傷痕
コツコツコツーー
華やかな都市部にも必ず裏の道がある。
一見豪奢で絢爛な部屋にも、必ず小さな傷が壁にはしっているものだ。
霧島はそんな小さな傷にそって一人歩いている。
しとしとと降る冷たい雨が彼の身体を濡らしていた。
しばらくすると大通りから少しそれた脇道に小さな店が見えた。
外観からは何を扱っているか分からないが雑貨屋のように見える。
カランカランっと来客を告げるベルが景気よく店内に響いた。
「あら、お久しぶりね」
カウンターに店のオーナーだろうか、一人女性が物憂げに座っていた。霧島が訪れるのを見ると、ニコニコと人の好さそうな笑顔を向ける。
「おう・・久しぶりだな」
店の中はこじんまりとしたものだった。
奥に女主人がたつカウンターがあり、店内の棚には用途の分からない薬瓶やら本が置かれているのみで何を取り扱っているのかはさっぱり分からない。
かろうじて店らしい雰囲気を出しているのは、外に吊るされていた小さな看板くらいなものだろうか。ただ、内装はシックで大人の隠れ家のような雰囲気があり不思議と居心地は悪くない。
女主人の雰囲気は一言で言えば妖艶だった。身体全体を包むゴシックなドレスは肌をほとんど見せてはいないのに悩まし気で、まるでローマ時代のデカダンス期に流行した彫像のような雰囲気を纏っている。肌も白く、桃色の髪が良く映え、美しく整った顔は男女問わず魅了するだろうと思う。
ただ、左頬には隠す気がないのかー耳に向かって一直線にうっすらと傷が走っている。
ひきつれのように盛り上がっているわけではないが、美しい絵画に刃物をいれたようななんとも退廃的で痛々しい傷痕だった。
女主人は少し気にするようにその傷跡を指でなぞっている。
「今日はどうしたの?また二人でやる?あの時みたいに・・」
女主人はそういうと先ほどまでとは違った妖しげな笑顔を霧島へと向ける。
紅い瞳孔がキュウと細くなっていき、獲物を狙うネコ科のような鋭い緊張感が漂ってくる。まるで彼女の目に反射する光だけがネオンに変わったかのように妖しい光を纏っていく。
「いや・・やめとくわ。俺はただの人間だからな。本気出されたら瞬殺されるだろ」
「あら・・残念ね♡」
女主人はそういうとパッと表情を変え、再びニコニコと機嫌のよさそうな笑顔へと戻る。さきほどまで映っていた怪しげな光もナリを潜めてしまった。
「で、何の用かしら?」
霧島は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。一人の青年がカフェテラスでくつろいでいる姿が映っている。どこを向いているか定かでない分盗撮されたものであろうことがわかる。
「こいつが誰か教えてほしい」
「ん~」
女主人は霧島の差し出した写真を受け取ると、一つ瞬きをする程度に確認し返却した。
「あぁ、そいつは〇〇のとこの坊ちゃんね。泣かされた娘が結構多いからよく知ってるわ」
「どこでよく見る?」
「そうねぇ・・・」
女主人は写真の男についての情報などをあらかた霧島に教える。
行きつけの店、住んでいる場所、友人知人、恨んでいる人間、そして一人になる場所・・など。
「分かった・・ありがとな」
霧島は要件をすますと、小さくお礼の言葉を述べて店の出口へと向かっていく。来店時の雰囲気とは少し違ったピリピリとしたものを纏っている。
「ね・・なんであんたあの屋敷にいるの?」
霧島が店を出ようとドアノブに手をかけると、女主人が唐突に質問してきた。回しかけたドアノブをもとの位置まで戻す。
「なんだよいきなりだな」
「そうね・・なんか急に気になったのよ。待遇がよっぽどいいとか?」
「まぁそれもあるかな。ん~・・そうな」
霧島は顔を少しあげ、考えるそぶりをする。
「正直、理由なんかねーよ。まぁでも強いて言うなら・・」
女主人をまっすぐに見つめる。
「影は光がないと存在できないからな」
「ふ~ん・・」
女主人は興味があるのかないのか分からない返事を一つ返すと、ひらひらと手をふった。
霧島が出ていくとカランカランっと店内にベルが鳴り響く。
「影・・ねぇ」
女主人は手を頬の傷に持って行った。
ヌル・・と液体が指先に触れる。
彼女は少しハッとして、店に備え付けてある姿見で頬を確認してみる。
傷跡からはまるで涙を流すように紅い血が垂れていた。
「ふふ・・」
彼女は再び人懐こい笑顔で自らを見つめた。
しとしとと降る雨の音だけが、その場に残るのみだった。




