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夜の舞踏――ではなく武闘

 夜闇に、人の気配がどろりと溶け込む。

 気配を殺しているつもりだろうが、私を騙せるものではない。

 転生し、三歳から十五年間、私は何度も殺されそうになった。

 そのため、自分以外の気配に敏感になってしまったのだ。


 今日の暗殺者は、物音一つ立てずに接近していた。

 殺意も感じない。

 感じるのは、静謐な夜の空気に混ざった異物感。

 使用人には夜、寝室に近づかないように命じてある。そのため、この異物感の正体は、暗殺者ということになる。


 むくりと起き上がり、暗殺者に声をかけた。


「おい、淑女の部屋に入るときは、ノックくらいしろよ」


 闇に溶け込んだ暗殺者は声かけに動揺することなく、意識を気配の遮断から殺意に切り替える。

 相手はプロの殺し屋だ。手加減は不要だろう。

 さっそくナイフが飛んできたが、鉄板付きの枕で防ぐ。それをそのまま暗殺者に投げつけた。


「ぐうっ!!」


 見事に、当たったようだ。

 まさか鉄板付きの枕が暗闇から飛んでくるとは思わなかったのだろう。


 ナイフを引き抜き、暗殺者に飛びかかる。

 振り下ろしたナイフは、キン! と音を立てて弾かれた。


 完璧な気配遮断能力だけでなく、確かな戦闘能力もあるようだ。

 後退すると、猛追してくる。が――暗殺者は派手に転んだ。

 その隙に馬乗りになり、心臓を一突き。しばらくジタバタ暴れていたので、別のナイフで頸動脈も切り裂く。

 暗殺者は息絶えた。


 じいやの作戦が、功を奏した。

 彼のアドバイスで、ピアノ線をいくつか部屋に張っていたのだ。見事、暗殺者は引っかかってくれた。

 おかげで、楽に殺すことができた。

 ふうと息をはき、教育係であり、侍従でもあるじいやを呼んだ。


「じいや、また、暗殺者がきたぞ!」


 数秒後、部屋からじいやが飛びだしてくる。

 自慢の口元のひげにはカーラーが付けられていて、頭にはナイトキャップが被さっている。

 昼間は威厳たっぷりの姿であるが、夜はちょっぴり可愛らしい。


「殿下、ご無事ですか!?」

「ああ、この通りだ」

「暗殺者はいかがなさいましたか?」

「殺した。なかなかの手練れだったが、じいやのピアノ線のおかげで、倒すことができたよ」

「さようでございましたか」


 最初の頃は、捕まえて捉えていればいいなんて思っていた。

 しかし、暗殺者は依頼を失敗すると、自害してしまうか脱走して再び殺しに来るかの二択だった。

 二度目の襲撃を受けるなんて、勘弁してほしい。

 一回、二度目の襲撃で死にそうになってからは、暗殺者は殺すようにしていた。

 何回人を殺しても、慣れることはない。夜、思い出して震えることも多々ある。

 けれど、殺さないと私が殺されてしまうのだ。

 この国で生きるために、必要なことだと割り切るしかない。


「殿下、ここは片付けますので、エリーズの部屋で寝ていてください」

「わかった。いつも悪いな」

「いえ。殿下の心労に比べたら、このような雑用、なんてこともありません」


 じいやの肩を叩いて労い、部屋を裸足のまま出る。

 ペタペタと大理石の廊下を歩きながら、ため息を一つ落とす。

 じいやはもう六十五だ。そろそろ退職金を与えて、役目から外さないといけない。

 けれど、じいやの代わりを任せられる者がいないのだ。


 ここは修羅の国。国王になるため、弟妹同士で殺し合いをする環境の中で、なかなか他人を信用することは難しい。

 新しくやってきた使用人が、他の弟妹の密偵だった、なんてことは一度や二度ではない。

 じいやは亡くなった母の教育係だった人で、生まれたときから世話をしてくれる。

 エリーズは母の親友だった女性で、八年前に彼女の夫が亡くなったときに侍女になってもらった。

 他に、私の乳母だったミレーヌと、下町で殺されそうになっているところを拾った娘オディルのみ、傍に置いている。

 他の者達は、いっさい信用していない。


 先月、十八歳になった。

 普通のお姫様だったら、社交界デビューをして、どこぞの王子に見初められて婚約し、母親と一緒に婚礼衣装の生地を選んでいるような時期だ。

 姫君らしいイベントは、一度もなかった。

 日々、暗殺、暗殺、暗殺である。すべて、阻止したが。


 悲惨な毎日ばかり送っていたので、すっかりやさぐれてしまった。

 口調も、おおよそ姫君が喋るものとはほど遠い。

 もしかしたら、前世よりも乱暴な喋りをしているかもしれない。

 ゆったり、のんびり、優雅な喋りなんてしている場合ではない。簡潔に言葉を発しないと、それが命取りとなる場合もある。

 この前も、エリーズが暗殺者に狙われたことがあった。

 彼女は三十六歳とそれなりの年齢だが、絶世の美女だ。おかげで、私と勘違いされるときがある。

 とっさに、「エリーズ、しゃがめ!」と叫び、彼女がそれに従ったおかげで投げられたナイフは空を切った。

 もしも、「エリーズ、危ないですわ。ナイフが飛んできておりますわ」なんて悠長に言っていたら、エリーズは死んでいただろう。


 修羅の世界を生き抜くには、貴族女性の教養や礼儀は不要なのだ。


 エリーズの部屋に音もなく入り、返り血を受けた寝間着を脱ぎ捨てる。体に血や臭いが付いていないことを確認し、エリーズの布団へと潜り込んだ。


「んん……」


 エリーズは身じろいだが、起きることはなかった。ホッと安堵の息をはく。


 彼女は苦労人で、三十も年上の男と結婚した。十六歳の社交界デビューのさいに、四十六のおっさん侯爵に見初められたのだ。

 おっさん侯爵は再婚だったが、エリーズは初婚。しかし、周囲はこの結婚に賛成していなかった。

 結婚してから、エリーズはさんざんな目に遭った。

 おっさん侯爵の親戚や子どもから、財産目的の結婚だと糾弾され、いわれなき悪女のレッテルを貼られる。

 子どももできなかったことから、一族に受け入れられることはなかった。


 母とは幼馴染みで、母が亡くなってからも逢いにきてくれる心優しい女性なのだ。


 そんなエリーズの辛い結婚生活は十二年も続いた。

 おっさん侯爵は、五十八歳の春に病気でぽっくり死ぬ。

 空気が読めないおっさん侯爵は、財産の九割をエリーズに継承させる遺書を書いていた。

 おかげで、エリーズは遺族の恨みを買い、覚えのない罪を被せられそうになった。

 じいやがいろいろ調べて私に報告してくれなければ、助けることはできなかっただろう。


 もちろん、おっさん侯爵の遺産の九割はエリーズが手にした。エリーズは権利を放棄したいと言ったが、これはエリーズが苦しんだことへの慰謝料である。受け取ることを強く勧めたら、素直に聞いてくれたのだ。


 たまに、命は助けてやるからエリーズを寄越せという輩もいるが、私の大事なエリーズだ。渡すわけにはいかなかった。 


 そんなわけで、エリーズは再婚もせず、私の侍女をしてくれている。

 お金はたっぷりあるし、社交界一の美貌はまだまだ健在だ。幸せな第二の人生を送ってもいいのに、私のそばにいてくれる。

 私のせいで、危険な目に遭ったことは一度や二度ではない。

 それでも、エリーズはそばにいてくれた。

 なんだか、涙が出てくる。

 なぜ、彼女はずっと私と共にいてくれるのか。

 エリーズだけじゃない、他の使用人もだ。


 みんながいてくれるから、私は前を向いて生きていられるのかもしれない。


 使用人以外に、もう一人頭に浮かんだ。

 見ず知らずの、砂漠の王子。

 八歳の頃から十年間も文通していた。

 あまりにも頻繁に返信するので、エリーズやじいやに手紙を代筆してもらうこともあった。

 雑に扱っているが、彼の存在も、私の生きる糧になっているのかもしれない。

 だって、文通相手は私一人しかいないというのだ。

 私が死んだら、文通友達がいなくなってしまう。

 可哀想なので、私は生きて返事を書き続けなければいけなかった。

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