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18. 学校へ行こう

 翌朝。


 空き部屋のベッドで目を覚した俺は、確認のためすぐに自分の部屋へ向かった。


 自室のドアを開けると、聞こえてくるのはスヤスヤといった静かな寝息。

 俺のベッドの中でカーネリアさんが気持ちよさそうに眠っている。


 やっぱり、夢じゃあないんだよなぁ……。

 なんだか最近、夢オチを疑ってばかりな気がする。


 着替えを回収すると、今度はキッチンに向かう。


 流しには洗ってない食器がひとり分、水に浸してあった。

 琴梨が朝食で使ったものだろう。


 今日はテニス部の朝錬があると言っていたので、朝早くに家を出たようだ。


 どうやら、カーネリアさんを泊めたことは琴梨にバレなかったらしい。


 とりあえずひと安心して、2人分の朝食作りに取りかかる。


 朝なので手早く作れる簡単なものがいいだろう。

 無難にベーコンエッグとサラダでいいか。


 熱したフライパンでベーコンを焼き、油が十分染み出してきたところで卵を落とす。

 ジュージューパチパチといった音と共に広がるのは、カリカリのベーコンと卵が焼ける香ばしい匂い。


「……おいしそう」


 背後からの突然の声に、驚き振り返ると――


「――うわっ!? いつからそこに!?」


 すぐ目の前にカーネリアさんの顔があった。

 俺の背中ギリギリに張り付くようにしてフライパンを覗き込んでいたようだ。


 この子いつも神出鬼没すぎて心臓に悪いな……


「……さっきからずっと」

「じゃあ来たときに声くらいかけて……」

「……なんで?」

「いや、料理中に驚かされたら危ないだろ……? ていうかそもそも驚かさないでくれ」

「……? わかった」


 カーネリアさんはよくわかってなさそうな表情で頷く。


 ……これはまた似たようなことをやりそうだ。


 わずかに頬を引きつらせながらも、焼き終えたベーコンエッグを皿によそり、ごはんとサラダもテーブルに並べた。


 待ってましたと言わんばかりに食べ始めるカーネリアさん。


「……おいしい。この世界の食べ物はみんな豪華。とても贅沢」


 だだのベーコンエッグをそこまで褒められてしまうと、彼女の食生活が非常に心配になってしまう。


「カーネリアさんは、普段どんなものを食べてるの?」

「……ビスケット」

「まさか……毎日3食それだけ?」

「……うん。ダンジョンではそれが普通」

「マジか……」


 だいぶキツいだろそれ。

 その寂しい食生活を想像すると、目の前に並んだ朝食がなんだかとてもありがたいものに思えてきた。


 目玉焼きを一口かじる。

 半熟の黄身が舌の上でとろりと溶けて、塩コショウの利いた絶妙な風味が広がった。

 すごく旨い。

 いつもよりやたらとおいしく感じてしまう。


「好きなだけ食べていいからね。たりなかったらいくらでも作るから」

「……うん。ありがとう」


 嬉しそうに食べるカーネリアさんが、少しだけ不憫に思えてしまった。


「それで、俺は今日からどうすればいいのかな? 眷族ってのはなにをするものなんだ? カーネリアさんの店を手伝うとか?」

「……あなたの好きなようにしていい」

「え? 本当に? なら、普段通り過ごしててもいいの?」

「……うん」


 ……そんなに自由でいいのか?

 なにかしらのことは頼まれるものだと思っていたが、どうも違うらしい。


「えーと……今日は、大学に行くつもりだったんだけど……」

「……行っても大丈夫」


 今日は単位を落とすとマズい演習授業(ゼミ)があるので、正直ありがたい。

 だが、カーネリアさんを放っておいて本当にいいのだろうか?


「カーネリアさんはやっぱり、これからダンジョンに行く予定?」

「……ううん。一緒に行く」


 ふるふると首を横にふった彼女は、こちらを見つめながらそんなことを言ってきた。


「……え゛? それってもしかして、大学についてくるってこと……?」

「……うん。行きたい」

「大学に興味があるの?」

「……違う。……あなたのことが知りたい」

「えっ……!?」

「……ダメ?」

「あ、いや、えっと、だ、ダメじゃあないけど……」


 こちらの目をじっと覗き込んでくる無垢な瞳。

 自分に興味を持っているという気持ちをストレートに伝える素直な言葉。


 どこか恥ずかしさと気まずさを感じて、少しだけうろたえてしまった。





 ◇ ◇ ◇





 家を出てバイクに乗ると、立川を北へと向かった。

 東京西部のそれなりに都会な風景を流し見しながら、バイト代を貯めて買った自慢の愛車、WRを走らせる。


 大学の学舎(キャンパス)が非常に交通の便の悪い場所にあるため、バイク通学はいつものことだ。


 いつもと同じ時間帯、いつもと同じ通学路。

 でも、いつもと違うこともあった。


 背中に感じる人の体温。

 ぎゅっと抱きつくように腰に回された華奢な腕。


 いつもと違って、後ろにはカーネリアさんが乗っていた。


 なんだかハンドルを握る手に力が入ってしまう。


 ……少しだけ、緊張しているかもしれない。


 まあ、慣れないことをしているのだから仕方がないだろう。

 女の子と2人乗り(タンデム)するような人生なんて、今まで送ってきていないのだ。


 送り迎えで琴梨を乗せることくらいならよくあるが、もちろん妹なのでノーカンである。


 カーネリアさんに被ってもらったヘルメットは、いつも琴梨を乗せるときに使わせているもの。

 それどころか、着ている服もすべて琴梨のタンスに入っていたものだ。

 カジュアルだがガーリーなかわいさもあるセンス良さげな服を勝手に借りた。


 バレたら結構怒られそうだが、たぶん琴梨ならなんだかんだで許してくれるはず。

 ……またぬいぐるみでぶっ叩かれそうだから、ケーキでも買って機嫌を取った方がいいな。


「バイクの乗り心地はどう? 怖かったりしないか?」


 赤信号で止まったタイミングで声をかけた。

 背中に感じる女の子特有のやわらかさは極力頭の片隅に押しやって、平静を装う。


「……大丈夫。風が気持ちいい」


 どこか楽しそうなカーネリアさんを見て安心する。

 琴梨が初めて乗ったときはビビリ倒してギャーピー騒いでいた記憶があるので、少し心配していたけれど杞憂だったようだ。


 立川を抜けてさらに北上する。

 心地よい春の陽気の中、多摩湖を縦断する堤防の上を走り、快晴の青空と左右に広がる湖の景色を楽しむ。

 その先はもう埼玉だ。


 ……俺が在籍している大学は間違いなく東京の大学だが、選んだ学部のキャンパスは埼玉にあった。

 その立地の悪さから人気がなく、名門大学にしては入試の難易度がそこまで高くない。

 だからこそ半端な学力でも滑り込めた。


 大学にブランド力を求めるなら穴場だが、その大学名から想像されるような華々しい都会の学生生活は、きっと送れない。

 なにせ通うキャンパスは埼玉の森の中。

 大学の周辺には飲食店すらろくにないのだ。


 ただ、田舎者の自分にはその静かな雰囲気がちょうどよかったので、特に不満はない。


 埼玉に入ってから少し進むと、細い裏道に入って未舗装の砂利道をひた走る。

 せっかくオフロードバイクに乗っているのだから、という理由でいつも通っている近道だ。

 2人乗り(タンデム)で通るのは初めてだが、きれいに整備された高低差のない未舗装路(フラットダート)なのでなにも問題はない。


 清々しい森林の中の砂利道を抜けると、現れたのは里山の風景。

 そんな森で囲まれた田舎の景色の中に、目的地のキャンパスがあった。


 正門から入って、駐輪場にバイクをとめる。


「初めてのバイクはどうだった?」

「……楽しかった。それに、すごく便利」

「そりゃあよかった」


 かなり気に入ってもらえたようで、目を輝かせている。

 それを見てなんとなく嬉しい気持ちになりながら、カーネリアさんを連れて学舎へと向かった。


 今は4月上旬。

 キャンパスには見慣れない新入生があふれる時期だ。

 部外者がひとり紛れ込んだって、誰も気づきはしないだろう。


 カーネリアさんの鮮やかな赤髪はかなり目立ってしまうが、大学という場所にはいろんな人がいるものだ。

 長い髪を赤と白のストライプに染め分けたバンドマンや、ショッキングピンクのちょんまげを結ってくるツワモノがたまにいたりする。

 髪が赤い程度なら、ちょっと派手に染めてる子がいるな、と思われるくらいで済むはずだ。


 だがここで、想定外のことに気づいた。


 大学構内の道が、看板やビラを持った人であふれかえっている。


「こんにちは!! キミ、新入生だよね!? すっごい可愛いね、よかったらウチのサークルに来ない!? きっとすぐにカレシができるよ!?」

「ねえねえ、お酒とか好き!? 毎日カッコイイ先輩たちがおごってくれるサークルに興味ない!? こんなにかわいい子ならみんなで大歓迎してあげるから!!」

「あ!! ちょっと、そこの彼女!! そのきれいな赤髪、もしかして楽器とかやってる!? ウチで楽しくバンドやらない!? もし未経験でも手取り足取りイロイロと教えてあげるよ!?」


 今が新入生をサークルに勧誘する新歓期だったことを忘れていたのだ。


 そして、カーネリアさんはやたらと大人気だった。

 それも下心が透けて見える無駄にチャラチャラした連中から。


 赤い髪が派手なので同類と思われたのだろうか?


 あっという間に大量の新歓チラシ(ビラ)を押し付けられてしまった。


「……いらない」


 眉をひそめ困惑した様子のカーネリアさん。


 ならそんな素直に受け取らなくてもいいのに、と苦笑してしまう。


「えーと、すいませーん、講義に遅れるんで道開けてくださーい。あー、はいはい、急いでるんでー」


 仕方がないので群がってくる野郎連中をブロックしながら先を急ぐ。

 俺が前面に出てあしらうと、割とあっさり引き下がっていった。


 強引な勧誘はできないルールがあり、学生自治組織がしっかりと取り締まっているので、あまりしつこくつき纏われることはないのだ。


 だが、規則を守らない奴らはどんな場所でも一定数いるらしい。


「ああん? なんだお前? 別にお前なんか誘ってねーだろ? 関係ないヤツはすっこんでろボケが!!」


 学舎にたどり着くまであと少しというところで、ひとりのチャラ男に絡まれた。


 筋肉質で背が高く、髪は金髪。

 肌は日焼けサロンで焼いたような小麦色で、派手なアロハシャツと短パンサンダル姿だ。


 まだ春だぞアホか、とツッコミを入れてくれるまともな友人はひとりもいなかったのだろうか?


 きっと頭の中も年中夏真っ盛りなのだろう。

 脳が暑さでとろけていそうだ。


 この夏男とは今まで一切接点がなかったが、その顔はよく知っている。

 キャンパス内では結構な有名人だからだ。

 もちろん素行が悪いという意味で。


 所属しているサークルもこれまた有名で、黒い噂が絶えない怪しげな飲みサーである。


 正直、関わり合いになりたくない類いの人間だ。


「いや、この子の友だちなんで無関係じゃないから」

「は? お前、なにタメ口きいてんだコラ」


 勘弁してくれ、なんでこんな奴の相手をしなくちゃならないんだ。

 ため息をつきたい気持ちを抑えながら、目の前にいる金髪の夏男を見据える。


「なんの問題が?」

「お前、見ない顔だしどうせ1年だろ? 3年に向かってその態度、なめてんのか?」

「……俺も3年だよ」

「え!? なになに、そうだったん!? あれ? いたっけこんな奴? ぷくく、わりぃわりぃ、お前みたいな目立たないヤツがいたなんて知らなかったわ!! 影薄すぎなんじゃねーの!? ぷははは!! マジ受けるんだけど!!」


 ……まあ確かに、俺が目立たない地味な大学生活を送ってきたのは事実だ。

 サークルには入っていないし、積極的に大学のイベント事に参加している訳でもないので、幅広い交友関係なども持っていない。


 このキャンパスだと顔の広い学生なら、同学年同学部はほとんどが友人か、または友人の友人か、という状況もありえるので、顔すら見た覚えがない同期というのは珍獣に見えるのだろう。

 ただ、この夏男とは学部が違ったはずのでその限りではないし、そもそもコイツがそんなに多様な交友関係を持っている奴だとは思えない。

 むしろ狭い世界で生きているタイプだ。


「そうか? あんたを意図的に避けてる人は多いだろうから、顔も知らない学生が多くてもおかしくないだろ? そっちが原因なんじゃないか?」

「ああん!? んだと、テメエ? オレが嫌われ者だって言いたいンかオイ!!」


 威圧するように荒い口調で怒鳴り散らした夏男。

 だがその迫力は、ダンジョンで襲い掛かってくるモンスターと比べたらかわいいものだ。


「どうだろうな? でも、その反応はなにか思い当たることがあるんだろ?」

「……このオレに喧嘩売ってんのか? いい度胸だなオイ」


 夏男は俺が怯まないと見るや、今度は声のトーンを低くした。


「はんっ、いるかいないかわからないモブ野郎が調子に乗りやがって。お前みたいな地味なヤツは隅っこのほうで大人しくしてりゃあいいんだよ。今すぐどっかに失せろ。もちろんひとりで、だ。そうすりゃ、今ならまだ見逃してやるよ」


 あからさまに脅しつけてくる夏男に呆れてしまう。

 俺がそんな言葉で逃げ出すような奴なら、今こんな状況にはなっていないだろうに。


「そんなことより、こんな所で長話をしていていいのか? もうこの騒ぎだ。すぐに自治会の連中が飛んでくるぞ」


 夏男の怒鳴り声は周囲の注目を集め、多くの学生から遠巻きに見られていた。


「……チッ、覚えてろよ」


 ちょっと笑いそうになってしまった。

 どっかの小悪党か。


 安っぽい捨てゼリフを残して去っていく夏男を生暖かい視線で見送る。


 ちなみに、カーネリアさんは俺と夏男の会話を聞いて終始きょとんとしていた。


「……なんだったの?」

「さあ?」


 不思議そうに尋ねてくる彼女に、俺は肩をすくめて答えるのだった。

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