15. それがダンジョンのルール
逃げ込んだ先の小部屋にいた謎の少女は、自分をアイテムショップの店主だと名乗った。
色々と疑問だらけだが、とにかく助かったということだけは確かだろう。
「ぐっ……!? 痛った……!?」
安心感から気が抜けると、突然全身が悲鳴を上げる。
それも当然だろう。
ミノタウロスからの逃走劇で限界まで体を酷使した上、攻撃を受けて二度も吹き飛ばされ地面を転げまわったのだから。
相変わらず右足に力を入れれば激痛が走り、全身のいたるところからは血がにじんでいる。
もしかしたら何ヶ所か骨にヒビが入っているいるかもしれない。
立ち上がることすらつらかったので、座ったまま壁に背を預けた。
「あの……すいません、助けてもらった上で厚かましくて申し訳ないんですが、少しここで休ませてもらってもいいですか?」
「……あなたは勘違いしてる。私は別に助けてない。邪魔だったから斬った。それだけ」
「そ、そうなんですか」
「……それと、ここはアイテムショップ。どれだけいたって構わない」
「あっ、はい、ありがとうございます」
そのぶっきらぼうな言い方に少し戸惑ってしまう。
こちらに気を遣わせないように配慮してくれているのだろうか。
と思ったが、少女の無感情なすまし顔にはこちらを思いやる様子はない。
どちらかというと、本心を口にしただけのように見えた。
よくわからない少女だ。
「……でも、あなたは休んでも無駄」
「えっ……?」
「……スタミナが0パーセント。回復できない」
「えっと、それはどういうことなんでしょうか? すいません、ダンジョンの仕組みには詳しくなくて」
「……」
そんなことも知らないのか、とでも言いたげなジト目で返されてしまった。
それでも根気強く質問していくと、口数の少ない少女からなんとかスタミナの仕組みを聞きだすことができた。
スタミナのパーセンテージは疲労と共に減っていく数値だが、もう一つ疲労以外で減少していく要因があるそうだ。
それは、体に外傷などのダメージを受けたとき。
スタミナは傷を負った状態だと大きく減っていくらしい。
その代わり、傷は普通ではありえない速さで癒えていく。
スタミナはしっかりと栄養補給して休憩をしていればある程度なら回復していくが、傷を治すために消費される量の方がはるかに大きい。
なので、今の俺のように傷だらけでスタミナが0だと、傷の治りはほとんど早くならない上、スタミナも0のまま回復しないようだ。
「ち、ちなみに、スタミナが0のままだとどうなるんでしょう?」
「……どんどん体が弱る。待ってるのは衰弱死」
「衰弱死……!?」
ていうことは俺、もう死を待つだけの状態なのか……
言われてみれば、体がどんどん重くなっていくような感覚がある。
それに目まで霞んできた。
本気で限界は近そうだ。
なにか、助かる手段はないのか?
全力で
「そういえばここって……アイテムショップなんですよね? もしかして回復アイテム的なものが……?」
「……ポーション。ひとつ600G」
「あるんですか……!?」
希望は目の前にあった。
だが、Gなんて単位の通貨は持っていない。
それでも諦めない。
可能性はまだあるのだから。
「すいません、買取ってお願いできますか? 未鑑定のヤツなんですけど」
「……アイテムならできる」
よし、それならポーションを買えるかもしれない。
今まで拾った未鑑定のアイテムはアイテムボックスの中に放り込んであるので、それらを売り払ってしまえばいい。
さっそく、アイテムをすべて取り出そうとした。
だが、いつも通り取り出そうと意識しても、なぜか出てこない。
「おいおい……どういうことだ……?」
慌ててポケットからスマホを取り出す。
アプリでアイテムボックスの中身を確認しようとすると、画面が割れていることに気づく。
電源も入らない。
完全に壊れているようだ。
ミノタウロスの攻撃で地面を転げまわったせいだろう。
マジかよ……
スマホが壊れるとアイテムボックスまで使えなくなるのか……
掴んだと思った生き残るチャンスはまぼろしだったようだ。
「……これ」
赤髪の少女が棚に置かれていた小瓶を持ってきた。
「ああ、すいません、どうやら持ち合わせがなくて買えないみたいです」
「……使ってもいい」
「……!? ……いいんですか?」
こくり、と無言で頷く少女。
先ほど値段を言われたとき、タダでくれるつもりはないものだと思ってしまったが、そうではなかったらしい。
第一印象では、他人にはあまり興味がない冷たそうな子に見えたが、完全に間違っていた。
そのそっけない態度とは裏腹に、困っている人には無償で手助けしてくれるような心優しい女の子だったようだ。
「ありがとうございます! このお礼は絶対しますから!」
少女から差し出された小瓶を受け取る。
「……!? なんだこれ……!?」
突然、頭の中にアイテムの説明が思う浮かんだ。
【ポーション】[600G]
カテゴリー:薬
使用方法;飲む/投げる
傷を大きく癒し、スタミナを50上昇させる。
不思議な感覚に戸惑ってしまったが、おそらくアイテムショップの商品はアプリを使えなくても確認できる仕様なのだろう。
少女から聞くに、魔法薬は直接飲むか体にかけるかすれば効果を得られるらしい。
正直、よく分からない薬を飲むのは気が引けるので、とりあえず体にかけてみた。
すぐに、体がぼんやりと光りだす。
急に疲労が吹き飛び、体中の傷が見る見るうちに消えていく。
「すごいなこれは……」
光はすぐに収まり、ミノタウロスと戦う前の状態よりもむしろ元気なくらいにまで回復していた。
これならまだ探索を続けられるだろう。
とりあえず、タダで商品をもらったままでは申し訳ないので、ひとまずポーションの代金だけでも払っておきたい。
金策の手段もある。
まずはこの階層に落ちているアイテムを回収して、彼女に買い取ってもらうつもりだ。
それで得られたGをポーション代として払えばいい。
小宮山が倒されたあの部屋に戻れば、彼のアイテムボックスに入っていたアイテムが散らばっていたはずなので、それも当てにできる。
問題は武器がないこと。
ただ、レベルは十分以上に高いので、燭台など適当なものを武器にしてもある程度は戦えるかもしれない。
もしそれで攻撃が通じなくとも、モンスターから逃げ回って銀の剣を回収すれば済む話だ。
モンスターがレベルアップして進化するようなイレギュラーがない限り、なんとかなるだろう。
「本当に助かりました。ちょっと売るためのアイテムを回収して戻ってくるので、待っていてもらえますか?」
「……?」
俺の言葉に、どうしてか不思議そうに首を傾げる少女。
もしかして、ポーションはあげたものだから代金を請求するつもりもない、とでも考えているのだろうか。
だが、払えるのに払わないなんて恩知らずなことはできない。
むしろ、代金を払った上で、さらになにか恩返しをするべきだろう。
なにせ2回も命を救われているのだから。
そう考えて小部屋の出口に向かう。
しかし、なぜかそこに店主の少女が立ちふさがった。
「……600Gになります」
「……はい?」
……どういうことだ?
彼女の横を通ろうと、一歩右によける。
すると、少女もこちらと同じ方向に一歩ずれる。
「……」
「……」
少女と無言で向かい合う。
「あの、ポーションは使っていいって言いましたよね?」
「……うん、言った」
「それはくれるって意味……ですよね?」
「……なんで?」
おい、ちょっと待て。
「いや、お金がなくて買えないって伝えたはずですよ」
「……うん、聞いた」
「それでも使っていいと言ってくれたじゃないですか」
「……うん」
「でも、代金は請求すると?」
「……だってそれは商品」
それは当然知っているが、じゃあなんでそれを買えない人に使わせたんだ?
「もしかして……俺は嵌められた?」
「……どうして?」
きょとんとした表情の少女は、心底不思議そうな様子だ。
そこに悪意は一切感じられない。
騙して借金を背負わせ、無茶な要求でもするつもりなのかと警戒してしまったが、そんな様子ではなさそうに思える。
「なら、お金の代わりになにかやってもらいたいことがあるとか?」
「……別にない」
うん、お手上げだ。
この不思議な少女は俺とは違う常識の中で生きているような気がする。
素直に理由を聞いてしまった方が早いだろう。
「それじゃあ君は、お金のない俺になんでポーションを使わせたんだ?」
「……店の中で商品を使うのは自由だから。使ったアイテムの支払いは店を出るとき。それがダンジョンのルール」
「えっと……つまり、そのルールを破らないように俺を助けた結果が今の状況ってことかな?」
こくり、と頷く少女。
ということは、彼女の言っていた「使ってもいい」という言葉は、「代金を払えないなら店から出られないけど、それでもいいなら使ってもいい」という意味だったのか。
いやそれ先に言って!?
まあ、たしかに、あのまま衰弱死するよりは、店の中に閉じ込められている今の方がまだマシな状況だ。
でもなにか釈然としない。
そもそも、なんでこんな中途半端に助けてくれたのだろうか。
俺を店に閉じ込めてもなんの得もないだろうに。
ダンジョンのルールとやらを守るのが、彼女にとってそんなに大事なことなのだろうか。
ただ、助けてもらったのは事実なので、代金を踏み倒すなんてことはしたくない。
「あー……じゃあやっぱり、売れるものを拾ってきてポーション代を払えば解決なんじゃ?」
「……それは無理。どんな理由があろうとも、お金を払わずにこの店から一歩でも出たら、あなたはドロボウ」
「マジか……。ちなみに、ドロボウすると……?」
「……生かしては帰さない」
少女の瞳に剣呑な光が宿る。
いやいやいや、怖いから!!
というか……え? もしかして詰んだ?
ミノタウロスを一刀両断した彼女の姿が脳裏をよぎり、冷や汗がたれる。
「……それがダンジョンのルール」
またそれか。
というか、じゃあどうしろと。
よくわからない状況に困惑しながら、俺はなんとか彼女を納得させられる方法がないかと考えた。