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結婚式――毒ヘビを仕込んだのは誰か?

 毒ヘビをその辺に放つわけにはいかないので、手に持ったままでいた。

 すると、エリーズを驚かせてしまう。


「で、殿下、そのヘビはいったいなんですの!?」

「エリーズ、料理の中に毒ヘビが入っていたんだ」

「なんですって?」


 一応、ナディアに尋ねてみる。


「なあ、インバラトゥーリーヤー国に毒ヘビの踊り喰いって料理があるわけじゃないよな?」

「ないですよ! この国は、牙のある生き物は食べないので!」

「そういえば、言っていたな」


 ダルウィッシュから今朝聞いたばかりだった。


「その毒ヘビは、いかがなさいますか?」

「んー、殺してもいいが、とりあえずこのまま式に挑もう」


 もしかしたら、毒ヘビを放った者が動揺するかもしれない。


「オディル、他の料理に毒ヘビが混ざっていないか、確認してくれ」

「御意に」


 プリムヴェール国にいたとき、毒ヘビの処理はすべてオディルに任せていた。

 オディルは警戒しつつ、蓋を一つ一つ開けていく。


「……他は、問題ないかと」

「ありがとう」


 ということは、いきなり正解を引き当ててしまったのか。なんともツイていない。


「殿下、もうそろそろ、黒衣を纏ったほうがいいかと」

「そうだな」


 いきなり参加者がやってきて、腕に毒ヘビを巻いていたらビックリするだろう。


「あ、そうだ。毒ヘビ入りの皿を戻して、周囲の反応を見るか」


 もしも、毒ヘビを仕込んだ者がいたら、蓋を開くのをイヤがるだろう。

 エリーズは頷き、毒ヘビが入っていた皿に蓋を被せ、元の位置へ戻しておいた。


 それから五分と経たずに、参加者がやってくる。皆、黒衣を纏い、しずしずと会釈しながら席につく。


 私は腕に毒ヘビを巻き付けた状態で、招待客を迎える。黒衣を着ているので、他の人からは見えないけれど。


 招待客は全員で二十名ほどか。目元しか見えていないので年齢層はわからないが、立ち姿や雰囲気から幅広い年齢層が揃っていそうだ。


 結婚式は、預言者からのありがたい言葉を年長者が読み上げるところから始まる。

 恰幅のいい女性が、分厚い本を開いて朗々と読む。あまりにも長く、同じ調子で読むので眠くなってしまったが、毒ヘビの舌がチョロチョロ出ていることに気づいてハッとなる。

 毒ヘビを手にしたまま、眠るわけにはいかなかった。


 続いて、参加者からお祝いが贈られた。皆、金製品を持ってくる。中には金塊を持ってくる者もいて、驚いた。


 次に、結婚証明証にサインするらしい。すでに、ダルウィッシュの名前は書かれていた。私は隣に、じいやから教えてもらったインバラトゥーリーヤー語でアイシャと書いた。

 金の結婚指輪が運ばれてきたが、どうしたものかと固まってしまう。

 左手に、毒ヘビの頭を握っているからだ。


「あー、えー、うん」


 右手で指輪を受け取り、黒衣の長い袖で左手を隠す。そして、親指と人差し指で強く毒ヘビの頭と顎を押さえながら、素早く指輪を嵌めた。指輪を嵌めた指だけを見せる。

 すると、拍手喝采となった。

 なんとか上手くいったようで、ホッとする。


 これで、結婚式の儀式は一通り終了。あとは、ドンチャン騒ぎの食事会となるらしい。

 その前に、私が料理を確認し、一口ずつ食べる儀式があるようだ。


「では、ハーイデフ。手前にある料理を持ってきてくれ」


 ナディアが通訳してくれる。ハーイデフは顔色を変えずに料理の元へ向かい、皿を持ち上げた。

 動揺は、顔に出ていない。


「待て。ここに来る前に、蓋を開いてくれ」


 ハーイデフは「なぜそのように命じるのか?」と言わんばかりの視線を向けてくる。

 通常、目の前で蓋を開くので、そのような反応を示すのだろう。

 ハーイデフは首を傾げながらも、蓋に手を伸ばす。


「待て。皿を、床の上に置け」


 ナディアに通訳させた。さらに、理解できないという視線が向けられる。


「他の者に頼もう」


 ざっと、周囲を見渡す。全員、もれなく目元しか見えていないので、わかりにくい。

 しかし、一人だけ、瞳に動揺を映し出す者がいた。


「彼女に、頼もう」


 指さした先にいたのは、小柄で若いであろう娘。召し使いではない。


「前に。早く」


 娘はゆっくりと立ち上がる。肩が、ガタガタと揺れていた。


「そこの皿だ。その場で、開いてみろ」


 勘違いだという可能性がある。だが、娘はわかりやすいほど動揺していた。

 皿の前にしゃがみ込んだが、いつまで経っても触れようとしない。ナディアが急かすと、娘は蓋を強く押さえながら、皿を持ち上げる。


「そうだ。そして、その場で蓋を開き、皆に見せるんだ」


 先ほどから命じているが、娘は震えるばかり。


「早く!」


 大きな声で急かしたのと同時に、娘は皿を私に向かって投げつけた。

 娘の位置から私の元まで、三メートルはある。重たい陶器の皿と蓋が届くわけなかった。

 空の皿はパリーンと音を立てて盛大に割れ、娘はすぐさま宦官に押さえ込まれる。


「やはり、お前だったか。こいつを仕込んだのは」


 左手に持つ毒ヘビを見せると、悲鳴が上がった。

 娘は私を見つつ何か叫んでいた。ナディアがすぐに通訳してくれる。


「殿下のせいで、陛下と結婚できなかったと。彼女はおそらく、妃候補だったのでしょうねえ」

「そうか」


 その娘だけでなく、召し使いの女性はすべて妃候補らしい。だから、ハーイデフは私に反感を抱くような目で見ていたのか。

 もともと、後宮は多くの妃が住まう宮殿だったが、ダルウィッシュはそうそうに私以外の妃は娶らないと宣言していたようだ。

 後宮に集められた女性は実家に帰ったり、そのまま召し使いになったりしたと。

 唯一の妃である私を殺したら、新しい妃が迎えられると考えていたのか。

 愚かにもほどがある。


「先に言っておくが、私は毒ヘビや毒サソリには対処できる。害はないが、気持ち悪い虫も平気だ。変に凝ったことはせずに、堂々と戦いを申し込め。そのほうが潔く、美しい」


 全員まとめて相手になってやる。その言葉を、きっちりとナディアを通して宣言させてもらった。

 逃げ出す者もいれば、その場で震える者もいる。逆に、ハーイデフのように反感を抱いている者もいた。


 毒ヘビをその場に放ち、ナイフを投げて仕留める。

 阿鼻叫喚あびきょうかんの大騒ぎとなったが、いい見せしめとなっただろう。


 毒ヘビのせいで、せっかくの結婚式が台無しとなってしまった。

 私は悪くない。たぶん。

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