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出会い――それはロマンチックにあらず

 バスローブのままドレッサールームに移動すると、ミレーユが笑顔で立っていた。


「殿下! とうとう、砂漠のお方と初対面ですね」

「初対面つーか、あいつ、何をしに来るんだ? 金の無心か?」

「そんなわけないでしょう! 純粋に、殿下にお会いにいらっしゃるだけですよ」

「怪しいもんだ」


 やつの国は、熱砂のど真ん中にある小国『グラーレア』。国土は百パーセント砂漠で、とにかく貧しい。国土は、うちの国の王都ほどしかないらしい。


「しっかし、よく十年も文通が続いたものだな」

「半分くらい、使用人一同が書いた手紙ですけれどね」


 そうなのだ。私は筆まめではないが、奴は大変な筆まめな男で、私が頑張って一通書いている間に三通ほど書いて送ってくる。よほど、暇なのだろう。

 ちなみに、名前は知らない。 

 きちんと署名があるのだが、名前のみ祖国の言葉で書かれている。宗教の関係で、自分の国の文字でしか、名前を書けないらしい。

 博識なじいやにも読めないようで、いまだ名前は不明。砂漠の奴とか、暇王子とか、手紙男とか、いろいろな名前で呼んでいる。


 奴は私と文通するために、この国の言葉を必死に覚えたらしい。

 最初のころは誤字脱字ばかりだったが、今ではきれいな文字で手紙を書いて送ってくる。


 たしか、私と同じ十八歳で、趣味は読書だと手紙に書いていたような。

 性格はなんといえばいいのか。落ち着きがない、レトリバー系の犬と言えばいいのか。

 人懐っこそうで、聡明で、繊細な感じを手紙から読み取っていた。


 文通相手に会う。現代日本人的感覚でいえば、ネットで知り合った人に会うオフ会みたいなものか。

 まあでも、十年も文通していたら、相手の素顔がどんなものか気になる気持ちはわからなくもない。


「きっと、牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけた、ヒョロヒョロでガリッガリの王子なんだろうなあ」

「殿下、何かおっしゃいましたか?」

「ん、なんでもない」


 即位して、これから忙しくなるので、隙間時間に私に会いにくるのだろう。

 考えれば考えるほど、暇な奴だと思う。

 うちの国の治安がよくないことは、何回も手紙に書いているのに。自分から進んでやってくるなんて。飛んで火に入る夏の虫といえばいいのか。 


「殿下、この日のために、特別なドレスを用意していたのですよ!」


 ミレーヌが、嬉しそうにドレスを着せたトルソーを運んでくる。


「げ!」


 それは、女子憧れのピンクのドレスだった。

 胸元が大きく開いた上に、ぴらぴらのレースやリボン、フリルがあしらわれた、お姫様御用達ごようたしの可憐で愛らしい一着である。


「それを、私が着るのか!?」

「はい! 砂漠のお方の、期待を裏切らないよう、気合を入れて製作しました!」


 ミレーヌは久しぶりに、にこにこしている。

 その背後に控えるエリーズとオディルも、心なしか穏やかな表情をしていた。

 皆、私を着飾りたかったのか。

 イヤだと言ったら、聞いてくれるだろう。しかし、皆の期待を裏切りたくはない。


「じゃあ……準備を始めてくれ」

「はい!」


 地獄の身支度が始まった。


 三時間後――ようやく解放される。

 ミレーヌが見せてくれた姿見に映った私は、妖精のように可憐で美しかった。

 コルセットで腰を絞り、肌には白粉おしろいを叩きつけ、髪は全力で引っ張って一本の後れ毛も出さないように整えてくれた。

 愛らしい妖精の姿は、物理的な力で作られているのだ。


 じいやに着飾った姿を見せたら、泣かれてしまった。


「ああ、なんてお美しい。私は、殿下にお仕えできたことを、誇らしく思います」

「お、おう」


 他の使用人も、うるうるしていた。

 普段、猿のような身のこなしで、男勝りのしゃべり方をする私ばかり見ているので、着飾った姿に感動しているのだろう。私が姫であることも、思い出したのかもしれない。


 みんなでゆっくり過ごしている時間はなかった。もう、砂漠の暇王が客間に到着しているらしい。


 最後に、じいやが私に釘を刺す。


「殿下、いいですか? 国の大きさは違えども、国王がやってきたのです。きちんと、敬意は払ってくださいね」

「じいや、わかっているよ」


 ちなみに、本日の訪問は非公式で、国の上層部も知らないらしい。

 まあ、小国の王がきても、話すことは特にないだろうが。


「よし、行くか」


 今になって、緊張してきた。

 普段、暗殺者以外の知らない人と会うことがないからだろう。

 ガラになく、胸がドキドキと高鳴っていた。


 まず、奴に会ったら、お礼を言いたい。

 手紙のことが気がかりだから、生き残ってやらなければと思うところがあったからだ。

 彼の手紙は、私の心を支えるものの一つとなっていた。

 まあ、返事の大半を書いたのは、使用人達だけれど。

 私の筆跡を真似て書いてもらっていたので、きっとバレていないだろう。


 まずはじいやが先に入り、私がやってきたことを知らせてくれる。


「アイシャ! アイシャが、余に会いに来たのか!?」


 いやいや、会いに来たのはお前だろうが。内心突っ込みつつも、本当に奴が来ているのだと実感した。


 あとは中に入って挨拶をするばかり。そう思っていたのに、想定外の出会いをしてしまう。


 なんと、奴は扉のほうに走ってやってきたのだ。


「アイシャ!!」


 挨拶もなく、突然抱きつこうとしたので――背負い投げをしてしまった。

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