炎上――遊牧民の野営地
太陽が沈みゆく空に、黒煙が舞い上がる。
遊牧民の野営地を、盗賊が襲っているようだ。
黒い点が、ポツポツと見える。あれが、盗賊なのだろう。時折キラリと輝くのは、ナイフか。
ふいに、風が吹く。人の嘆きを拾って、耳に届けたような気がした。
全身鳥肌が立ち、自らの肩を抱きしめる。
「マタカ……」
「またかって?」
「砂漠ヲ横断スレバ、盗賊ニ出会ウ。イチイチ、相手ニシテイラレナイ」
「は!?」
これらの光景は、砂漠では珍しくないらしい。へマームはごくごく事務的に、遊牧民を見捨てて迂回路を通って王都へ向かうと言った。
「おい、見捨てるって、正気か!?」
「砂漠デハ、強キ者が生キ残ル。仕方ガナイコトダ」
「お前、なんで、そんなことを言えるんだ!?」
「ソウシナイト、生キテイケナイ」
「そんな……!」
今から世話になるはずだった人達を、なぜ切って捨てることができるのだろうか。
見ず知らずの私を、受け入れてくれると言った優しい人達なのに。見なかった振りをするなんて。私には、とてもできない。
「妃ヨ、早ク」
「うるさい! 迂回路へは、お前一人で行け! 私は、あの人たちを助けたい!」
「愚カナ。自ラ、命ヲ捨テルト、イウノカ?」
「命を捨てるわけないだろう? 私の命を、誰かを救うために使うんだよ!」
へマームのばーか! と言ってラクダから飛び降りる。
ダルウィッシュからもらった短剣を腰に差し、使い慣れた剣を手に持つ。
「オディル、ついてくるか?」
「もちろん」
オディルも同じように、剣を手に持って降りてくる。
幸い、この辺りは浅い砂地だった。底なし沼のように、足が沈むことはない。だからこそ、遊牧民の野営地に選ばれたのかもしれない。
両足で砂を踏み、石や土の地面との違いを確かめる。
大丈夫。やれそうだ。
「エリーズ、じいや、あとは頼んだぞ!」
何を頼むのか自分でも言っていてわからないが、とにかく声をかけておく。
エリーズとじいやは、止めやしない。
こういうとき、止めても無駄だと知っているのだろう。
『あれが、陛下の生命……!』
へマームが何やらぼそぼそと呟いていたが、インバラトゥーリーヤー語だったので何を言っているのかわからなかった。
太陽はあっという間に沈み、黒衣を纏う私とオディルの姿を闇に溶かしてくれる。
走って遊牧民の野営地へ近づいた。
燃えているのは、中心に置かれたテント。焼け落ちた部分から、干し草が見える。どうやら、家畜の餌用のテントが燃えているようだ。
盗賊の数は、七名ほど。野営地に乗り捨てられたラクダの数で、盗賊の数を把握する。思っていたよりも、少人数だった。武器を持たない遊牧民を脅し、遊牧民の財産である絨毯や刺繍を奪っているようだ。
残念なことに、すでに数名の遊牧民を手にかけている。若者とみられる男性が大量の血を流し、倒れていた。
嘆きの声と、すすり泣きがこだまする。
遊牧民らは一カ所に集められ、三名の盗賊が見張っていた。
残りの盗賊は、遊牧民のテントを漁っているようだ。
おそらく、家畜の餌を入れたテントは、見せしめのために燃やされたのだろう。
『へへへ、大漁だな』
『弱っちい奴らばかりで、助かったぜ』
まず、二名。すっかり油断しきっている。 テントを支える四カ所のロープを、オディルと協力して切った。すると、テントはしぼみ、ただの布と化す。
『うわっ!?』
『なんだ!?』
あとは簡単だ。テントの上から、盗賊を刺し殺せばいい。わかりやすくジタバタと暴れるので、苦労することなく仕留めることができた。
オディルも同様に、盗賊を刺し殺す。
残りは五名。
二名分の断末魔を聞き、盗賊がこちらへと駆けてくる。
テントの影に隠れた状態から飛びだし、盗賊の首筋を切り裂いた。あとからやってきた盗賊は、オディルが短剣で胸を一突き。ふらついた盗賊の胸に刺さったナイフの柄に拳を打ち込んでいた。残りは、見張りをしていた三名。
統率がまったく取れていないのだろう。わらわらと、三人一列に並んでやってくる。
『どうした!?』
『何事だ!?』
『誰か、隠れていたのか!?』
身に纏っていた黒衣を盗賊へ投げつけ、その辺に落ちていた酒瓶で殴った。
一人体勢を崩したら、ドミノのように倒れる。
オディルが火の点いた干し草の塊を持ってきて、盗賊の上にバサリとかけた。
布は酒を含んでいたので、瞬く間に炎上した。
「はあ、はあ、はあ……!」
終わった。そう思っていた。しかし――。
「殿下!!」
もう一人、盗賊は潜んでいたようだ。目の前の敵を相手にすることで、頭がいっぱいだった。
振り返ると、盗賊の男が三日月のような剣を振り上げている。
回避は、間に合わない。歯を食いしばって、衝撃に備える。
「ぎゃあああああ!!!!」
断末魔の叫びがあがる。それは、私の喉から発したものではなかった。
「ん?」
ぎゅっと瞑っていた目を開くと、ヘマームの姿があった。
盗賊は、首から血を流し、白目を剝いて倒れていた。
「あ――」
「妃ヨ、怪我ハ、ナイカ?」
「お、おかげさまで」
エリーズとじいやが走ってやってくる。
「殿下ー!」
「殿下、ご無事ですか!?」
二人に無事を知らせるため、両手で大きく手を振った。