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婚約――花嫁修業の代わりに

 オアシスの大国『インバラトゥーリーヤー』の王との結婚は、あっさりと許可された。きっと、ダルウィッシュが惜しみない結納金を用意したのだろう。


 その日から、毎日のように差し向けられていた嫌がらせがピタリと止まり、暗殺者がやってくることはなかった。


 王座争いから脱落したので、殺す必要もなくなったのだろう。実に、わかりやすい。

 しかしながら私の婚約発表を機に、ルードヴィヒ王子のところに暗殺者が殺到しているらしい。なんとも気の毒な話である。


 婚約発表から三日後――ルードヴィヒ王子が私に抗議しにやってきた。


「おい、脳筋姫! お前のせいで、私は毎晩眠れん!!」


 ルードヴィヒ王子は、誤解を招きそうなことを叫びつつやってくる。


「昨日、私のところに、三人も暗殺者が送られてきたんだ」

「そうか、大変だったな」

「今までは、三日に一度くらいの頻度だったのに、一晩で三人ってありえないだろうが」

「私も、さすがに一晩に三人はないな。貴重な経験を、積んでいるな」


 ルードヴィヒ王子の肩を、ポン! と叩く。すると、ハエでも追い払うような手つきで払い、ジロリと睨んできた。


「ん、やるのか?」


 こいつだったら、素手でも負けないだろう。拳一発で勝てそうだ。


「お前と喧嘩なんかするかよ。勝てるわけがない」

「わかっているじゃないか」


 ルードヴィヒ王子とは、弟妹の中でもわりと話すことがあった。気はまったく合わないが、一番まともだと思っている。


「アイシャ、私は、お前が王になると思っていたぞ」

「女の私が王に?」

「ああ。ふてぶてしくて、余裕ぶっていて、偉そうで、一番王様みたいだった」

「お前の国王の印象はおかしいから。っていうかそれ、そっちにも当てはまっているじゃないか」

「私が、ふてぶてしく、余裕ぶっていて、偉そうだと!? 失礼な!!」

「いや、お前、さっき、私にも同じ言葉を言ったのだからな」

「そうだったな。私には、相応しくない言葉だったので、つい」


 なんだかんだで、似たもの姉弟だったのかもしれない。


「なんか、いろいろあるだろうけどさ。ルードヴィヒ、お前が国王になれよ」

「お断りだ」

「そんなこと言わずにさ、頑張れよ」


 即位を嫌がるルードヴィヒ王子に、ある報告書を差し出した。


「これは?」

「うちのじいやが長年調査していた、とっておきの情報だよ」


 ルードヴィヒ王子は折りたたまれていた紙を広げ、文字を目で追う。

 途中で、ハッと目が見開かれた。


「まさか、こんなことが――!?」

「奴らが必死になるのも、頷けるだろう?」


 それは、ヘレネ姫が国王の血を引いていないということ。

 じいやはこの情報を剣とし、私を玉座へ誘おうとしていたらしい。恐ろしい話だ。

 この情報も不要となったので、ルードヴィヒ王子に託すことにした。


「唯一、殺し合わなくてもいい、平和的解決法を導いてくれることを、願っている」

「こんなとんでもないものを、私に託して!」

「大事に使ってくれ。そして、将来は弟妹同士が争わなくてもいい治世を築いてくれよ。もしかしたら、私の夫となる男から、援助を得られるかもしれないし」

「インバラトゥーリーヤー王、か」

「ああ。金は腐るほどあるらしいからな」


 目を伏せていたルードヴィヒ王子は、まっすぐに前を向く。覚悟を決めた男の顔になった。

 もう、大丈夫だろう。


「行動を起こすのは、私が嫁いでからにしてくれ」

「それまで、生きているかわからんがな」


 その言葉を最後に、ルードヴィヒ王子は部屋から出て行く。

 どうか、立派な王になってくれと、祈らずにはいられなかった。


 ◇◇◇


 花嫁修業の代わりに、私が行ったのは筋肉トレーニングだった。

 インバラトゥーリーヤー王の後宮で待ち受ける、百七名の妃たちと戦うため体力と腕力が必要だと判断したから。

 じいやは呆れていた。エリーズは美しい顔に憂いを浮かべ、そっとため息をついている。ミレーヌは「殿下らしい」と笑い、オディルは筋トレに付き合ってくれる。


「殿下、お茶が入りましたよ」

「おう!」


 今日は、ミレーヌがお手製のお菓子を家から持ってきてくれていたのだ。筋トレしながら、ずっと楽しみにしていた。


「今日は何を作ったんだ?」

「殿下の大好物の、干し果物のケーキですよ」

「やった!」


 ミレーヌ特製の干し果物のケーキは、十日も熟成させないと食べられない。

 焼きたての干し果物のケーキを、一切れだけ、一切れだけと言って、全部食べてしまって怒られた日のことは、今でも笑い話としてあがる。


 ミレーヌが切り分けてくれたケーキを、手づかみで食べる。

 生地はどっしりみっちりしていて、果物を噛むとじわ~~と甘酸っぱさが口の中に広がる。ナッツのざくざく感は香ばしく、ほんのり効かせた酒がアクセントになっていた。


「殿下、いかがですか?」

「世界一おいしい! ミレーヌ、ありがとう」

「いえいえ」

「でも、これから、食べられなくなるんだな」

「殿下……」


 じいやとエリーズ、オディルは一緒にインバラトゥーリーヤーに行くけれど、ミレーヌはこの国に残る。家族がいるからだ。

 この、干し果物のケーキを食べるのも、今日が最後。今まで何個も何個も食べてきたのに、まだ食べ飽きない。大好きなケーキだった。


「ミレーヌ、今まで、ありがとう」

「殿下、そんなこと、言わないでくださいな。もう、会えないみたいで」


 ミレーヌはポロポロ涙を流す。つられて、私まで涙ぐんでしまった。


「殿下、必ず、幸せになってくださいね」

「ありがとう、ミレーヌ」


 甘酸っぱい干し果物ケーキの最後の一切れは、少しだけしょっぱい味がした。

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