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朝――突然の訪問客

 ダルウィッシュとヘマームは退室し、代わりにエリーズとオディルがやってくる。

 十分ほどで身支度を調え、寝室から出た。大広間には、朝食が用意されていた。昨日、夕食を食べ損ねていることを思い出したら、お腹がぐうっと鳴った。

 食欲は戻ってきているようで、ホッとする。

 今日も、朝からごちそうが並んでいた。


 刻んだトマトとキュウリ、タマネギのサラダに、焼きパプリカのマリネ、焼き野菜のスープに、アスパラガスのグリル、クスクスと、ヘルシーな食事が並んでいた。


「アイシャが昨晩、食欲がないと聞いていたので、サッパリした料理を用意させたのだ」

「ありがとう。どれも、おいしそうだ」


 まずは手を洗い、インバラトゥーリーヤー国のいただきますである「ビスミッラー」と口にした。


「アイシャ、クスクスと一緒に料理を食べるとおいしいのだ」

「ふむ、理解した」


 クスクスをご飯と見立て、食べればいいらしい。

 ハーイデフはクスクスを皿に装ってくれる。ますは、焼きパプリカのマリネを載せてもらった。

 手づかみで食べるのには抵抗があるが、慣れるしかない。GOに入ればGOに従え(?)だ。


 パプリカのマリネでクスクスを包み込むように頰張る。


「むっ!?」


 ふっくら炊かれたクスクスに、トロトロのパプリカがよく合う。なんだ、これは。初めて食べた。

 マリネの液が付いた指先までうまい。


「アイシャ、おいしいか?」

「すごくおいしい」

「よかったのだ」


 空腹なのもあって、たらふく食べてしまった。しばらく、身動きが取れそうにない。

 紅茶を飲みつつまったりしていたら、ダルウィッシュが申し訳なさそうに話し始める。


「その、アイシャ。実は、我が国では王妃を公式な場に連れて行くことはないのだ」

「そうなんだな」


 驚きはしない。男女別の結婚式を目の当たりにしたからだろうか。


「国王は余だ。その決まりも、撤廃することもできる。しかし、アイシャの顔が知れ渡って、得することなど一つもない」

「まあ、そうだな」


 この国は、徹底的に女性を守るような戒律がある。私は可能な限り決まりに従いたい。


「そもそも、社交を好む奴なんて、そういないからな。しなくていいと言われて、ホッとしている」


 結婚式の殺伐とした様子を思い出すと、ゾッとしてしまう。

 私は周囲の空気を読んで、場を和やかにすることなんてできない。


「アイシャ、本当に済まないのだ」

「いい。気にするな」

「本当は、素晴らしいアイシャを見せびらかしたいと思っているのだが、同時に、見せびらかしたらみんながみんなアイシャを好きになってしまうのではと思うと、死にたくなるのだ」

「いや、私を好きになる物好きなんて、お前くらいだろうが」

「そんなことないのだ。アイシャのことは、みんな好きになるに違いないのだ」

「はいはい」


 ダルウィッシュの戯れ言を相手にしていたら、キリがない。ほどよいところで、適当に受け流しておいた。


 ◇◇◇


 ダルウィッシュは仕事に向かい、残った私は体を鍛えておく。

 ここでも、何が起こるかわからない。体を鈍らせないほうがいいだろう。

 オディルと共に、手合わせを行う。

 新しい召し使い達は、子猫のように身を寄せ合って信じ難いというような目を私に向けていた。


 ハーイデフがやってきて、汗だくの私を見て顔を顰める。ナディアに、何かを囁いていた。


「あー、はいワッハ。妃殿下、あの、二時間後に、陛下のご親戚の女性がいらっしゃるようです。お風呂に入ったほうがよいと、ハーイデフさんが言っています」

「親戚?」

「すみません。どのような親戚筋なのか、上手く理解できなくて。とりあえず、陛下唯一のご親戚だとかで」

「わかった」


 風呂場に向かうと、召し使い達がついてくる。今日はサウナから始まる、長時間の風呂コースをこなさなければならないようだ。


 一時間後――ぐったりしつつ帰還する。体中ピカピカになったが、常に誰かに体を磨かれるというのは、非常に疲れる。

 ドレスの着付けは、エリーズがしてくれた。


「ダルウィッシュの親戚か。昨日の結婚式にも、来ていたのだろうな」

「でしょうね」

「なんだか、緊張する」

「殿下でも緊張なさるのですね」

「当たり前だ」


 ダルウィッシュの両親は亡くなっているので、挨拶できなかった。代わりに、親戚がやってくるのだろう。粗相がないようにしなくては。


 二時間後、やってきたのは五十代くらいの中年女性だった。

 褐色の肌に、黒い髪、金の目とダルウィッシュと同じ特徴を持つ。

 細身で、目がつり上がり、ちょっぴり気が強そうだ。若い時は美人だったのだろうな、という雰囲気である。

 黒衣に孔雀のはねの扇を持つ、不思議な出で立ちだった。


 ナディアを呼び、通訳させる。女性が扇越しに囁いた言葉を、プリムヴェール語にしてくれた。


「妃殿下、初めてお目にかかります。ザワルと申します、と申しております」

「最後の言葉はいい。ザワルが喋った言葉を、そのまま口にしてくれ」

「了解です」


 ザワルはダルウィッシュの母親の姉らしい。若い時はダルウィッシュの母親の筆頭侍女を務め、ダルウィッシュが即位してからは王宮で召し使いとして働いていたらしい。


「お会いできて、光栄ですわ」

「ああ、私もだ」


 まずは、珈琲でも。

 ハーイデフが用意した珈琲を歓迎の印として出す。


 ザワルは珈琲を飲む前に、とんでもないことを言い始めた。


「今日は、妃殿下に忠告を申しにきましたの」

「忠告?」

「陛下は、魔性の子です。どうか、お気を付けてくださいまし」

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