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通訳――新しい召し使い

 朝食後、後宮に戻ったら見知らぬ女性がいた。

 年の頃は三十前後か。そばかすがある白い肌に、波打ったアッシュブラウンの髪を一つにくくり、好奇心旺盛そうな琥珀色の瞳に、黒縁眼鏡をかけている。服装は、インバラトゥーリーヤー国の民族衣装ではなく、シャツにズボン姿。 

 明らかに、インバラトゥーリーヤー国の者ではない。何者なのか、一緒についてきたヘマームに視線を向けて問いかける。


「おい、ヘマーム。こちらの女性は?」

「通訳ダ」

「ほう?」


 私の言葉を召し使いに通訳できる者がいないため、急遽連れてきたのだという。


「何カ要望ガアッタラ、彼女ニ言エ」

「おう。助かる」


 ヘマームより、通訳の女性が紹介される。


「彼女ハ、ナディア」


 遠く離れた国からやってきた、学者らしい。インバラトゥーリーヤー国について研究しており、五年くらい滞在しているのだとか。

 インバラトゥーリーヤー国と我が祖国プリムヴェールの言葉を理解し、喋ることができるのは彼女しかいなかったらしい。


「粗相ヲシタラ、外ス。些細ナコトデモ、報告シロ」

「厳しいな」

「彼女ハ、我ガ国ノ、要注意人物ダカラナ」

「要注意人物だって?」


 ヘマームは気になることだけ言って、部屋から出て行く。

 思わせぶりな発言をしやがって。


「はじめまして、殿下! ナディア・アロウと申します。通称『物騒な王族の国』のプリムヴェールの姫君に会えるなんて、光栄です」

「お、おう」


 手を握られそうになった瞬間、エリーズが間に割って入る。


「殿下に触れることは、許しません。それと、失礼な物言いは慎んでいただくよう、お願いいたします」

「あ、ごめん。つい、嬉しくて。久々に、牢屋から出たものだから」

「は?」


 ナディアが身じろぐと、シャラリと音が鳴る。彼女の足には、鉄球が鎖で繋がっていたのだ。


「なんで、鉄球なんかしているんだ?」

「五年前、後宮に忍び込んだら、捕まってしまったんですよ」


 あははと笑っているが、笑い事ではない。五年以上インバラトゥーリーヤー国に滞在していると聞いていたが、大半は服役生活ということになる。


「なんで、後宮になんか忍び込んだんだ?」

「私、インバラトゥーリーヤー国の歴史と文化に大変興味があるのですが、もっとも興味があるのが宗教建築でして。中でも、後宮のモザイクタイルは世界でもっとも美しいと言われていたものですから、ぜひ、ひと目見たいなと」


 五年の服役生活を経て、やっと後宮に行くことができた。

 だから、ナディアはハイテンションだったのかと納得する。 


「なんていうか、大変だったな」

「いえいえ。そんなことないんですよ。服役中、絨毯を織ったり、焼き物を作ったり、レースを編んだりと、労働を強いられたのですが、これらの技術は頼んでも教えてくれないですからね。もう、最高の五年間でした」


 エリーズの表情が、不可解な生き物を見るものとなっている。おそらく、私も同じような表情だろう。

 鉄球に繋がれていても、天井のモザイクタイルを恍惚としながら眺めている。

 ナディアは、大変な変わり者のようだ。


 ◇◇◇


 結婚式の準備が行われる。

 数時間にわたり、体中を磨かれてぐったりしてしまった。

 花嫁衣装は全身白の、足下まで覆うストンとした形のドレスだ。袖は花模様の精緻なレースになっていて、大変美しい。

 頬にかかる髪は編み込まれ、後頭部で留める。大きな絹のリボンも結ばれた。

 ここで、母から受け継いだダイヤモンドの一揃えが登場する。エリーズが一つ一つ丁寧に装着してくれた。最後に、ヴェールを付けたら、結婚式の身支度は完了となる。


「殿下、おきれいです」

「エリーズ、ありがとう。今まで、世話になったな。これからも、よろしく頼む」

「はい」


 エリーズの声は震え、目は涙ぐんでいた。

 今まで、本当に大変だっただろう。こうして、彼女と共に晴れの日を迎えることができて嬉しく思う。


 感激していたら、ハーイデフがやってきて、全身を覆う黒衣を被せてくれた。


「ちょっと、これ、どういうことなんだよ」


 せっかくの婚礼衣装なのに、黒衣を被せるなんて。

 ナディアを呼び、説明してもらう。

 鉄球を引きずりながらやってきたナディアは、ハーイデフに話しかける。

 すると、ハーイデフはさも面倒だと言わんばかりの声色で、説明してくれた。


「はいはい、あー、なるほど。ありがとうございます。あ、じゃなくて、シュクラン~」


 ありがとうは、この国の言葉で『シュクラン』。勉強になった。


「殿下、あのですね、結婚式でも、最初は黒衣をまとうそうです。途中から、みんなドレス姿になると」

「ああ、なるほどな。わかった」


 世界には、さまざまな文化があるものだと、ヒシヒシと痛感する。

 エリーズとオディル、それから鉄球を引きずったナディアを連れて、結婚式の会場へと向かった。


 後宮から出て、公式行事が行われる宮殿へと足を運ぶ。

 相変わらず、どこもかしこも美しい。ナディアは「はー」とか「うう」とか、いちいち声をあげている。鉄球があって早く歩けないのをいいことに、建築物の美しさをじっくり堪能していた。まったく、いい性格をしている。


 結婚式の会場は、白亜の宮殿。中には、銀細工の花が埋め込まれた大理石の床に、白薔薇が飾られ、どこを見ても白、白、白という内装だった。


「ん、あれは、ダルウィッシュの席か?」


 一段上がった大理石の上に、一人がけの白革の椅子が置かれてあった。

 私の呟きに、ナディアが答えてくれる。


「あれは殿下の椅子ですよ」

「ダルウィッシュの椅子は?」

「ないです」

「は? だったら、ダルウィッシュはどこに座る?」

「ここにはいらっしゃらないかと」

「どういうことなんだ?」

「この国は、公式な場で男女が隣合って座ることはありえません」

「ってことは、結婚式は男女別なのか?」

「はい」


 文化の違いに、開いた口が塞がらなかった。

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