料理
ゆな=ヴィアレットの屋敷は、主を含めて十数名が暮らしている。昼は外出している者も多いが、朝と夜は基本的に屋敷で食べることがほとんどだ。
そのため屋敷の2階にある厨房はまるでホテルかレストランのような立派なものが備え付けてあり、ここは毎日大忙しでコックたちが額に汗しながら動き回っている。
しかし今日は極めて静か。それどころかコックたちも一人を除いて誰も料理をしていない。
正確には一人と、ドールの少女の二人である。
「このようにします。そう・・そのまま剥いて」
「ん~・・こう?」
「素晴らしいです!さすがお嬢様は器用ですね!」
「ふふん!」
コックは少女の隣で野菜を切って見せ、少女もそれを同じように真似ながら包丁を扱っている。コックに褒められ、実に得意げな表情となった。
まるで親子ほどの身長差の二人が仲良く並んでキッチンに立っている。少女は不慣れな調理器具に悪戦苦闘しながらも、執事に手ほどきをしてもらいながら一生懸命に作業をしていた。
はたから見ればなんともほほえましい光景に思えるが、ただ、その二人を見守る目というか雰囲気は心配や不安といったなんとも落ち着かないもので、コックはそれをひしひしと感じている。
「・・・吐きそう」
コックである執事は主の一生懸命な姿を見ながら、数時間前のことを思い出す。
「ねぇ、料理がしてみたいから教えて」
それはあまりに突然だった。
ふだん足を踏み入ることがない、いわば舞台の裏方に、屋敷の主人が自ら足を運んできた。もちろん、ふだん食事のお世話をするメイドも一緒ではあったが、お嬢様が厨房に来ると報告しに来たときは何ともいえない青ざめるような気持ちになった。
何か粗相をしたのかとドギマギと訪れた主に挨拶をしたが、軽い返事をした後にいきなりの申し出だった。
食事の準備などもあったがある程度支度も済ませた後だったので、特に断る理由もなくお嬢様に料理の教授をさせてもらうこととなった(断れるわけもないが・・)
はじめこそどうなるかと心配だったが、存外主である少女は手先が器用で手順も逐一確認しながら作業をするため、スムーズに料理が出来上がっていく。ちなみに作っている料理はポトフだ。
「それにしてもお嬢様、なぜ今日は突然?」
コックは作業の合間に何気なく聞いてみた。
少女は手は止めずに、なんとも呆れた顔で答えた。
「霧島があまりふだん食べないのよ・・。食べてもなんかジャンクなものばかりで心配になったわ」
霧島とはお嬢様のSPであり、お付きの執事の一人だ。ふだん執事らしからぬ着崩した服装に、お嬢様を呼び捨てにしていて、なんとも軽薄そうなイメージがあった。ただ、彼には他の者が携わることのない職務に就いていると噂程度には聞いていた。
「なるほど・・」
「何度言ってもそうしないのよね。でも私が作ったら食べるでしょ」
そのなんともいじらしい姿にコックは素直に感動する。
コックは先ほどまで感じていたプレッシャーのかわりにふつふつと責任感を抱く。
ふだん執事やメイドたちの食事をする部屋に、
そんな広めのスペースの一角に
二人の屈強な執事が彼の肩をがっちりと押さえ込んでいる。
「ほら!食べなさい」
少女は男の隣に腕を組んで仁王立ちしている。
男の前には色とりどりの野菜の入ったポトフが置かれていた。
「あなたがあまりにもちゃんと食べないから、今日は私が作ってあげたわ」
「え~~・・・・ゆなが?」
霧島は露骨にげんなりとした顔をする。
「な、なによ」
「いやだって・・料理なんかしたことあんのかよ」
「え、ないけど」
またも霧島はげんなりとした顔をする。
「失礼ね大丈夫よ!シオがちゃんと味見したんだから」
そういいながら、少女はコックの方を見つめる。見た目は自信満々といった感じだが、そのオッドアイの目には不安感が見て取れた。
「はい。味は私が保証します。お嬢様の作られたポトフはちゃんと美味しく作られていますよ」
コックは飾り気もない素直な感想を述べた。それを聞いて少女はパァと安心した顔をする。
「ほら!聞いたでしょ!いいから食べるのよ」
少女はスプーンでポトフの具材を掬うと霧島の口元に持っていく。
「ヤダ!!」
霧島が抵抗すると、周りの執事とメイドがむりやり口を開かせた。
「お嬢様がお手ずからあーんをしてくれているんだぞ!それをお前!」
「そうよ!なんなら私が代わってもいいのよ!え・・そうする?そうしようか!?」
一部暴走しているメイドをよけながら、とりあえず霧島に食べさせた。
「あ、食える」
霧島はそう言うとスプーンを受け取り、素直に口に運び始める。
「ん。全然食える。めっちゃフツーだけど」
「そ・・そう!まぁ私は賢いからね!」
やや小さめのスープ皿のポトフをあっという間に完食してしまう。
「おかわりある?」
霧島は空になった皿を差し出してきた。
「あるわよ。いくらでも食べなさい」
さすがに主にはさせられないのでそばにいたメイドが受け取ると、おかわりの皿を持ってくる。
少女はパクパクと食べる姿にほっと安心する。
「あなたたちも食べたいならいいわよ。また持って・・」
と聞くが早いか、何人かのメイドたちが脱兎のごとく走り始めた。
「うおおお!!お嬢様の手料理!!」
「頂きますお嬢様!」
まるで獲物を狙うような姿にむしろ狩りをする猛獣を感じる。
「はぁ・・やれやれ」
少女は疲れたように肩を落とすとコックの方を振り向く。
「あなたも突然悪かったわね。助かったわ」
コックは少女の前に片膝を立てて目線を合わせる。
「いえ、お役にたてて光栄です」
コックはニコリと笑顔を見せた。
「私も頂いてよろしいでしょうか」
「いいわよ。みんなで食べましょう」
屋敷の一階のラウンジはいつになく賑やかだった。
外はすでに暗い。冬の季節がまもなく訪れようとしていた。




