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朝――挨拶からはじまる

 暗い地下道を歩き、たどり着いた先は王の寝所。

 豪奢な絹織り絨毯が一面に敷かれ、私の部屋同様天蓋付きの寝台が置かれていた。

 ダルウィッシュはいない。じいやが一人で待っていた。


「じいや!」

「殿下!」


 手と手を取り合い、再会を喜ぶ。とは言っても、一日ぶりだけれど。ずいぶん会っていないような錯覚を覚えていた。

 じいやはインバラトゥーリーヤー国の民族衣装、白い布を頭から被り、黒い輪で留めたものに、白い服を黒い帯で締める服をまとっていた。


「今まで、何をしていたんだ?」

「陛下の寝室係を命じられまして、寝所を整えたり、着替えを手伝ったり、それから殿下のお話をしたりと、いろいろなお役目を命じられておりました」

「そうか」


 一点引っかかることがあったが、まあいいかと思考の隅に追いやった。


「陛下がお待ちです。どうぞ、こちらへ」

「おう」


 じいやに導かれ、寝室から食堂に移動する。

 真っ白な大理石の部屋に、食事用の絨毯が置かれていた。

 ダルウィッシュは、食事を前に丸くなって眠っている。クッションを置いているとはいえ、冷たい大理石の上でよく眠れるものだと感心してしまう。


「陛下は朝が弱いようで、あの通り、目覚めるまでに時間がかかるようです」

「あまり寝ていないんじゃないか? あのあと、一回起きて仕事でもしていたのか?」

「いいえ。戻ってこられてから、そのまま七時間ほど眠っていたかと」

「七時間も寝ていたら、十分だな」


 ツカツカとダルウィッシュに接近し、体を揺り動かしながら声をかけた。


「おい、ダルウィッシュ、起きろ!」

「はっ、アイシャの声がするのだ!」


 丸くなって眠っていたダルウィッシュは、すぐさま起き上がった。私を見つけ、ふにゃりと締まりのない表情で微笑む。


「サバーフル・ヘイル!」

「ん?」

「あ、これは、この国の朝の挨拶なのだ」

「サバーフル・ヘイル?」

「そうなのだ。よき朝を、という意味なのだ」


 サバーフル・ヘイルという言葉は、そのまま返せばいいものではないらしい。


「サバーフル・ヘイルには、サバーフン・ヌールと返すのだ」

「サバーフン・ヌール、か。これは、どういう意味なんだ?」

「光の朝を、という意味なのだ」

「ふうん。サバーフル・ヘイルに、サバーフン・ヌールか」

「挨拶は、それで終わらないのだ」

「は?」


 サバーフル・ヘイル――よき朝を!

 サバーフン・ヌール――光の朝を!

 サバーフル・ワルダ――花、特に薔薇の花の朝を!

 サバーフル・ヤスミーン――ジャスミンの朝を!

 サバーフル・フッル――マツリカの朝を!

 サバーフル・フール――ソラマメの朝を!


 これらの言葉を、交互に言うらしい。


「長い!」

「アイシャの国の朝の挨拶と比べたら、長いかもしれないな。たいていは、サバーフル・ヘイル、サバーフン・ヌールで終わる場合が多いのだ」


 挨拶はコミュニケーションで、長ったらしい挨拶をしている間に相手のことを知ることができるようだ。


「元気がなかったら声に張りがないし、具合が悪かったら顔色が悪い、そんな変化を、挨拶をしている間に、知ることができるのだ」

「なるほどな」


 意味を知ったら、長ったらしい挨拶だと言えなくなる。


「他にも、かしこまった場所では、アッ=サラーム・アレイクム――平安あれ、汝の上に、という言葉を交わすこともあるのだ。これに対する返答は、ワ・アレイクム・アッ=サラーム――そして汝の上に平安あれ」


 前にじいやから習った挨拶は、「平安を(サラーム)」だけだったが、これは簡略化された挨拶だったようだ。 


「挨拶一つで、いろんなものがあるんだな」

「仲が深まれば、たった一言だけでも問題はないのだ。こういった挨拶は、相手を理解するきっかけでもあるのだ」

「勉強になる」


 つい、話し込んでしまった。食事が冷めてしまうだろう。


 まず、陶器のボウルに金の水差しの水が注がれる。喉が渇いているので飲み干したくなるが、これは手を洗う水だ。

 次に、目覚めの一杯が配られる。カルダモンで香り付けされた、インバラトゥーリーヤー風の珈琲だ。茶請けの乾燥果物もソーサーに添えられている。

 目覚めの一杯を飲み干したら、ドーム状の蓋が開けられた。

 本日の品目は、パンケーキみたいなものに、巨大オムレツらしき一品、蒸したっぽい何かの豆に白いチーズがかけられたもの、そぼろ肉炒め、クスクスっぽい何か。他にも、食べきれないほど用意されていた。

 昨日出された料理とは、また違った雰囲気である。インバラトゥーリーヤー国の伝統的な朝食なのだろうか。

 この国の食材の知識が皆無なので、どれも未知なる料理だった。

 戸惑う私に、ダルウィッシュが料理について教えてくれる。


「アイシャ、これは、エイシというパンで、中が空洞になっているのだ。一口大にちぎって、好きな料理を挟んで食べるといいのだ」

「え、これ、パンケーキじゃないのか」


 パンケーキだと思っていたのは、まさかの中身が空洞になったパンだった。割ってみると、たしかにポケットみたいに具が入れられるようになっていた。


 食べる前に、いただきますをする。


神の御名においてビスミッラー


 ダルウィッシュも同じ言葉を呟き、食べ始める。


 まずは、そぼろ肉の炒め物をエイシに入れて食べてみた。


「んん!」


 うまい。エイシはもちもちしていて、ほんのり甘い。その生地に、ちょっぴり辛いひき肉の炒め物がよく合う。

 他の料理とも、相性は抜群だ。あっという間に、一枚食べきってしまう。

 切り分けた果物と、ヨーグルトを挟んでもおいしかった。

 あっという間に、お腹は満たされる。

 食後は紅茶と焼き菓子が出された。お腹いっぱいだと言いつつも、一切れ食べたら驚くほどおいしくて、三切れも食べてしまった。

 ここにいたら、確実に太ってしまうだろう。散歩や運動をして、脂肪を燃焼させなければ。


「そういえば、残念なお知らせがあるのだ」

「なんだ?」

「我が国には、永久婚と一時婚というものがあって、夫婦の宗教が異なる場合は一時婚しかできないのだ」

「永久婚と一時婚か。初めて聞くな」


 永久婚は未来永劫、死しても来世で結婚できると言われているらしい。

 一時婚は、限られた期間しか夫婦でいることができないという。


「一時婚の期間は、好きに決められるのだ。永久婚できないのは悲しいが、一応、百億年の期間を設けておいた」

「おいおいおい!」


 百億年も期間を設けておいたら、生まれ変わったとしても何度も何度も結婚しなければならないだろう。


「アイシャ、安心してほしいのだ。百億年後も、余はアイシャと一緒になることを望むから」

「はいはい」


 適当に返事をしておく。

 脱力しつつ、朝食の時間は過ぎることとなった。

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