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驚愕――ナディアの謎

 結局、ダルウィッシュと一緒に昼過ぎまで眠ってしまった。

 自分の腹の音で目覚めるという、初めての経験もあった。

 働かずに眠っていた私達に、召し使い達は食事を用意してくれた。

 今まで食べた中で、一番おいしかったように思える。


 食事のあと、ダルウィッシュに質問した。


「ナディアの尻尾を掴むためとか、なんとか言っていたが、あれはどういう意味だったのか?」

「ああ……。彼女はどうやら、日本からやってきた者らしい」

「日本って、めちゃくちゃ外国人顔じゃないか」

「日本の漫画が大好きで、イギリスから移り住んで、暮らしていたようなのだ」

「それで、どうしてナディアがここに?」

「兄上に召喚されたと言っていたのだ」

「兄上って、亡くなった王太子か?」

「ああ。アイシャ、余もいまだ信じられないのだが、ここは、映画化もされた大人気漫画『石油王に愛されて』の世界らしい」

「は?」

「石油王に愛されての、世界なのだ」

「いや、タイトルを聞き返したんじゃない。どういうことなんだと、聞きたかった」

「余も、同じだ。いまだに、よくわからないのだ」


 ダルウィッシュは真顔で『石油王に愛されて』について説明していく。

 物語は砂漠にあるオアシスに囲まれた、豊かなインバラトゥーリーヤー国。

 そこに、学者である主人公は研究のためにやってくる。

 未知の文化や町並みに、主人公ははしゃいでいた。


「そんな中、お忍びで散策にきていた王太子ラーミレスが――」

「待て待て。なんでお前達兄弟の名前は野球選手縛りなんだよ!」

「なんのことなのだ?」

「っていうか、お前、なんで日本人なのに、ダルビッシュとハムスターの太郎を知らないんだよ」

「勉強ばかりしていたので、漫画とかテレビとか、見ていなかったのだ」

「さすがにハムスターは知ってるだろ」

「ハムスター?」

「愛玩用のネズミだ」

「実験用のラットなら知っているのだ」

「そうかい」


 思っていた以上に、こいつは世間知らずだったらしい。同じ、現代日本に生まれ育ったとは思えない。

 ただ、医者になったということは、才能がそっち方面に全振りされていたのだろう。


「余は、前世ではぼんやり生きていたゆえ、人より物事を知らなかったのだろう。だから、『石油王に愛されて』も知らなかったのだ」

「いや、それは私も知らなかったが」


 ダルウィッシュは神妙な面持ちで、『石油王に愛されて』の続きを話す。


 主人公は街中でラーミレスとぶつかり、相手が王太子だと知らずに口喧嘩してしまう。

 ラーミレスは「覚えておけ」と言い、去った。それが、二人の最悪な出会いだった。

 主人公は研究のため、インバラトゥーリーヤー国の古い遺跡に忍び込み、調査を行っていた。運が悪いことに、盗掘者と勘違いされ、インバラトゥーリーヤー国の兵士に捕まってしまう。

 もう終わった。そう思っていた主人公を助けてくれたのは、ラーミレスだった。

 ラーミレスは主人公を「面白い女だ」と言い、召し使いとして傍に置くこととなった。

 二人は、不器用ながらも理解しあい、絆を深めていく。 

 そんな中で、事件が起きる。ラーミレスの父であり、国王でもある男が危篤状態となったのだ。

 主人公は精神不安定だったラーミレスを励まし、陰で支えた。


「そんな中で、思いがけない悪人が登場する。危篤状態の父を殺し、ラーミレスをも手にかけようとする悪人王子、ダルウィッシュなのだ」

「お前じゃないか」

「そうだ。余なのだ」


 悪人王子ダルウィッシュは国王を殺し、即位したばかりのラーミレスも殺してしまった。

 血まみれのラーミレスを、主人公は看取る。

 永遠の愛を誓い、主人公は生涯独り身であることを決意し、学者として成功を収めた。


「これが、『石油王に愛されて』の話の流れなのだ」

「なるほど。だから、ナディアにとってお前はかたきであったと」

「そうなのだ。でも、誤解なのだ」


 前世が医者だったダルウィッシュは、父親を診察するために何度も王の寝所へ通っていた。日に日に衰弱するものだから、ダルウィッシュが毒を盛っているという噂が広まっていたらしい。


「父は末期の癌だった。余が診察したときには、余命一か月ほどだったのだ。現代日本でも、治療は困難としている病気なのだ」


 なんとか手を尽くそうとしていたのに、ダルウィッシュは暗殺者に狙われてしまう。

 王太子ラーミレスも、ダルウィッシュに殺されることを畏れ、暗殺者を送り込んでいたらしい。


「残念ながら、兄上は王の器ではなかった。だから、ナディアと一緒に、どこか静かな場所で暮らすといいと勧めた。別に、余が王になりたいから、そのように言ったわけではなかったのだ」


 当時は第二王子、第三王子が生存していた。ダルウィッシュが即位することなど、欠片も考えていなかった。それなのに、即位の意思があると誤解されてしまったようだ。


「結果、余は余を守るために、多くの兄弟を手にかけてしまったのだ」

「そうか」


 奇しくも、ダルウィッシュは『石油王に愛されて』のストーリー展開に添うような悪役となってしまったという。


 唯一、違ったことは主人公が『石油王に愛されて』の読者ナディアだということ。

 主人公になりきり、物語の世界で生きていた。


「物語の世界では、学者として前向きに生きていた。しかし、ナディアは――」


 自分が王妃であると名乗り、後宮に忍び込もうとした。

 そこを、捕らえられる。

 事情聴取をするさい、ここは『石油王に愛されて』の世界であるという説明を受けたらしい。


「皆、信用していなかったが、余は日本人だった前世の記憶がある。あながち嘘ではないと思っていたのだ」


 表沙汰になっていない情報も、ナディアはペラペラと喋った。そのため、ダルウィッシュは彼女の言うことを信憑性の高いものとして受け取っていたらしい。

 その中で、ナディアは気になる発言をしたようだ。


「『石油王に愛されて』は続編があり、それはダルウィッシュが殺害されるという内容らしいのだ」


 しかし、いくら尋ねても、ナディアは続編について話さない。

 厳しく尋問したが、口を割らなかったのだ。

 そんな中で、唯一口にしたのは、続編のヒロインの名前がアイシャで、彼女がダルウィッシュを殺すというものだったと。

 早くアイシャに会いたい。さすれば、ラーミレスの命は救われる。ナディアはそれしか言わなかったという。


「私が、ダルウィッシュを? ありえない」

「余も、そう思っていた」


 ある日、ナディアに異変が起きる。記憶を、すべて失っていたのだ。


「以降、ナディアは地球にいたことの記憶とラーミレスを巡る物語の世界に生きた記憶を失ってしまった。残ったのは、『石油王に愛されて』の主人公として設定された学者の記憶だけ」


 それが演技なのか、否か、判断できなかったらしい。

 ダルウィッシュも迷ったが、このまま放っておいたら、ダルウィッシュが死を約束された続編が始まってしまう。


「そのため、アイシャの召し使いとして、ナディアを傍に付けることとなったのだ」


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