11. ダンジョン・オブ・ザ・デッド
銀の剣でゾンビを殲滅しながら第3階層を進んでいく。
レベルは俺が8に上がったが、小宮山は4のままだ。
今回レベル差がさらに開いてしまったのは、俺に経験値ブーストのスキルがあるせいだけではない。
主な原因は、トドメを刺さなければ経験値をもらえないシステムにある。
アンデット特効のスキルを持つ銀の剣でゾンビを倒している現状、どうしても俺にばかり経験値が集まってしまうのだ。
このままではマズいかもしれない。
階層を下りるにつれてモンスターは強くなっていくので、俺ひとりでは倒せない強敵が出てきてもおかしくないのだ。
そんな中で、小宮山だけレベルが上がらず戦力外になられては困る。
直接的な戦力にならないなら囮役に徹してもらうという手もあるが、低レベルではモンスターの攻撃から逃げ切れない可能性があるので危険だ。
次からはゾンビも小宮山にトドメを刺させて、経験値を分配しておくべきだろう。
そんなことを話し合っていると、通路の奥からゾンビのうめき声が聞こえてきた。
ちょうどいい。
今までとは戦い方を変えて倒してみよう。
ゾンビは俺たちが待ち構える部屋の中によたよたと歩きながら入ってきた。
その視線の先は当然のように小宮山だ。
すぐに俺はゾンビの進行方向を迂回するようにして回りこむ。
「小宮山!」
「おうよ!」
合図に合わせ、小宮山がクロスボウの矢を放った。
今回は銀の剣で瞬殺しないので、安全策としてのヘイトコントロールだ。
矢がゾンビに刺さって少しよろめく。
その隙をついて背後から殴りかかる。
武器はスレッジハンマー。
全力で横薙ぎに振り抜いた。
重厚なハンマーヘッドがゾンビの側頭部を打ち砕く。
「――あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
真横に吹き飛び地面に転がるゾンビ。
そこに容赦なく追撃をしかける。
いつも通りの黄金パターンだ。
ゴブリンやコボルト相手ならこれで終わる。
後は駆けつけてくる小宮山が簡単にトドメをさせるように痛めつけておくだけだ。
しかし、転げまわるゾンビに近づいた瞬間。
「――ぐガァ゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛!!」
「なっ!?」
足を掴まれた!!
こいつ、いきなり速くなりやがった!!
急激な挙動で飛びついてきたゾンビは、普段ののろのろとした動きからは考えられない機敏さだった。
くそっ、侮りすぎたか!?
その緩慢な動きは移動するときだけで、攻撃速度は遅くなどなかったのだ
そして痛覚のないゾンビなら、吹き飛ばされた直後でもいっさい怯まず襲いかかってきてもおかしくない。
「この野郎、放せ!!」
振り払おうと足を動かしながら、慌ててハンマーを放り捨てる。
そして即座に、銀の剣をアイテムボックスから取り出して突き刺した。
「――あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
灰になり消えていくゾンビ。
それを見届けるや否や、すぐに掴まれた足の状態を確認する。
「高梨!! 大丈夫か!?」
「ああ……ただ掴まれただけだから平気だ」
でもかなり危なかった。
もし武器を銀の剣に持ち替える判断が少しでも遅かったら、確実に噛まれていただろう。
「な、なあ、次からは初めから銀の剣を使っとこうぜ? 俺のレベル上げはひとまず置いといてさ。こりゃ危ねえだろ」
「……いや、銀の剣なしでもう1回やってみよう。もう少し上手くやれるはずだ」
今の戦闘はお粗末だったと言わざるを得ない。
相手はゴブリンではなくゾンビなのだから、倒れていてももっと慎重に近づくべきだった。
今までが順調すぎたため気が緩んでいたのだろうか。
それとも、ろくに戦いの経験などない素人ではこれが限界なのか。
まあ、失敗をしてしまうのは仕方がないことだろう。
大事なのはそれを教訓にして生かすこと。
とにかく、いざとなれば銀の剣で対処できることはわかったので、ここはもう少しチャレンジしてみるべき場面だ。
おそらく第3階層はまだまだ序盤。
そんな場所で躓いてなどいられない。
「あー……、たしかにそうだろうけどよ……とりあえず、ちょっと長めに休まねえか?」
「……ああうん、それもそうだな」
小宮山に言われて気づく。
そういえばまとまった休憩はまだとっていない。
モンスターを倒した後に一息つく程度の小休止ならこまめにとっていたが、それだけでは疲れが溜まってしまうだろう。
第3階層は今のところゾンビとしか遭遇しておらず、移動速度が遅く常にうめき声を上げているゾンビなら出てきてもすぐに気づくことができるので、この部屋で休憩をとることにした。
部屋は墓場のようにひんやりとした不気味な空気が満ちていて、壁のところどころに頭蓋骨が埋め込まれた気色悪い最悪の雰囲気だが、そこは我慢するしかない。
座り込んで落ち着いてみると、疲れがどっと押し寄せてくる。
思っていた以上に疲労が溜まっていたようだ。
肉体的にも精神的にも、だ。
戦い続きでアドレナリンが出続けていたせいで気づかなかったのだろうか。
疲れは注意力や判断力を鈍らせる。
さっきの失敗とも無関係ではないだろう。
これはゲームではなく現実なのだ。
疲労を無視して無理はできない。
これからはもっと気をつけなくては。
そういえば、ステータス欄にスタミナのパーセンテージが表記されていたな。
【高梨孝司】(20)
種族:人間
レベル:8
職業:学士
スタミナ:15/100(%)
アイテムボックス:8/15
状態異常:なし
装備
武器:銀の剣+2
防具:なし
装飾品:なし
スタミナは15%まで減っていた。
自分がどれだけ疲れているか数値でわかるなんて、まるでゲームのキャラクターになったようで不思議な気分だ。
持ってきたリュックをアイテムボックスから取り出し、水分補給をしながら携帯保存食のカロリーバーを食べて1時間ほど休むと、スタミナは65%まで回復した。
感覚的にはもうだいぶ疲れが取れている。
休憩でスタミナが回復する速度は疲れが取れるにつれて遅くなっていくようで、休憩後半にはなかなかスタミナのパーセンテージが上がらなかった。
いくら若くとも、ただ休憩しただけで体力全回復、とはいかないので当然だろう。
100%近くまで回復したかったら、一晩寝るレベルの休みが必要なはずだ。
これ以上は効率が悪いので、休憩はこの辺で切り上げる。
ダンジョンの攻略を再開して少し進むと、またしてもゾンビに遭遇した。
初手は前回と同じ。
小宮山を囮にして回りこんで、ハンマーで殴り倒した。
ここからはかなり慎重に動く。
まずは、俺と小見山のどちらに敵意が向いているかを確かめる。
ゾンビは頭をぶん殴られて危険を感じたのか、這うようにして俺に向かってくる。
それならば小宮山の出番だ。
ゾンビが立ち上がる前に、小宮山が斬りかかる。
狙いは腕。
掴みかかられるのが危険なら、まずは両腕をつぶしてしまえばいいのだ。
右腕を斬りつけられたゾンビが小宮山のほうを向いたので、今度は俺が左腕を叩き潰す。
そんな風に狙われてない方が攻撃する戦い方で、ゾンビの両腕両足が使い物にならなくなるまで痛めつけた。
そして最後に、まともに身動きができなくなったゾンビの頭を潰せば終わりだ。
ただ、小宮山がどうのつるぎを突き刺してもなかなか死なない。
結局、頭を8回ほどめった刺しにすると、ようやくゾンビは力つきた。
恐ろしい耐久力だ。
銀の剣のありがたみがよく分かる。
「よし、ちょっと手間はかかるけどいけるな」
「ま、まあ倒せないこともねえが……ゴキブリ以上の生命力がキモくて寒気が……」
「小宮山にはこれからしばらくゾンビの腐った頭をぐっちゃぐちゃに抉り続ける作業が待ってるぞ」
「ひぃいいいい!?」
「小宮山のレベル上げのためにやってるんだからトドメを任せるのは当然だろ?」
「それにしたって言い方に悪意しか感じねえよ!? ぐっちゃぐちゃとか言うのやめて!? 想像しちまっただろ!?」
顔を青ざめさせる小宮山を笑いつつも、倒したゾンビがいた場所に目を向ける。
そこの地面だけ黒ずんでいた。
ゾンビを倒したときに出た黒いモヤが、なぜか霧散せずに集まって地面に染み込んだせいだ。
ゴブリンやコボルトではこんなことはなかったし、銀の剣でゾンビを倒したときも黒いモヤはしっかりと霧散していた。
気になってアプリのログを確認すると、銀の剣のときは『ゾンビを浄化した』と書かれているのに、今回は普通に『ゾンビを倒した』と書かれている。
なにやら嫌な予感がする。
アンデットモンスターを浄化せずに倒したら、その場に不気味な痕跡を残した。
正直不吉だ。
もしや復活するのではないか。
そんな不安を感じて、小宮山に注意を促しつつ黒ずんだ地面を観察する。
すると突然、地面から白骨化した腕が生えてきた。
「なんかガイコツが生えてきた!? どういうことだよコレ!?」
「どうせスケルトンになって復活とかそんな感じだろ。第2ラウンドってことだよ!」
驚く小宮山を尻目に、俺は武器を銀の剣に持ち換える。
地面から這い出てきたスケルトンは剣と盾を構えると、素早い動きで襲いかかってきた。
狙いは小宮山だ。
いつも通りその攻撃が届く前に横から斬りかかった。
――ガンッ!!
だが、俺の剣が斬りつけたのは盾。
防がれてしまったが、そのまま全力で剣を振り切る。
体重の軽いスケルトンは簡単に吹き飛び、壁にぶつかるとバラバラになった。
「お、終わったのか……?」
「いや、まだだ」
飛び散った骨を油断なくにらみつけていると、すぐにドクロへ吸い寄せられるようにパーツが集まり、再びスケルトンを形作った。
「――グォッ……グォッ……グォッ……」
両目の奥に不気味な光を揺らめかせ、笑うような低い唸り声を上げるスケルトン。
おそらく頭蓋骨部分を破壊しないと終わらないのだろう。
スケルトンはまたしても小宮山に飛びかかる。
今度は妨害が間に合わず、スケルトンの剣が振り下ろされる。
――ガキンッ!!
「ひぃ!?」
どうのつるぎで受け止めた小宮山が短い悲鳴を上げた。
つばぜり合いになり、スケルトンにじりじりと押し込まれていく。
レベルがあまり高くないので力負けしているのだろう。
俺はその隙をついて、盾を避けるようにしてスケルトンの右手首を斬る。
すぐさま灰と化す右手の骨。
持っていた剣が甲高い音を立てて地面に落ちた。
ゾンビのように一撃で全身が灰になることはないようだ。
骨が分かれているせいだろうか。
右腕の一部を失うだけで済んでいる。
だがそれでも問題はない。
残されたのは、右ヒジから先の骨を失ったスケルトン。
当然、武器は持っていない。
2人で攻め立てる。
スケルトンはまともな攻撃手段がもうないのか防戦一方だ。
ろくな抵抗ができていない。
しばらく一方的な戦いが続き、銀の剣によりスケルトンの四肢が灰に変わっていく。
最終的に身動きが取れなくなるスケルトン。
トドメは小宮山に譲る。
その頑丈な頭蓋骨を3回ほど斬りつけて叩き割った。
スケルトンの残骸や持っていた剣と盾が黒いモヤに変わる。
だが、モヤは霧散することなく、地面に染み込み土を黒ずませた。
「あー……、第3ラウンドもあるみたいだ」
「おいおい! まだ復活すんの!? しつこすぎんだろ!」
アンデットの執念深さには少しうんざりしてしまう。
ゾンビ、スケルトンときたので、次はやっぱりアレだろうか。
スマホの時計を確認して出現までの時間を計りながら、油断なく次のモンスターを待ち構える。
すると、黒ずみが消え去り、半透明のモンスターがゆらゆらと浮かび上がってきた。
大きさはバスケットボールくらいで、ぼろぼろの布を被って浮遊するいかにもお化けといった外見。
「う、うわっ!? でた!? ゆ、幽霊!?」
「だろうと思ってたよ!」
ある程度予想はついていたので驚きはない。
こういう独特な雰囲気のモンスターは、やっかいな特殊能力を持っているのがセオリーだ。
なので先手必勝。
なにか変なことをされる前に素早く対処する。
幽霊の出現を確認すると共に即座に踏み込んでいた俺は、速攻で銀の剣を振り払う。
「――アアァァァ……」
上下真っ二つに両断された幽霊は、消え入るような悲鳴を上げながら黒いモヤになり霧散した。
「……え? もう終わり?」
「みたいだな」
「オレの出番は?」
「ない」
「えぇ……」
念のためアプリのログを確認する。
『ゴーストを倒した。800(+50)ポイントの経験値を獲得』
しっかりと倒せている。
銀の剣で仕留めても浄化したと表示されていないのは、おそらく復活がゴーストで打ち止めだからだろう。
それにしても、瞬殺できるわりに経験値がかなりオイシイ。
ゴブリンが3、コボルトが6、ゾンビが20、スケルトンが40なので、800も貰えるゴーストの経験値は異様に高い。
これは積極的に狩ればいいレベル上げになりそうだ。
第3階層攻略の方針が決まり、次なるモンスターを探してダンジョンの奥へと進んで行く。