結婚式――どうしてこうなった!
どっかりと、主役が腰を下ろす席に座る。
会場には豪奢なメダリオン柄の絨毯が広げられ、その上にごちそうと思わしき蓋付きの皿が並べられていた。
インバラトゥーリーヤー国の召し使いはそそくさといなくなり、私達だけが取り残される。
「エリーズ、結婚式は、もう始まっている時間だよな?」
「え、ええ」
「なんで、誰も来ない?」
まさか、国王であるダルウィッシュと結婚したので、インバラトゥーリーヤー国中の女性から恨みを買っていたのだろうか。
それとも、皆会場を間違ってしまったのか。いや、それはないな。
腕組みしてどうしたものかと考えていたら、ナディアが話しかけてくる。
「ご安心を、殿下」
「何がご安心なんだ?」
「この国の者達は、時間にルーズなのです。一時間、二時間の遅刻は普通ですよ」
「結婚式なのに、遅れてくるのか?」
「はい。私も何回か、この国の結婚式に参加しましたが、遅い人は三時間後に来ますよ」
頭を抱えてしまう。
日本は定刻に始まるのは当たり前、プリムヴェールも公式行事に遅れるなんて言語道断。
時間に厳しい国で育ったので、信じられなくなる。
「……暇だな」
「何か、料理を摘まみますか?」
「いや、参加者がきていないのに、食べたら悪いだろう」
ナディアは目をパチクリしながら、私を見る。
「なんだよ」
「いえ、プリムヴェールの姫君ということで、もっとオラオラしていると思っていたもので」
「なんだよ、オラオラって」
「プリムヴェールは、王族同士で玉座争いをしているのでしょう? 今でも生き残っている姫君ということは、相当強い人なのだろうなと思いまして」
「私は――」
きっと、前世の記憶があったから、生き残れたのだろう。ただの姫君だったら、今頃死んでいた。
警察官のころ、たくさんの悪人と対峙してきた。慣れることは絶対にないけれど、悪意への心構えはすでにあった気がする。
刹那、視界が暗くなった。そして、前世の記憶がフラッシュバックする。
「――ッ!!」
ナイフで刺されたあと、一回だけ瞼を開いたとき、犯人の顔を間近で見てしまったのだ。
さらさらの黒い髪に、ぱっちりとした大きな瞳、整った目鼻立ちの若い男――。
「ダルウィッシュ……!」
ぐらりと視界が歪んだ。
「殿下!」
倒れそうになり、オディルが肩を支えてくれた。
「殿下、どうかなさいましたか?」
エリーズの質問に、答えることができなかった。
前世で、私を殺したのはダルウィッシュだった?
詳細は思い出せない。
蘇った記憶のダルウィッシュは、泣きそうで、胸が苦しくなりそうなほど切ない表情を浮かべていた。
ナイフを突き刺したくせに、どうしてそんな顔をしていたのか。
ダルウィッシュは私同様生まれ変わって、私と出会って、今日結婚する。
何か企みがあって、私と結婚しようとしているのか。
いいや、違う。
ぶんぶんと首を振り、思い浮かんだありとあらゆる恐ろしい思考を振りほどく。
今のダルウィッシュはダルウィッシュだ。いくら顔が似ているからと、同一視してはいけない。
それに十年間、文通していたときに感じた友情は嘘ではない。
前世で私を殺した犯人がダルウィッシュと似ているからと言って、今世のダルウィッシュも悪い人だと決めつけるのはよくないだろう。
できれば思い出したくなかったが……。
視界の端に、心配そうに私を覗き込むエリーズの姿が目に入った。
「殿下……」
「大丈夫だ。身支度に時間がかかったから、もしかしたら疲れているのかもしれない」
「紅茶でも、お淹れしましょうか?」
「そうだな。エリーズのお茶を飲んだら、元気になるのかもしれない」
エリーズはオディルを伴い、茶の用意をしにいった。
ナディアと二人きりとなる。
「あのー、プリムヴェール国のことをお聞きしても?」
「断る」
「はは、ですよねえ」
会話が途切れ、シンと静まりかえる。
「あの、黒衣は、結婚式が始まるまで、脱がれますか?」
「ああ、そうだな」
暑いわけではないが、鬱陶しい。黒衣を脱ぎ捨てる。
婚礼衣装も体にぴったりと沿うような形なので、落ち着ける服ではないが黒衣でいるよりはマシだ。
参加者は、きそうにない。あと、どれだけ待てばいいものか。
「よし、暇だから料理でも見るか!」
「では、一つお持ちしますね」
「いや、鉄球が重いだろうが」
「大丈夫です。時間もありますので」
ナディアは鉄球を引きずりながら、盆が被せられた料理を持ってきてくれた。
「たぶん、前菜だと思われます」
ナディアは片膝を突いて座り、目の前に皿を差し出してくれた。
「では、開きますね。ぱんぱかぱーん!」
インバラトゥーリーヤー国の料理は異国情緒たっぷりで、どれもおいしい。結婚式の料理だから、きっと特別な物なのだろう。ドキドキしながら見ていたが――。
「シャア!!」
皿に載っていたのは、とぐろを巻いたヘビ。蓋が開かれた瞬間、牙を剝きだしにして私のほうへ飛びだしてきた。
「うわっ!!」
「きゃあ!」
ヘビの牙が届く前に、頭を掴んだ。
三角形の頭を持つ、毒蛇だ。プリムヴェール国で、見たことがある。私を殺すために、布団に仕込まれていたり、風呂の中に入っていたりと、何度もコンニチワしたことがあったのだ。
この種類は、一度噛まれたら最後。即死する猛毒を持つヘビだ。
胸がイヤな感じにドキドキと高鳴る。まさか、料理の中にヘビが仕込まれているなんて。
ヘビは私の腕に巻き付いてくる。ぎゅうぎゅうと力強く締めるが、頭を強く握ると拘束力は弱まった。
「で、殿下! だ、大丈夫、ですか?」
「ああ、この通り平気だ。噛まれていない」
いったい、誰が料理にヘビを仕込んだのか。思わずため息が出てくる。
どうやら、私は嫁ぎ先でも命を狙われているらしい。
どうしてこうなってしまったのか。
美しいモザイクタイルの天井を見上げ、「ああ」と声をあげてしまう。