4. 通路での鉢合わせはよくある事故要因
不用意に走り出した小宮山を追いかけ、部屋から続く通路を駆ける。
「小宮山、いったん止まれ! もっと慎重に進んだ方がいい!」
「ははは、おいおい、なんだ? ビビってるのか高梨? なっさけね~な~」
いくら呼び止めても、調子に乗った小宮山は止まらない。
すると、薄暗い通路の先からひとつの小柄な影が飛び出してきた。
近くのたいまつで照らされ姿を現したのは、緑色の肌をした小学生くらいの体格を持つ化け物。
大きなかぎ鼻ととがった耳を持ち、ギョロリとした目は獰猛に血走っている。
ファンタジーでは定番といえるモンスター、ゴブリンのイメージとぴったりな醜い見た目だ。
そのゴブリンは先行する小宮山を見つけるとギャアギャアとかん高い声で騒ぎ、片手に持った錆びの目立つナイフを振り上げた。
対する小宮山は、一定の距離を開けて立ち止まり、空手の構えになんとなく似ているエセ空手ポーズをとる。
「オラァ!! かかってこいやザコモンスターめ!!」
小宮山は威勢よく挑発しながら紫電を体からほとばしらせる。
その戦闘の行方を俺は少し後ろから見守った。
「くらえ!! オレの空手の技と電撃が合わさった最強の攻撃を!! ――って、ありゃ?」
ひとりで盛り上がる小宮山だったが、不意にまぬけな声を上げた。
小宮山の異変はひと目で理解できた。
彼の全身を覆っていた光と紫電が、こつぜんと消え去ってしまったのだ。
「……わ、悪い、ちょっとタンマ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ待ってくんね?」
当てにしていた雷撃が使えないと分かった途端、小宮山は顔を真っ青にして冷や汗を流し、ゴブリン相手に腰が低くなる。
先ほどまでの自信と威勢は見る影もなかった。
「――くぎゃぁあああ!!」
「ひいぃいいいっ!? 落ち着け、落ち着こうぜ! そうだ、平和的にいこう! 話せば分かる! 話せば分かるって!!」
威嚇の叫び声を上げるゴブリンに、小宮山はすくみ上がり、命乞いのようなことを言い始める始末だ。
「おいバカ!! 言葉が通じるわけないだろ!? いいからさっさと逃げろ!!」
「うわぁあああ!! た、助けてくれぇぇぇえええ!!」
慌てて怒鳴りつけると、小宮山は情けない声を上げながらなりふり構わず逃げ出した。
俺もそれに続いて全力で駆け出し、追いかけてくるゴブリンの様子をうかがいつつ来た道を引き返す。
幸いなことにゴブリンの足の速さは俺たちより遅いようで、少しずつ距離が開いていく。
「ど、どうしてオレの能力が消えたんだ……!? ま、まさかアイツ、ゴブリンのくせに特殊能力無効化能力を持ってたのか!?」
「単に草の効果が切れただけだろバカ! 時間制限ありのアイテムだったんだよ!」
「そ、そんな……じゃあ、オレの最強雷撃無双でモテモテハーレムライフは?」
「始まらねぇよ!? というか、さっき自慢のエセ空手でブッ飛ばすとか言ってただろ? 今それやれよ!」
「そんなん無理に決まってんだろ!? 相手はナイフ持ってんだぜナイフ!! ゲームと違って人はちょっと刺されただけで死んじまうんだぜ!?」
「小宮山のくせに常識的なことを言うんじゃない!」
「どういう意味だそれ!?」
逃げながら大して意味のない作戦会議をしていると、先ほどの部屋まで戻ってきていた。
「ちょっと待て! ここで迎え撃つぞ!!」
「む、迎え撃つ!? ちょ、ま、マジで言ってんのか!?」
部屋の中で足を止め、逃げ惑う小宮山を呼び止める。
いつまでも逃げるだけでは埒が明かない。
それに、もし逃げた先に別のモンスターがいたら挟み撃ちにあってしまう。
そんな最悪の事態に陥りたくはない。
追って来るゴブリンは今すぐ撃退すべきだ。
幸いこちらには2対1という数の利がある。
そして、2人で協力して戦えるスペースがあるこの部屋は、狭い通路よりも都合がいい。
「こっちは2人いるんだ、なんとかなるだろ!」
「いやいやいやいやムリムリムリムリ、まじでムリ!! 刃物持ちなんて相手できねえよ!! もう逃げるしかないだろ!?」
これはダメだ。
小宮山は突然の展開に動転し切っている。
戦力になりそうもない。
だが、それならそれでやりようはある。
「もういいわかった! 方針を変える。安心しろ、戦うのは実質的に俺だけだ。小宮山はそこに立ってるだけでいい。ゴブリンがここに入ってくるタイミングを知らせろ! 失敗したらいつでも逃げられる準備もしとけ!」
「ほ、ホントかよ!? だ、大丈夫なんだろうな!?」
「ああ、任せとけ!!」
不安そうな小宮山に指示を出すと、俺はすぐに駆け出す。
早くしないとゴブリンがこの部屋に入ってきてしまう。
それよりも前に準備をしなくては。
目指したのは長方形の部屋にある四隅のひとつ。
その部屋の角付近に設置されていた燭台を掴む。
よし! 動かせる!
燭台は床に固定されてない。
その長い棒状の燭台は全体が金属製だ。
重い上に装飾や足部分が邪魔で取り回しづらいが、鈍器の代わりにはなるはず。
それを持って先端を地面に押し付けて火を消すと、部屋入り口に急ぐ。
「もうすぐそこまで来てるぞ!!」
小宮山が焦ったように叫ぶ。
「――ぐぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」
「ひいぃいいいっ!?」
通路のほうから響くゴブリンのあざ笑うような鳴き声に、小宮山が情けなく叫ぶ。
ゴブリンが丸腰で立ちすくむ小宮山に狙いを定めたのだ。
だが、それはこちらの狙い通り。
そのときには、俺はもう部屋の入り口脇にたどり着いていた。
入ってくるゴブリンからは見えない壁際に陣取り、燭台を振りかぶる。
「い、今だ!!」
小宮山の合図に合わせ、全力で横薙ぎに振り切る。
「――ごぎゃっ!?」
青い液体を撒き散らしながら吹き飛ぶゴブリン。
ちょうど部屋に飛び込んできたゴブリンの、その獲物を狩る寸前で油断しきった顔面に、燭台のフルスイングを叩き込んだのである。
すぐに通路側に吹き飛んだゴブリンを追いかけ、覚悟を決めると追撃をしかける。
金属製の燭台を転がるゴブリンに叩きつけるように、一度、二度、三度と繰り返し振り下ろすと、ゴブリンの体は黒い煙のようなものに変わり消えてしまった。
「……はぁ、はぁ。……なんとか、勝てたか」
がむしゃらに打ちつけたせいで曲がってしまった燭台を放り捨て、恐る恐る自分の両手を見つめる。
手に残る鈍い感触が気持ちわるい。
ゴブリンの死体や飛び散った青い体液は跡形もなく消えてしまったが、生き物を撲殺したという実感はたしかに残っていた。
後味の悪い不快感に顔をゆがめつつ、荒れる呼吸を整え、頬の汗をぬぐう。
極端に緊張した体は強引にでもほぐしておく。
初めての命のやり取りにしては上出来だっただろう。
殺しに来た相手を返り討ちにしたという正当性があるせいか、思いのほか罪悪感は後を引かなかった。
「……た、助かったぁぁぁあああ!! ていうかスゲーな高梨! かなり一方的な戦いだったじゃねえか!」
「いや、今のは賭けに勝ったみたいな感じだろ。もしゴブリンに待ち伏せを警戒する知能があったらかなりマズかった」
燭台は重く取り回しづらいので、全力で振り切れば体勢が崩れる。
もし最初の不意打ちを避けられていたら、空振りした俺は体勢を整えている隙に懐に飛び込まれ、ナイフで刺されていただろう。
「そうなのか? ま、勝ったんだからいいじゃねーか。……ていうか! オマエさっきオレのこと囮にしたよな!?」
小宮山はモンスターの脅威がひとまず消え去ったことで落ち着くと、思い出したかのように恨み言を言ってくる。
勝ったんだからいいじゃねーか、とか言ってたのは誰だ。
「囮……? 俺がそんな酷いことするわけないだろ? あれは陽動作戦だ」
「よ、ようどう?」
俺が心外だと言わんばかりに言い切ると、小宮山はよく分かってなさそうなポカンとした表情になったので、さらに畳みかけるように諭す。
「陽動は戦局を左右する重要な役目だろ? だからこそ、それを任せるのは機転が利いて有能で信頼できる仲間じゃなきゃダメだ」
「……っ!? そうか、なるほどなぁ……」
ハッとなにかに気づいた様子の小宮山。
「それって、まるっきりオレのことじゃねーか」
小宮山はニヤリと笑いながら言い切った。
そうであると信じて疑わない様子だ。
「ああそうだ。少し危険な作戦だったが、頼りになる小宮山なら絶対にやりとげてくれると信じてた」
「……ふっ、ふふふ、やれやれ、なんだ、そういうことか。ああうん、そこまで言われちゃ仕方ねーよな。ははっ、やれやれまったく、出来る男はつらいぜ!」
おだてられた小宮山はやれやれと二度も繰り返しながら得意げに笑う。
チョロい。
「――って、騙されるかぁぁぁあああ!? ヨウドウとかかっこいいこと言いやがって、結局は言い方変えただけでただの囮じゃねえか!? オレはそこまでチョロくねえぞコラ!!」
丸め込むには少し露骨過ぎたか。
「いやまあ、小宮山じゃ、どうせ囮ぐらいしか役に立たないから」
「さっきと言ってることが180度違う!?」
「ときには残酷な真実を正直に教えてやるのも友情だからな。このへたれ野郎」
「お前は鬼か!?」
驚愕する小宮山に冷ややかな視線を向ける。
「あーあ、あれだけ大口叩いてた誰かさんが、いざとなったらビビッてなにもできない、なんてことがなければ、もっと楽に戦えたんだけどなー。誰かさんのせいで大変だったなー。あーあ、誰かさんのせいで」
「……うっ!? そ、それは……」
わざとらしく嫌味っぽいことを言うと、小宮山は痛いところを突かれたようで、言葉を詰まらせ固まる。
「ん? なんだ? 命の危険がある人外との殺し合いををほとんど人任せにしておいて、なにか言い訳でもあるのか?」
「……も、申し訳ゴザイマセンでしたぁ!!」
責めるように目を細めると、小宮山は冷や汗を流しながらぎこちない様子で謝罪した。
まあ、コイツがへたれなのはいつものことだ。
「次はちゃんと戦ってくれよ?」
「……はい……スミマセンでした、ガンバリます……」
すっかり意気消沈する小宮山。
目に見えて落ち込むその姿に、俺はため息をひとつ漏らす。
小宮山は案外引きずるタイプなので、しばらくは静かになるだろう。
ただ、こんな場所でいつまでも暗い空気を出されたら調子が狂いそうだ。
「ただまあ、合図のタイミングは完璧だった」
「それな! 大活躍だったよなオレ! よく考えてみりゃあ、最高のコンビネーションだったんじゃね!?」
「……ああ、うん、いいよもう、そういうことで」
いや単純すぎるだろ。
少しだけフォローをいれると、小宮山は即座にいつもの調子を取り戻した。
呆れてツッコミを入れる気力も湧かない。
いつまでうだうだしていてもしょうがないので、初戦闘の反省会はこの辺で切り上げることにする。
そして、先に進む前にマップの確認をしようとスマホを見ると、さっきまでとは大きく変わっていることに気づく。
『ゴブリンを倒した。3ポイントの経験値を獲得』
『レベルが1に上がった』
そんな文章が書かれたメッセージウィンドウが下部に表示されている。
そして、右上には「ステータス」と「アイテムボックス」というメニューボタンのようなものができていた。
「なんと言うか……本格的にゲームじゃないか」
そのいかにもゲームの画面といった表示に困惑してしまうが、とりあえずはステータスボタンをタップしてみることにした。