8. 日本で合法的に買える最強の護身用具
翌朝。
俺は早い時間から奇妙なダンジョンにリベンジするための装備を確認していた。
今日、丸一日を使ってガッツリと探索するためだ。
準備は既に昨日のうちに済ませてある。
武器はホムセンで買ったバットにスレッジハンマー。
防具には普段使っているバイク用ウェアの上下とオフロードタイプのヘルメット。
さらに、本格的に未舗装路を走るとき用の全身プロテクターを着込んだ。
アラミド繊維が織り込まれたバイク用ウェアは防刃性能が高く、生半可な刃物では切り裂くことができない優秀な防具だ。
それに加えて、プロテクターをフル装備することで重要箇所の対衝撃性能も高くなっている。
ヘルメットは日本が誇る有名メーカーのもので頭の守りも抜かりなく、オフロードタイプなので通気性がよく息苦しくならない。
動きの阻害を最小限にしながら全体的に高い防御力を実現した装備である。
さびたナイフしか持たないゴブリン程度なら脅威ではないだろう。
そのほかのライトや非常食、水筒などの道具類は、邪魔になりにくい小さめのリュックに入れて背負っている。
そして、今回も探索の相方として小宮山が同行する。
昨日、SNSチャットで『いくか?』とだけ送ってみたらと、『いかないワケねーだろ?』と瞬時に返ってきたので、考えていることはほぼ同じだったのだろう。
小宮山は頼りになるとは言いにくいが、いないよりはいた方がずっといい。
なにごとにも数は力だし、戦いは数だからだ。
それに、殺意あふれる化け物がうろつく薄暗い未開の地に、たったひとりで挑めるような強靭なメンタルなど俺は持ち合わせていないのだ。
朝早くから駆けつけた小宮山の格好は、バイク用装備で固めたほとんど俺と同じようなものだった。
ただ、選んだ武器はまったく違う。
「見てくれよこのカタナ! めっちゃカッコイイだろ?」
小宮山が自慢げに抜き放ったのは、本物の日本刀だ。
「すごいもの持ってきたな。確かにかっこいいけど……そんな高いものいつの間に買ったんだ?」
「いや、たぶん親父のコレクション。かなり前に実家の蔵から勝手に持ってきて、ずっと借りたままになってたヤツ」
「借りた……? それはもうパクったってことなんじゃ?」
「似たようなもんだろ? 親相手なんだし」
「お前ほんとクソだな」
「はん、ウチは親も大概だからいいんだよ」
「……まあ、そこは同情するけど」
「そんなことより、こっちもカッコイイだろ? これは自前の貯金はたいて買ったんだぜ」
少し不機嫌そうになった小宮山だったが、すぐに気を取り直して、今度は背負っていたクロスボウを自慢し始める。
自前の貯金って、結局は実家の仕送りを貯めてたやつだろ?
とは思ったが、もうめんどくさいのでツッコまない。
「遠距離攻撃の手段は正直ありがたい……けど、使いこなせるのか? 刀の方も、ずぶの素人が扱うには厳しい武器だって聞くし」
「たぶんイケルだろ? 大丈夫大丈夫、なんとかなるって」
「……まあ頑張れ」
いつも通り楽観的な小宮山だが、その自信の根拠がなにもないこともいつも通りだ。
「逆に高梨の方こそ大丈夫なのか? 武器というにはしょぼいんじゃね?」
「俺のは実用性重視だから」
確かに、バットとハンマーは武器として作られたものではないので、小宮山の持ってきたいかにもな武器と比べると見劣りしてしまう。
ただ、どちらの方が正解だったかはダンジョンの中でわかるだろう。
俺たちは買ってきた格安中古スマホに奇妙なダンジョンのアプリをダウンロードして、スマホをセットしたVRゴーグルをつけた。
◇ ◇ ◇
【第1階層 小鬼の坑道】
VRゴーグルをはずすと、無事ダンジョンに入ることができていた。
入れなかったらどうしよう、と内心不安に思っていたので、ひとまずは安心だ。
もし入れなかった場合、前回のことは全部妄想だったんじゃないかと疑ってしまっただろう。
だが、再現性があるのなら俺の頭がおかしくなった訳じゃあないはずだ。
ダンジョンの中は前回と同じく古びた坑道のようなつくりに見える。
ただ、ダンジョンの構造は入るたびに変化するそうなので、マップや敵の居場所が前回と同じだと考えてはいけない。
ダンジョンは基本的に通路と部屋で構成されている。
通路の幅はたいていが高校の廊下程度で一定だが、部屋の大きさはまちまちで、広いものもあれば狭いものもあるらしい。
今回のスタート地点は小さな部屋だったようで、周囲には四畳半ほどの正方形の空間が広がっている。
「よっしゃ、じゃあまずはこのクロスボウの威力を確かめてみようぜ」
「いや待て、不用意に動くな」
小宮山がさっそく歩き出そうとしたが、俺はすぐに制止する。
「部屋の中にはワナがある可能性があるらしい。誰かさんがこの前に踏んだ大型地雷みたいなやつな」
「うげっ……!?」
「まあ、時間をかけてしっかりと地面を確認すればワナがあるってわかるみたいだ。薄暗い中じゃかなり厳しいらしいけど」
冷や汗を流して固まった小宮山をよそに、俺はリュックから取り出したライトで地面を照らす。
「あったあった、ああいう地面に四角い切れ目が入ってるところはワナのスイッチになってるから絶対踏むなよ」
「ええ!? マジかよ……」
ワナは部屋の隅のほうに設置されていた。
アプリのマップを確認すると、ワナがあると認識した位置に、先ほどまではなかったはずの×印が追加されている。
タップしてみるとワナの詳細が表示された。
【仕掛け弓のワナ】
作動すると、その場にどこからともなく1本の矢が飛来する。
かなり物騒なワナだ。
もしこれがゲームなら、ダメージを受けてHPが減る、という程度の地味でありがちなワナなのだろう。
だが現実でこんなワナにかかったら普通に致命的だ。
けっして軽く見てはいけない。
「ワナは通路にはないらしいから、とにかく部屋の地面だけはしっかり確認してから進もう。敵と戦うのもできれば通路か、調べ終えた部屋の方に誘い込んだ方がいい。もし戦闘中にワナなんて踏んだら一気に大ピンチだ」
「お、おう」
ワナの基本情報と対処法を小宮山としっかり共有してから、こんどこそダンジョンの探索を開始する。
小部屋には扉のない出口が3つあり、通路が伸びている方向はマップ上で見ると左右と上。
なんのヒントもないので、分かれ道があるときはとりあえず左方向から探索していくことにする。
迷路の攻略方法としては有名な左手法だ。
一度通った場所はアプリが自動でマッピングしてくれるので、ループしてしまう心配もない。
アプリの表示から見てこのダンジョンには階層があるようなので、しらみつぶしにダンジョンのマップを埋めていけば第2階層への入り口も見つかるだろう。
モンスターに気づかれないようにライトを消して通路を進んで行く。
すると、薄暗い坑道の奥から小さな足音が聞こえてくる。
小宮山に視線を向けると、クロスボウを手に持って頷いてきた。
とりあえずは任せてみよう。
「――ぎゃぎゃぎゃ!!」
暗闇の奥から現れたゴブリンがこちらに気づき、ナイフを振りかざして駆け出す。
「狙い撃つぜ!」
小宮山はどこかで聞いたことのあるセリフと共にクロスボウの矢を撃ち放つ。
だが、矢はゴブリンの横を素通りしていった。
「あ、あれ……!? 外した!?」
うん、知ってた。
小宮山はなぜか驚愕しているが、完全に順当な結果である。
止まっている的ならまだしも、動き回る小柄な敵にド素人が一発で命中させるなんて不可能だ。
襲いかかってくるモンスターに焦りながらではなおさらのことである。
そう簡単に当てられるはずがないのはわかりきっていた。
なのでもちろん、矢が外れた後の行動は準備している。
俺はゴブリンが接近する前に切り札を切った。
「――ぐぎゃあぁあああ!?」
直後、ゴブリンの悲痛な叫びが坑道に響きわたる。
目を押さえてバランスを崩すゴブリン。
その顔面は直視できないほど真っ白に輝いていた。
俺がライトを最高出力で照射した結果だ。
もちろんそれはただのライトではない。
ネット通販で取り寄せた超高出力LEDフラッシュライトだ。
それも、超高輝度の光をごく一点に集中させて、車のヘッドライトの何倍もの眩しさで目潰しをする、という用途で作られた物騒なタクティカルライトである。
その威力は、間違って近くで直視してしまうと目に障害が残るレベルのもので、暗い場所に限れば合法的に買える最強の護身用具といわれるほどだ。
顔に照射すれば、間違いなく数分は目がまともに見えなくなるだろう。
その上、射程距離が長いので近づかれる前に先手を取れて、文字通り光速で照射されるため避けることも難しい。
前回の探索で絶対的に有利な状況を作り出した霧の魔法、それと似たようなことができないかと考えて用意した秘密兵器だ。
目潰しされたゴブリンはよろめきながら腕で顔を覆って、ナイフをめちゃくちゃに振り回している。
視力を奪えばほとんど無力化できることはもうわかっているので、矢の再装填に手間取っている小宮山は放っておいて、ひとりでゴブリンに殴りかかる。
「――がぎゃっ!?」
振り回されるナイフのリーチは短く、その刃が届かない位置からバットで後頭部に強烈な一撃を見舞う。
そして倒れ伏したゴブリンをいつも通り慣れた手つきで3度殴りつけてトドメを刺した。
バットの使い心地はなかなかだ。
攻撃力こそ燭台で殴るのと大差ないが、扱いやすさは段違い。
表面には少し凹みができてしまったけれど、まだまだ使えそうだ。
「ライトで目潰ししたのか……ていうか、そんな便利なモンがあるなら初めから使ってくれよ! そしたらオレのクロスボウも絶対当てられたし!」
「動き回る敵に当てる難しさを理解するには、実際にやってみるのが一番だろ?」
「そ、それはそうだけどよう」
「それで、どうだった? さっきはなんとかなるとか言ってたけど、なんとかなったか?」
「な、なんともなりませんでした……」
気まずそうな小宮山を適当にあしらいながら、俺はレベルが0から1に上がっていることをアプリで確認した。
身体能力もしっかりと上がっていて、スレッジハンマーを軽く振ってみると、前よりもだいぶ負担が軽い。
ただ、実戦で振り回すにはもう1レベルくらいは上げてからの方がいいかもしれない。
ちなみに、レベルが1に上がった恩恵は身体能力上昇だけではない。
アプリ画面にアイテムボックスという項目が増えていることを確認してから、手に持っているスレッジハンマーを収納したいと念じる。
「おお、本当に消えた……」
「アイテムボックスか!? アイテムボックスなんだな!? チートの代名詞じゃん!?」
「レベル1になれば誰でも使えるみたいだけどな」
手元からハンマーが消え失せたので、アイテムボックスの項目をタップしてみると、15個あるアイテム収納枠のひとつにスレッジハンマーと表示されていた。
それを取り出したいと念じると、突然ハンマーが手元に出現する。
続けて中身が複数入ったリュックを収納してみると、収納枠はひとつだけで済んだ。
リュックの中身だけを個別に取り出すことはできないようだが、荷物をまとめることで多くの物が収納できるらしい。
ただしネットで見た情報によると、ダンジョンで拾える魔法のアイテムだけは、なぜかリュックなどにまとめて収納することができず、アイテム1個につきひとつの収納枠を使う必要があるそうだ。
ともかく、アイテムボックスは重さも感じないので非常に便利だった。
ひとまず今は使わない物を収納して、さらに通路の先へと進んで行く。