写真館
実はこの屋敷は私の生まれる前からすでにヴィアレット家の者が住んでいた。私の生活スペースは主に3階。1、2階は主にメイドや執事たちが使い、私の知る部屋は数が限られる。
もちろん一度も入ったこともない部屋も多数あり、3階のこの空間でさえ私が知らない部屋があるのだ。例えばそう、向かいの部屋とか。
「ふう・・少し暇ね」
私は読んでいた本を閉じるとテーブルに置いた。
11月になり何とも忙しい時期になったが、今日は特に一日何も用事はなく私はこうして一人のんびりとした時間を過ごしていた。
また散歩でもしようかと自室から出た。
「あら?」
見れば、いつもは閉ざされている向かいの部屋の扉が全開になっており、何人かの執事とメイドたちが忙しそうに動き回っている。どうやら部屋の片づけをしているようだ。
部屋を軽く覗くと、銀髪のメイドがマスクをして奥の机の中身を取り出しながら整理している。
「何してるの?」
銀髪のメイドがバッと顔をあげた。
「あ、お嬢様!」
随分集中していたらしく、話しかけてようやく気付いたらしい。
「どうされました?ここは埃っぽいですよ」
「こっちのセリフよ。いつもは閉じてるのに急にどうしたの?」
「お嬢様のお出かけの時などに整理をさせて頂いておりました。なにぶんこの書類の山ですので」
メイドは両手で机に山と積み重なった紙の束をしめした。
見れば計算書や契約書など仕事に関する書類が多いようだ。確かにこれは整理が大変そうだ。
「私も手伝う?」
山となった書類の束からファイルを無作為に手に取った。
「とんでもございません!お嬢様の美しいお手をこんな埃だらけの中に入れるなど!私は絶対に許せません!」
ものすごい剣幕で銀髪のメイドが答える。
「そ、そう・・」
その剣幕におされつつもファイルに目を落とすと一枚の写真が挟まっているのに気づく。
「あら、この写真」
そこには椅子に腰かけた一人の老紳士が写っていた。
「ねぇ、この人はだれかしら」
そばで書類の整理をしていたメイドに聞いてみた。
メイドは手を休めると写真を覗き込むようにして確認する。
「あら、お懐かしいですね」
普段とろんとした力ない瞳に光が宿るのが分かる。
「こちらは前ご当主様のお写真です」
「前当主・・。ということは、」
「ええ、お嬢様のお父様にあたりますね」
お父様・・。
私はその響きに何とも言えない感情を覚えた。
寂しさでもなく、懐かしさでもない。まるで知らない景色を急に見せられたような自分でも知らない感情だった。
「私は知らないわ」
「無理もございません。もう何年も前のことにございますので」
私は再び写真に目を落とした。まじまじと写真の老紳士を見つめてみるが、どうしてもこの胸にわく感情の正体が分からない。
「この写真を撮った人はわかる?」
「はい。よく出入りしていた写真屋ですので・・」
そうだ・・。ここに行けば何か知ることができるかも・・。
「行ってみたいわ。すぐに準備して」
「え・・は、はい」
部屋の整理をそこそこにすぐに件の写真屋に連絡を入れさせた。
写真館は屋敷から車で1時間もかからない場所にあった。だが、街からは随分はずれ、寂しい商店街の立ち居並ぶような場所にぽつんとその店はあった。
「ずいぶんと・・ん~。趣のある雰囲気ね」
言葉を選んでみたが、外観はボロボロで特に用事がなければ立ち入ることはないだろうという感じだ。
ここで私のお父様が写真を撮ったというのが少し疑問に感じるほどだった。
正直、少し怖気づいたが意を決して店に入った。
店内は外観とは裏腹にゴミ一つなく小綺麗で整理されていた。
強いて言うなら、まるで明治時代を舞台にしたセットのようでタイムスリップでもしたかのようにレトロな雰囲気だった。
しばらくすると、奥の小部屋から一人の少年が出てきた。やや薄めの緑色を基調にしたアシンメトリーな服を身にまとっている。
両耳に開けられたピアスが退廃的な雰囲気も醸し出しており、その見た目からスタジオで撮ったばかりの俳優にも見えた。
「こちらで写真を撮りたくて予約したのだけどお店の方で間違いないかしら」
「はい、承っております。お待ちしておりました」
少年はゆっくりとお辞儀をした。人好きのするなんとも可愛らしい雰囲気である。
「これを撮ったのはこちらで間違いないかしら?」
持ってきた写真を少年の立つカウンターに差し出した。
「はい。こちらで撮らせて頂いたものに間違いございません」
少年は特に手に取ることなく即答する。
「あなたが撮ったの?お父様と懇意にしているようだから、もっと年配の方を想像していたわ」
「あ、それは前任の者ですね。この写真館では時がきたら担当する者が入れ替わるんです。今は僕が写真を撮らせて頂いています」
まじまじと少年を見つめる私に彼は特に不満な気配も見せることなく答えた。
時がきたら・・?
その何とも不思議な言い回しに私は少しだけ違和感を感じた。
「こちらで撮らせて頂いたものは全て、写真を撮る者が記憶しております。この写真はこちらで撮らせて頂いたものに違いありません」
少年は言い聞かせるように自信たっぷりにそう言った。とても嘘を言っているようにも見えず、少し困惑してしまう。
「こちらの者が伝えたと思うけど、写真をお願いできるかしら」
「はい。どうぞこちらへ」
写真屋の少年の促されるままに私たちは奥の部屋へと向かった。
まるで映画館のようなやや重たい扉を写真屋の少年が開けると、そのまま先に入っていってしまう。
メイドの一人が扉を押さえ、彼のあとに続いて中に入るがなかは真っ暗で何も見えない。
扉を開けなはったまましばらくいると、中から写真屋の少年の声が聞こえた。
「入って大丈夫です。そのままお進みください」
私はその声に従って一歩前に進もうとするがメイドが手で遮る。
「大丈夫。僕を信じてそのままお願いします」
少年はなおも姿は見せないまま中に入るように促してくる。
私はメイドの遮る手を少し避けるとかまわず中へと入った。
「お嬢様!」
慌てて後ろのメイドたちも続いて入る。
ガチャンっと重厚な扉の閉まる音が暗闇に響いた。
「ありがとうございます。そのまま少し前へどうぞ」
さすがにこの暗闇のなか歩きまわるのには抵抗があったが、私はままよとばかりにすたすたと歩を進めた。
5,6歩進んだところで、ふいに腕をとられた。
私は突然のことに声もなく驚いてしまう。
「ねぇ、明りはないの?真っ暗で何も見えないわ」
「申し訳ありません。ご不便だと思いますが、灯りをつけると逃げてしまいますので」
「お嬢様!お怪我はございませんか!?」
暗闇の中から、銀髪メイドの声が響く。
カッカッとヒールの音が忙しなく聞こえることからあちこち歩きまわっているようだ。
「大丈夫よ!暗いから気をつけなさい!」
「おじょうさ・・うっ!」
ガシャー――ンッッッッ!!!!
返事を返し終わる前に金ダライをひっくり返したような大きな音が響いた。
「ちょっと・・大丈夫?」
手を少しのばすと何やら冷たく硬い何かを触った。
「――――ッッッ!!?」
「大丈夫です」
ポッ―――
突然一つの小さな光源が現れた。さっきまでの暗闇に目が慣れておらず、眩しくて目をぱちぱちとさせてしまう。
「申し訳ありません。さすがにこの暗闇では歩くのは困難ですよね」
少年が小さな蝋燭のはいったランタンを手に、さっき触れたものを照らしてくれた。
見れば、それは金属でできた星型の飾りだった。
どうやら天井から吊ってあるらしく金属のこすれる音が天井の方から聞こえる。
「お嬢様!!」
お付きのメイドが光源を頼りにやってきた。
きちんとまとまった髪もこけた拍子にぼさぼさになってしまっている。
「あなた・・!」
いきなり暗闇に放り出され危険にさらされただけに、メイドは険しい顔で少年に詰め寄る。
「いいから・・」
メイドを手で制する。少年は特に動じるわけでもなく、そのニコニコとした表情を崩さない。
「それではこちらにどうぞ」
そういって少年はランタンをある方向に向けた。
暗闇に隠れていた一つの舞台がベールをはがすようにあらわになった。
まるで歌劇でみるような紅いドレープカーテンは金色の紐で止められ、中心には紅く艶やかな生地がはられた肘掛け椅子が一脚。
そして、驚くかな。
背景はまるで深く吸い込まれそうなどこまでも続く夜空だった。私の頬のペイントによく似た三日月が、その夜空に一つ煌々と光を放っている。
「あ、これって」
天井から吊るされた瞬くような星の意味が分かった。
合点のいった私が少年の方を振り向くと少し得意げにニコニコと見つめ返した。
「はい。ゆなお嬢様の星と月をお借りいたしました」
「どうして私の名を・・それにいつの間に」
予約をする時、私は特に名乗るようには言っていなかった。もっと言えば、私のこの頬のペイントをどうしてこの店に来る前に知っているのか・・。疑問が次々と浮かんでは消えていく。
だが・・。
「まるで本物の星空みたいね」
私はしばらく、部屋に突然現れた幻想的な星空を眺めていた。
「お嬢様、そろそろ撮影させて頂いても大丈夫ですか」
惚けていた意識を戻すと、彼の方を振り返った。すでに写真機の前で控えニコニコとこちらを見つめている。
舞台に置かれた椅子に座ると、足を並べ軽く右に身体を傾けた。
自慢の髪を少し持ち上げ、ニコリと笑顔を作る。
少年は古い年代物の写真機の前に立つと、フィルターを覗き込む。
カシャッ!と軽快な音が鳴った。
――お父様もこうして撮ってもらったのかしら
撮影が終わると、軽く背もたれに身体を預け、夜空を見上げる。
深く遠い暗闇のなかに小さな星がチラチラと瞬いていた。




