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7. ホムセンでゾンビと戦う妄想をしたのは俺だけじゃないはず

 ダンジョンから帰還することで起きた急激な体調不良は、3日3晩続いた。


 あの日、同じ症状だった小宮山をタクシーに押し込んで帰した直後、俺は力つきて寝込むはめになった。

 全身を襲うすさまじい疲労感のせいでまともに動けなくなってしまったが、その間は妹の琴梨がいろいろと面倒をみてくれていた。

 口ではなんだかんだ文句を言っていたくせに、ことあるごとに心配そうな表情で様子を見に来ては、かいがいしく世話を焼いてくれた妹の優しさに、感謝してもしきれない。

 後でなにか埋め合わせをしておくべきだろう。


 また、俺の趣味嗜好に対する琴梨の変な誤解も、看病を受けながらの必死の弁解で、ある程度は解くことができた……と思う。

 きれいさっぱり解消できたと言い切れないのは、琴梨にすべての事情を話せなかったので完全に納得させることが難しかったからだ。


 琴梨にはダンジョンのことを話さなかった。

 そんな荒唐無稽な話をすれば、頭までおかしくなったと思われてもっと心配をかけてしまう。


 さらに、それよりも困る事態になる可能性だってある。

 それは「ホントにダンジョンがあるって言うなら、あたしを今すぐそこに連れてって」と証明を迫られることだ。


 兄として、妹を訳の分からない危険な場所に連れて行くことなどできない。

 でもそう説明しても琴梨は納得しないだろうから、今はまだダンジョンの話は伏せておくことにしたのだ。

 話すとしたら、ある程度の情報を集め終え、安全を確保してからになるだろう。


 ベッドに寝ながらそんなこと考えていると、噂をすればなんとやら、部屋の外からトコトコと落ち着いた足音が聞こえてくる。


「どう? 具合はよくなった?」


 相変わらずノックもせずに開けたドアの隙間から、琴梨がひょっこり顔をのぞかせる。

 3日前はあれだけ申し訳なさそうにしていたくせに、そんなことなどもう忘れてしまったとでも言うようにいつも通りだ。


「おかげさまで、もうすっかりよくなったよ」

「ええ……!? ほ、ホントに~?」

「ホントホント。真っ青だった顔色とか今は普通に戻ってるだろ?」

「でも、2時間くらい前に見に来たときは相変わらず死んじゃいそうなほどひどかったし……。そんな急によくなるものなの? もしかして、強がって元気なフリとかしてない?」


 どことなく心配そうな様子の琴梨がじっとりとした疑いの眼差しを向けてくる。


 まあ、疑いたくなるのも当たり前だろう。

 俺の体調不良が治ったのはだいたい1時間前。

 ダンジョンから帰ってきてからきっちり3日分の時間、72時間が過ぎたところで突然、なにごともなかったかのように体調が回復した。

 治る直前までは一向によくなる気配などなかったのに、だ。


 まるで、体調不良に3日間なることが取り決められていたかのような不自然な治り方だった。


「演技で誤魔化せるほど軽い症状じゃなかっただろ?」

「う~ん……まあ、そうだよね。もう、病院行けばよかったのに」


 病院に行かなかったのは、行っても無駄だとわかっていたからだ。


 ネットで調べたダンジョンに入った人たちの体験談には、あの体調不良の原因は病院ではわからないし、薬などもまったく効かないと書かれていた。

 ダンジョンで死んだことによるペナルティだからなにをしても症状を緩和できないのではないか、という説が最も有力らしい。


「まあ、もう治ったんだからいいじゃないか。それと、いろいろと迷惑かけて本当にごめんな」

「も~、大変だったんだから。ひとつ貸しだから忘れないでね」

「ああうん、本当にありがとう。後で絶対お礼するから」

「ふっふっふ、ちょっとしたお礼じゃ満足しないかもよ? ほら、あたしってけっこうお高い女だし?」

「おおう……なんて恐ろしい。妹さま、どうか破産しない程度に御慈悲を」

「ふふふ、ど~しよっかな~?」


 わざとらしくいたずらっぽい笑みを浮かべる琴梨に、俺も大げさにおどけて返す。


「ま、今はまだ病み上がりだしゆっくりしてなよ。お昼ごはんにまた雑炊(おじや)作っといたから食べてね」


 琴梨はそう言って優しげに微笑むと、後ろ手にひらひらと手を振りながら帰っていく。


 これはしばらく頭が上がらないな。


 俺は苦笑いをしつつ、機嫌よさげに鼻歌を歌う琴梨のうしろ姿を見送った。


「さて、と。ちょっと体が鈍ったかな」


 ベッドから降りて立ち上がってみると、少しだけ筋力が落ちているような気がした。

 3日間寝込んでいたのだから仕方ないだろう。


 ちなみに、まともに身動きが取れなかった間は、ネットで奇妙なダンジョンの情報を調べることに費やしていた。


 俺は体をほぐしながら、そのとき調べたことを整理していく。


 掲示板やS N S、個人ブログなどを巡ると、少なくない量のうわさを知ることができた。

 ただ、デタラメな情報もやたらと多い。

 一度でも奇妙なダンジョンに入っていれば分かるような嘘も少なくなかった。


 なかでもダンジョンへの入り方に関係するデマがひときわ多く出回っているようだ。

 それこそ、新たにダンジョンへ入る人を少なくしたい、という意図があるように思えてしまうほどである。

 小宮山の言っていた、ダンジョンのことを隠したがっている連中がいる、というのもあながち間違ってないのかもしれない。


 もしそんな連中が本当にいるとしたら、協力するにしても敵対するにしても、とりあえず警戒しておく必要があるだろう。

 ただ、今の段階でできることは、前回のダンジョン探索の経験と照らし合わせてデマを無視し、信憑性の高そうな情報を集めることだけだった。


 特に重点的に調べたのは一番の重要事項、ダンジョンからの脱出方法だ。

 調べた限りでは、今のところ発見されている帰還方法はひとつだけのようだった。


 それは、ダンジョンの中で死亡すること。

 するとレベルがゼロにリセットされた上、所持品をすべて失ってダンジョンに入った場所に戻される。


 所持品のすべてを失うということは、つまり、全裸で放り出されるということ。


 俺たちがダンジョンから帰還した状況と一致している。

 ダンジョンから帰ってくる直前に見た爆炎は、小宮山が踏んだ地雷のようなワナによるもので、俺たち2人は痛みを感じる暇もなく爆死したと考えるのが順当だろう。


 そして、脱出方法がこれしか見つかってないのだとしたら、奇妙なダンジョンのことがネット上のうわさ話程度でしか広まってないことにも納得できる。


 普通なら、こんなあからさまで分かりやすい怪奇現象が見つかれば、すぐに表ざたになって大騒ぎになるはずだ。


 だが、帰ってくるときに所持品の全てを失うのなら話は変わってくる。

 それではダンジョンが実在するという決定的な証拠をいっさい持ち帰れないからだ。


 今の時代、証拠の画像などが一切ない荒唐無稽な話が簡単に信じられるはずもない。


 だからこそ奇妙なダンジョンは都市伝説程度の与太話に成り下がってしまったのだろう。


 ただ、いつまでもその状況が続くとは限らない。


 ダンジョンからの脱出方法はまず間違いなく他にもあるからだ。


 それは、奇妙なダンジョンがまるっきりゲームのようなシステムで成り立っていることから予想できる。


 現在わかっている脱出方法の死に戻りは、ゲームでいうところのゲームオーバーで初めからやり直し、といったものだろう。

 だからペナルティとしてレベルと持ち物はすべて没収されるし、体調不良にもなる。


 それならば、ゲームオーバーの逆の概念であるゲームクリアがあってもいいはずだ。

 また、クリアとまでいかなくとも、途中で攻略を中断できる中間ポイントくらいあってもおかしくはない。


 それらの方法なら、死に戻りのデスペナルティをいっさい受けずに帰って来れるのではないか。


 それはつまり、ダンジョンからアイテムを持ち帰れるということだ。

 ダンジョンに物が持ち込めるのだから、ダンジョンからアイテムを持ち帰れても不思議じゃないだろう。


 そしてもしも、死に戻り以外の帰還方法が確立されて、現代科学の埒外にある驚くべき効果を持った魔法のアイテムが世に出回ったらどうなるだろうか。


 確実に言えることはひとつ。


 世界が変わる。


 奇妙なダンジョンの存在は瞬く間に世間へと広まり、多くの人がこぞってダンジョンを探索する時代が来る。

 ダンジョン産のアイテムを巡り、国家単位で競争が過熱するのは必然だ。

 もしかすると世界のパワーバランスすら変わるかもしれない。


 大きな混乱はきっと避けられないだろう。

 だが、良い方向で変わることだって確実にあるはずだ。


 それらの奇妙なダンジョンが巻き起こす変化の奔流が、閉塞的でつまらない今の社会を変えてくれるんじゃないか。

 そんな期待をしてしまった。


 地球を冒険するには遅すぎ、宇宙を冒険するには早すぎる時代などと言われる現代に、降って湧いたように現れた冒険の大舞台。


 興味が湧かないと言ったら嘘になる。


 ダンジョンとはなんなのか。

 どんな意味があるものなのか。

 何者かの意思が介入しているのか。

 なぜ今出現したのか。

 そして、ダンジョンの最奥にはなにが待っているのか。


 ダンジョン探索という冒険を通して、そんな多くの謎の答えを探せたらどれだけ楽しいだろうか。


 俺は今、いつの間にかそれができる舞台の上に立っていた。





 ◇ ◇ ◇





 琴梨が作ってくれた昼ごはんを食べた後、俺は近所のホームセンターに向かった。

 ダンジョンで使う武器を手に入れるためだ。


 武器になりそうなもの、それもできるだけ扱いやすく強力なものを探して店内をうろつく。


 ホームセンターは歩いているだけでわくわくするのはなぜだろうか。

 さらに、並んだ商品を武器になるかどうかという基準で見て回ると、子供の頃を思い出してより楽しくなってしまう。

 バイオハザードが発生してホームセンターに立てこもり、商品を武器にゾンビと戦う妄想をしたことがあるのは俺だけじゃあないはずだ。


 どこか童心に返りつつ、購入する武器の候補を見繕っていく。

 包丁、鉈、鎌、シャベル、バール、金槌、バットなど、凶器になり得る危険物がホームセンターにはやたらと多い。

 その中では、包丁と鉈はリーチの短さが不安で、鎌とシャベルとバールは形状が特殊なので扱いづらそうに思えた。


 と、なると、扱いこなせそうなのはこいつだろう。


 消去法で選んだのは金属バット。

 振り回すために作られたバットは重心もグリップも計算しつくされていてとても扱いやすく、鈍器なので刃の方向や切り方などは気にせず叩きつけるだけでいい。

 リーチもそこそこあり、破壊力もゴブリンやコボルトなどを相手にするなら十分だ。

 武器としての評価は扱いやすさ特化の鈍器といったところか。


 だが、その耐久性には少し不安が残る。

 バットの金属部分は外面だけで、中は空洞になっているからだ。

 何度も殴打に使えばへこんでしまう。


 ダンジョンの奥に進めばゴブリンなどより強いモンスターも出てくるだろう。

そんなモンスターに金属バット程度でダメージを与えられる保証もない。


 そんな欠点を補うために、もうひとつの武器を買っていくことにする。


 それは大型の金槌、スレッジハンマーだ。

 解体や杭打ちに使うかなり大きいハンマーで、柄の長さが1メートルもあるためリーチは十分にある。

 そして、重さが10キロもあるため大変素晴らしい破壊力を期待できるだろう。

 ホームセンターにある単純に振り回す道具に限れば、おそらく最強の攻撃力を誇る武器だ。


 ただ、その凶悪な破壊力の代償は大きい。


「うわ、ちょっとキツいなこれは……」


 商品棚からスレッジハンマーを手に取ってみて、思わず呟く。


 ハンマーの最大の欠点は、その重さだった。

 重すぎて戦闘で自在に振り回すなんてムリだ。

 乱雑に振り下ろすことくらいならできるが、それだけでもすぐに疲れてしまうだろう。


 いくら強力でも、自分の力でまともに扱えないなら意味はない。


 それでもこれを持っていくことにした。

 それはダンジョンで体験したレベルアップを考えてのことだ。


 今現在はデスペナルティでレベルの恩恵がなくなってしまったが、ダンジョンでモンスターを倒していけば身体能力は上がっていく。

 バットでゴブリンなどを倒してレベルを上げれば、スレッジハンマーも楽に使いこなせるようになるはずだ。


 他にも使えそうなものを探したが、特にダンジョンで有用そうなものは見当たらない。


 防犯用の催涙スプレーは使えそうだったが、思ったより射程がないようなので不採用になった。

 切り札として火炎瓶や爆弾、火炎放射器を自作することも考えたが、広いとはいえないダンジョンの中で使うには危険すぎるため諦めた。


 バットとスレッジハンマーだけでは少し心もとない気もするが、手軽に使えてダンジョンの中では特に有効そうな奥の手を、すでにネット通販で購入済みのため問題はない。


 俺はメインウェポン2つを購入すると、奇妙なダンジョンにリベンジするため帰路についた。

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