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3. 奇妙なダンジョン

 完全に取り外したVRゴーグルを手元で呆然と眺める。


「……ま、マジなのか……!?」


 驚愕と混乱の入り混じった声が古びた坑道の中にむなしく反響した。


 突然の超常現象に理解が追いつかず、焦りだけが募っていく。


 20年かけて作り上げてきた自分の常識、それが簡単に崩れ去っていく恐怖。

 緊張から冷や汗が垂れた。


 だが、そんな緊迫感を打ち破る大声がダンジョン内に響く。


「おわっ!? なんだここっ!? スゲェ!?」


 突如、誰もいなかったはずの場所に小宮山が現れ、楽しげに騒ぎ始めたのだ。


「おい高梨 ほれ見ろ! やっぱりあったじゃねーか!! オレの言うとおりだっただろ!? ははははっ、マジスゲェ!!」


 小宮山は浮かれた様子できょろきょろと周囲を見回している。


 そのなんとものんきな様子に、焦っている自分が少しバカらしくなってきた。


「このいかにもダンジョンってカンジ、最高だな!! マジやばくね!?」


 大興奮ではしゃぐ小宮山を見ていると、少しだけ楽観的な気持ちになり、冷静になることができた。

 こんな訳のわからない状況では、小宮山の能天気な性格がありがたく感じてしまう。


「確かにヤバイな。お前のとはニュアンスが違うけど。この状況、どうするか……」

「ん? どうするもこうするも、探索するに決まってんだろ? だってダンジョンだぜ?」

「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないから。まず、どうやって帰るんだよ?」

「えっ……?」


 俺の率直な疑問に、小宮山は押し黙る。


 辺りを見渡しても出口に見えるものはどこにもない。


 スマホを確認しても圏外だ。

 だが、起動していた奇妙なダンジョンのアプリはロード画面から変化していた。


 【第1階層 小鬼の坑道】


 そんな文字が画面の左上に小さく表示されている。

 画面中央には青く光る点が点滅していて、そのすぐそばに水色の光点。

 さらにそれら二つの点は白い道のような線の中に表示されていた。


 おそらくダンジョンのマップだろう。

 青の点が自分で、水色が小宮山の位置を示しているようだ。


 今は周囲のわずかな範囲の通路しか表示されていないが、ゲーム的に考えれば、通った道が自動でマッピングされていくのかも知れない。


「ま、とにかく先に進んでみればいいじゃんか。大丈夫大丈夫、なんとかなるって! 今はダンジョン探索を楽しもうぜ!」

「小宮山の大丈夫はまったく信用できないからな。今まで、なんとかなるとか言ってどうにもならなかったことばっかりだったろ」

「え? そうだったか? なら今回は大丈夫だって、きっと」

「お前、都合の悪いことは全然覚えてないよな……」


 能天気な小宮山に呆れてしまう。

 だが、出口が見当たらない以上、先に進むしかないのは事実だ。


「まあ、噂が出回ってるくらいなんだし、ダンジョンからの生還者は必ずいるはずだ。ならどこかに出口があるはず。とにかくそれを探そう」

「おっしゃ、なんかワクワクしてきた」

「……なにがあるか分からないんだから気をつけろよ?」


 自信満々で歩き出した小宮山に先導させるのは不安だったので、俺が先を歩くことにして周囲を警戒する。


 通路は前と後ろにまっすぐ伸びているが、違いはなにも見つからなかったので、とりあえずマップの上方向に進んでみることにした。


 坑道のようなダンジョンの風景は変わり映えがなく、気を抜いたらどちらから歩いてきたか分からなくなるほどだ。

 だが、マップ機能の予想は当たっていたようで、アプリが今まで通った道と現在位置をしっかりと表示してくれたので、迷う心配はない。


「モンスターが出るとか言ってたよな? せめてなにかしら武器になるものを持って来てれば……」


 モンスターがどの程度の脅威かはまだ分からないけれど、遭遇した場合、素手で戦うのは厳しいだろう。

 暴力沙汰とは無縁な生活をしてきたのに、いきなり殴って化け物を倒せと言われても無理な話だ。


「アイテムが落ちてるとも言っただろ? 素もぐりで必要なものは現地調達、ってのもダンジョンのロマンだぜ?」

「ロマンに命を賭けるなよ……。そんな都合よく武器が拾えればいいけど」

「いやー、オレもなにか持ってくることは考えたんだが、高梨の家に行くまでに職質されたらマジで困るからやめた。ほら、オレって実家的に警察沙汰はまじでやばいじゃん? ま、いざとなれば、空手黒帯相当の実力と認められたこのオレが、モンスターなんて軽くブッ飛ばしてやるって」

「通信教育のエセ空手だろうが。それも座学だけで黒帯認定とかアホ過ぎるやつ。なんの役にも立たないからな、それ」


 準備不足を後悔しつつも、警戒は怠らずに坑道を進んで行く。


 すると、通路の先に広い空間への入り口が見えた。


 小宮山に視線を送ると、意図を察したのか無言で頷きを返してくる。


 物音を立てないように細心の注意を払って進む。

 そして、広間の入り口付近まで来ると、通路の壁際ぎりぎりに張りつき、できるだけ姿を隠しながら中をのぞきこんだ。


 広間はテニスコート程度の大きさで、通路よりも明るい長方形の部屋だった。

 壁際にはたいまつが並び、四隅には背の高い燭台(しょくだい)が置かれている。

 出入り口は俺たちがいる通路と、さらに奥へと続く通路の二つ。


 モンスターらしき姿は見当たらない。

 見た限りでは、危険はなさそうだ。


 注意深く周囲をうかがいながら部屋に足を踏み入れる。

 続く小宮山は、モンスターがいないと見るやいなや、意気揚々と部屋の中に乗り込んだ。


「おっ!! なにかあった!! あれ、魔法のアイテムなんじゃね!?」

「大声を出すな。モンスターが寄って来るかもしれないだろ」

「おっと、悪い悪い」


 うかつな小宮山を(とが)めつつ、そのアイテムらしきものに近寄る。


 それは草だった。


 周囲には岩しかなく、日の光も届くはずのない洞窟の中で、その小さな草は1本だけぽつんと生えていた。


「ものすごく不自然なところに生えてるから普通の草じゃないのは分かるけど、これが本当に不思議な効果のあるアイテムってやつなのか?」


 その異様にぎざぎざした葉を持つ青い草は見たことがないものだった。

 そして、なんとも言いようがない不思議な存在感を感じる。


 マップを見てみると、ちょうど草のある位置に黄色い点が光っていた。

 アイテムは黄色の光点で表示されるということなのだろうか。


 帰ってから地球にある植物かどうか調べるために、スマホで写真を撮っておく。


「多分な。ま、使ってみりゃあ分かるだろ」

「使う……? どうやって?」

「こうするんじゃね?」


 なにをするつもりかと怪訝な表情をする俺をよそに、小宮山は迷いなく生えている草を引き抜いた。

 そして、それを一切ためらわず口に放り込む。


「……は?」


 呆気にとられてしまった。


 常識のある人間なら、謎めいた場所に生えたよく分からない植物をいきなり食べたりはしない。

 危険すぎて普通ならできない。


 だが、小宮山は平然とやってのけた。


 純粋にすごい、と思ってしまった。


 すごいバカだ。


 だが、そんな向こう見ずな人間の尊い犠牲こそが人類の科学を発展させてきたのかもしれない、と少しだけ感心してしまう。


「お、おい、小宮山、大丈夫か……? 考えなしに変な草食うなよ!?」

「んぐ、んぐ……だってよ、草っていったらゲームじゃ薬草が定番じゃんか。それに、もしかしたらちからの種みたいなレアな能力アップアイテムかもしれないだろ? ……うわっ!? クソにげぇなこれ!? まっずっ!? なんでこんなん食ったんだよオレ!? や、やべぇ……毒とかないよな!?」

「今のお前に必要なのは、ちからの種じゃなくてかしこさの種なんじゃないかと思う」


 俺の心配はそっちのけで、小宮山は草のマズさにもだえていた。


「それで、なにか草の効果はあったのか?」

「うーん、それが特に……おっ!? キタッ!? なんかキタぞ!!」


 突然、小宮山の全身が白く輝き、周囲には紫電がほとばしった。


「うおー!? なんだこれ!? あっ!? なるほどアレか!! オレは雷を操る能力者になったんだな!?」


 小宮山は全身に青白い光を薄く纏いながら、確かめるように腕を伸ばす。

 すると、手の先から破裂音と共に雷撃が放出された。


「おお!? なんだこの万能感!? やっぱりロギア系は最強だ!! この力さえあれば誰にも負ける気がしねえぞ!! 我が神なり!!」

「お、おい、本当に大丈夫か!? 少し落ち着け!」

「なに心配してんだよ、大丈夫だって!! さっさとモンスターを蹴散らしに行こうぜ!!」

「おい、待てって!!」


 大興奮の小宮山は俺の制止を無視し、部屋の奥にある入ってきたものとは別の通路へと向かう。


 できればこの部屋の気になる場所を調べておきたかった。

 だが、はぐれる訳にはいかないのでついて行くしかない。


「おお!! いつもより早く動けるぞ!? 雷の効果か!? 体が軽い!! もうなにも怖くないぜ!!」

「絶対ダメなやつだろそれ!?」


 小宮山が調子に乗って走り出す。

 俺は非常に強い不安を覚えながらも、暴走する小宮山を慌てて追いかけた。

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