様がそう言っていたのを思い出す。

意味はよく分からなかったが、にゃん太郎のような存在もいるため、彼もそうなのだろうと思った。

とはいっても、猫がしゃべっている所も変身した姿もまだ見たことはないのだが・・。

じょきじょきと枝切りばさみで庭の松を整えていく。


「よく来たね・・わが友よ」

不意に聞き覚えのある声が聞こえた。

その声にハッと手を止め辺りを見回す。

声の主もそばにいた白猫もすでにいなかった。


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