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14. 出会いは突然に

 突如現れた格上のモンスター、ミノタウロス。

 もちろんバカ正直に真正面から挑みはしない。


 即座にアイテムボックスから魔導書を取り出す。

 もちろん未鑑定なので、どんな魔法が発動するかはわからない。


 それでも戦いが有利になる効果に賭けて、ページを開いた。


 足下に魔法陣が輝くと同時に、周囲に光の粒が舞い踊る。

 そしてその全てが銀の剣に集まり、吸収されていく。


『強化の魔導書を読んだ』

『銀の剣+4は銀の剣+5に強化された』


 ダメだハズレだ!

 いや武器が強くなるのはありがたいんだけど、今求めてるのはこれじゃあないんだよ!


「――グゴォオオオオオオオオオ!!」


 ミノタウロスが咆哮を轟かせ、粘着床を引きちぎった。 

 その圧倒的な威圧感に肝が冷える。


 だが、まだ距離はある。

 あと1冊くらいなら使えるはず。


 今度こそ、と次の魔導書を開いた。

 展開される魔法陣。

 ミノタウロスが目前まで迫る。

 しかしそれを阻むように、突然俺の周囲から炎の渦が吹き荒れる。


 瞬く間に部屋中が燃え盛る炎で満たされ、ミノタウロスも業火に包まれた。


 よし! 攻撃魔法か!

 そのまま焼き尽くせ!


 だがその直後、炎を引き裂き迫る巨大な斧。

 慌てて剣で防ぐ。


「がぁっ!?」


 恐ろしいほど強烈な衝撃。

 気づけば視界が反転していた。

 地面を転げまわったせいで全身が痛い。


 ミノタウロスの一撃を受け止められず、吹き飛ばされたのだ。


 手元に剣がない。

 弾き飛ばされたのか。


 それでもミノタウロスは待ってなどくれない。

 地面に横たわる俺に振り下ろされる大斧。

 転がって横に回避すると、全身の力を振り絞って立ち上がる。

 そして死に物狂いで駆け出した。


 これは勝てない!!

 とにかく今は全力で逃げろ!!


 逃走経路は今まで通ってきた道。

 これまで見かけたモンスターは殲滅して進んできたので、こちらの方にはほとんどいないはず。


 他のモンスターが逃げ道に立ちふさがる前に、走ってミノタウロスを振り切れれば助かる。

 そんな算段をつけて全力でダンジョンを駆けた。





 ◇ ◇ ◇





 石組みの迷宮を必死にひた走る。


 クソッ、どうしてこうなった!


 そんな悪態をつきたかったが、息が上がり切っていて声にならない。

 長時間の逃走劇により足の筋肉は悲鳴を上げ、今にも千切れてしまいそうだ。

 それでも、命の危機に直面してあふれ出す脳内麻薬のおかげか、なんとか走ることはできる。


 ただ、それも時間の問題だ。


 背後からは地響きのような足音が聞こえていて、それは徐々に大きくなっていく。

 全力で逃げても、追跡者に少しずつ距離を詰められているのだ。


 逃げ始めたころは俺の方が少しだけ早かったはずなのに、体力的な問題からその優位性も失われていた。


 逃げきれない。

 じきに追いつかれ、ヤツに殺されるのだろう。


 状況は絶望的。


 腹をくくって戦うしかないのか。

 などと考えるが、もちろんそんな覚悟は決まらない。

 もし戦ったとしても、格上相手に武器すらないのでは大した抵抗もできずにあっさりと殺されてしまう。


 そもそもなんなんだこの状況は。


 迫りくるは異形の怪物、ミノタウロス。

 ファンタジーな創作物ではお馴染みのモンスターだ。

 だが、ここは二十一世紀の現代日本のはず。

 ダンジョンでミノタウロスに追いかけ回されて死にそうだ、などと言っても誰も信じてくれはしないだろう。


 でも現実としてそれが目の前にあった。


 まあ、訳のわからない変な場所に自分から入っていったのだから、どんなことが起きても自己責任だろう。

 疲れ切ってぼんやりとする意識が、今の状況をまるで他人事のように感じさせる。


 とにかく今は必死に足を動かした。


「――痛っっ!?」


 だがそのとき、右足に激痛が走る。

 疲労を無視して酷使していた筋肉がついに限界を迎えたようだ。


 奥歯をかみしめ、太ももをナイフで抉られたような痛みになんとか耐え、ギリギリで転ばないよう体勢を立て直す。

 ただ、まともに動かなくなった右足を庇いながらでは、すぐにミノタウロスに追いつかれてしまうだろう。


 待っている未来は巨大な斧による惨殺。

 目も当てられないグロテスクな死にざま。


 明確な死のイメージに、恐怖が急激に膨れ上がる。


 そんな終わりは絶対に嫌だ!

 なんでもいい、なにかこの状況を打開できる切っ掛けはないのか!?


「っ!? あれは――」


 今まで必死に活路を探した甲斐があったのか、延々と続くかと思われた迷宮の先に、とある一つの変化を見つけた。


 扉だ。

 先の見えない通路の脇に、人間ひとりが通れる程度の鉄扉があったのだ。

 おそらくミノタウロスの大きさでは通れない。


 迷わず駆け寄る。

 斧を握りしめたミノタウロスはもうすぐそばまで迫ってきていた。


 鍵がかかっていたら終わり。

 逃げ場はもうない。


 頼む開いてくれ!


 強く祈りながら素早くノブを引く。


 ――ガチャリ。


 なんの抵抗もなく開く鉄扉。

 罠も仕掛けられていない。


 扉の先を確かめる暇もなく中に滑り込み、急いで扉を閉めた。


 ――ドンッ!!


 直後、鉄扉から大きな衝突音が響く。

 追いかけてきたミノタウロスが扉の反対側に体当たりをしたのだ。


 冷や汗をたらしながら後ずさりをして距離を取りつつ、鉄扉を凝視する。

 かなりの衝撃を受けたにもかかわらず、傷やへこみは一切ない。

 そう簡単に破られそうにない頑丈な扉のようで、わずかに安堵する。


 そして、ミノタウロスの突撃は一度きりだった。

 しばらくたっても扉の向こうは静まり返ったままだ。


「はぁ……はぁ……た、助かった……のか……?」

 

 と、気を抜いた瞬間――重厚な鉄扉が吹き飛んた。


 轟音とともにグシャリとひしゃげた鉄扉が地面に叩きつけられ、扉周辺の石壁はバラバラに砕け散る。


「――があっ!?」


 地面を跳ねて吹き飛んできた鉄扉が直撃。

 その勢いに巻き込まれ、床に投げ出される。

 さらに砕け飛んできた石壁の破片が体中を強打した。

 全身に激痛が走る。


 絶望感に襲われながらも、ほとんど自由に動かせない体に鞭を打ち、つい先ほどまでは扉だった場所に視線を向ける。


 そこにいたのは、案の定、巨大な斧を振り下ろした体勢のミノタウロス。

 その怪物の攻撃で扉は周りの壁ごと破壊され、大穴ができ上がっていた。

 ミノタウロスの行く手を阻むものはもうなにもない。


「ははは……これはどうしようもないな……」


 笑うしかなかった。

 最後の希望が文字通り打ち砕かれてしまった今、もう生き残る手段などないのだ。


 ミノタウロスもそのことが分かっているのか、嘲るようにゆっくりと近づいてくる。

 そして、目の前で立ち止まると緩慢(かんまん)な動作で斧を振りかぶった。


 刃こぼれの目立つ鈍器のように重厚な大斧が目に焼き付く。

 もうその凶刃を避ける力は残されていない。


 死を覚悟したそのとき。


「……営業妨害」


 ぼそり、と呟くような声が背後から聞こえた気がした。


 それと同時にミノタウロスが大斧を振り下ろす。


 閃く銀線。


 だが、それはミノタウロスの斧によるものではなかった。


 「――グオォオオオオオオオ!?」


 悲鳴を上げて崩れ落ちるミノタウロス。

 その体は、右肩から左脇腹へと一刀両断されていた。


「なっ――!?」


 驚愕の声がもれる。

 驚きの対象はミノタウロスが真っ二つになったことだけではない。

 それを実行した人物の姿が予想外だった。


 黒いモヤになって消えていくミノタウロスのすぐ隣。

 剣を片手に立っているのは、紅玉のようにきれいな長髪をそよがせた華奢な少女。


 人類をはるかに超越した肉体を持つ化け物を、非力そうな少女が剣一本で切り捨てたのだ。


 明らかに不自然な状況。


 だが、ここはダンジョンだ。

 一般的な常識では考えられないことも、平然と起きてしまう。

 レベルアップのシステムを考えれば、女の子が異常に強くても不思議じゃない。


 努めて冷静を装いながら、赤髪の少女に声をかける。


「た……助けてくれてありがとう。えっと、君は……?」

「このアイテムショップの店主」

「……え? ……アイテムショップ? ダンジョンの中で?」


 少女のそっけない返答に困惑が深まる。


 さらなる質問を受けた少女の方は、いぶかしむような表情で「なぜそんな分かり切ったことを聞くんだ?」とでも言いたげだ。


 慌てて周囲を見渡す。

 入り口の破壊された小部屋。

 壁際には簡素な木の棚が並び、その中に商品と思わしきアイテムがまばらに置かれている。

 確かに店と言われればそう思える場所だ。


「……いらっしゃいませ」


 どこか退屈そうな少女は、困惑する俺を気遣うこともなく、おざなりな様子で定型句を口にするのだった。

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