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追憶――思い出だけではあまりにも寂しくて

 あっという間に一か月経った。

 暗殺者に邪魔されることなく、みっちり筋肉トレーニングができたので、見事腹筋が六つに割れた。エリーズが私の腹筋を見てドン引きしていたけれど、これから私は百七名もの妃とキャットファイトをしなければならないのだ。この筋肉だけが、頼りとなるだろう。

 六つに割れた腹の筋肉こそが、嫁入り道具だ。新婚生活に、役立たせたい。


 ちなみに、私の持参金はないようだ。きっと、財に余裕がないからだろう。

 インバラトゥーリーヤー国は財政が豊かなので、必要ないと判断したのか。

 こういうのは金額ではなく、気持ちなのだ。少額でもいいから準備しろよと言いたいところだが、払う価値なしと返されて終わりだろう。

 私の生活を支えていたのは、母の輿こし入りのさいに国から受け取った結納金だった。

 母の実家は自分の懐に入れず、母に自分で資金運用をするようにと託していたようだ。そのお金をじいやが節約しつつ、せっせと運用してくれていた。

 実家は母が存命中は支援していたようだが、娘の私にまで助けてくれる手厚さはなかった。

 小娘一人、玉座争いの中で長く生き残れると思ってはいなかったのだろう。

 母は結納金には手を付けず、私にのこしてくれていた。

 そのため、資金不足になることもあったようで、宝飾類を売ったり、ドレスを解いて私のドレスを仕立て直したりと、国王の妃とは思えない節約生活を送っていたようだ。

 それを知ったのは、母が亡くなってから。

 形見が何もないはずはないと、じいやを糾弾したら「実は……」と話してくれた。

 ひつぎに入る時のドレスすら、何度も繕って仕立て直しをしながら着ていたものだった。

 そして、古くなったドレスなどは、どんどん寄付していたらしい。

 最期の母の私物も、遺言で寄付していたのだ。だから、母の形見は残っていない。

 母の死後は、頭が回らずに何も考えられなかった。

 遺髪でももらっておけばよかった。けれど、当時は尖った金属に触れることすら怖くて、遺髪をもらうことはできなかっただろう。

 母は嫁ぎ先へは連れて行けない。だからせめて、母の私物と一緒に行きたかった。

 思い出だけでは、あまりにも寂しいから。

 出窓の窓台に腰掛け、ため息をひとつこぼす。

 瞼が熱くなり、こみ上げてくるものがあった。それが、雫となって頰を伝い落ちないように、夜空に浮かんだ三日月を見上げる。

 それも空しく、切ない感情は涙となって流れてしまった。

 母を思い、涙するのは何年ぶりか。もう、れていたと思っていたけれど。


「殿下」


 銀盆を持ったエリーズが、やってくる。ドレスの袖で涙を拭って、返事をした。


「エリーズ、夜遅くに、どうした?」

「殿下の母君から、品物を預かっていたのです」

「品物? 母上から?」


 エリーズのほうへと駆け寄り、銀盆にある品を覗き込む。それは、長方形の木箱だった。


「エリーズ、これは?」

「私は存じません。殿下のお品ですので、どうぞ、お手に取ってくださいまし」

「あ、ああ」


 母は、私に何を遺していたのだろうか。ドキドキしながら、木箱を手に取る。

 それは、ずっしりと重い。木箱が、というよりは、中身が重いのだろう。

 そっと、蓋を取る。


「あ――!」


 中に収められていたのは、一揃えの宝飾品。

 ダイヤモンドのティアラに耳飾り、首飾り、胸飾りに、腕輪の一式がまばゆい輝きを放っている。


「これを、母上が、私に?」

「はい。婚礼のときに、ご実家が用意した品物みたいです」

「母上の、花嫁道具……」

「殿下の結婚が決まったら、渡してくれと頼まれていました」

「そう、だったんだ」

「渡す日まで、黙っていることが遺言でした。話すことができずに、申し訳ありません」 「いや、いい。黙っておくのも、辛かっただろう」


 母が亡くなったあと、何度もじいやに形見が一つも残っていないことを私は責めていた。

 荒れた私を慰めるのは、毎回エリーズの役目だったのだ。


「私は、この、一揃えを殿下にお渡しする日を、心待ちにしておりました。こうして無事に、迎えることができて、嬉しく思います」

「エリーズ、ありがとう」


 私の言葉に、エリーズは頭を下げて返す。

 エリーズはできた女性で、私にはもったいない人だ。彼女がそばにいて、本当によかった。しみじみと、思ってしまう。


「エリーズは、この国にいい人はいないのだな?」

「おりません」

「そっか」

「私は、嫁ぎ先では必要ないのですか?」

「あ、いや、そういうことじゃなくて、エリーズみたいなすてきな女性を、私が連れて行っていいものかと。もしも、想う相手がいるのならば、面倒を見るのも主人の役目だと思ってな」

「私にとっての幸せは、殿下にお仕えすることですので」

「エリーズ……」

「どこまでも、お供いたします」


 そんな健気けなげなことを言われたら、エリーズを手放せなくなる。

 彼女の細い肩を抱きしめ、耳元で感謝の言葉を呟いた。


 ◇◇◇


 こうして、私は生まれ故郷を旅立った。

 使用人――エリーズ、じいや、オディルを連れて。


 インバラトゥーリーヤーまで馬車と船、再び馬車、徒歩でしか通り抜けられない峠を越え、船と馬車を乗り継いた結果、半月も移動にかかった。

 飛行機がないので、地道に移動するしかないのが歯がゆかったが。

 ダルウィッシュもこんな大変な思いをして、私に逢いにきてくれたのだ。耐えるしかない。


 出発から半月後――ようやく、インバラトゥーリーヤー国がある砂漠の大陸にたどり着いた。


「これが、砂漠!」


 どこまでも広がる砂漠の景色は、圧巻としか言いようがない。 

 これから砂の大海を泳ぐようにして、インバラトゥーリーヤー国を目指す。 

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