砂漠――ラクダとともに
「荷物ハ、コレダケカ?」
「ああ、そうだ」
私物が詰まった鞄を、ラクダの鞍に乗せてもらう。
荷物は、あまり多くない。ダルウィッシュが「身一つで嫁いできてもいいのだ」と言ったので、お言葉に甘えている。
持っていたドレスや靴などの私物は、母と同じように寄付してきた。
母の形見である一揃えの宝飾品と最低限の着替えと武器を持って、祖国から旅だったのだ。
ラクダは想像していたよりも大きかった。きちんと手入れされているようで毛並みもよく、獣臭もしない。クソ暑いので、撫でようとは思わないけれど。
ラクダ専用と思われる鞍に、精緻なアラベスク模様の織物がかけられている。
へサームの命令で、ラクダは地面に膝を突く。さっそく跨がってみたが、馬のような安定感はない。
皆、問題なく跨がることができたようだ。砂漠を進んでいく。
ラクダは馬よりも大きいようだ。跨がったときの高さが、まるで違う。落ちないように気を付けなければならない。
「おっ……、お、おお……!」
ラクダは楽だ。なんてダジャレは誰が考えたのだろうか。乗り心地は、正直に言ったらよくない。左右上下に揺れて、気持ち悪くなる。
でも、人を乗せて不安定な砂漠の道のりを歩いているのはかなりすごいことなのだろう。ラクダに感謝しなければならない。
ラクダ、ありがとうな!
それにしても、暑い。じりじりと照りつける太陽が、容赦なく体温を上げてくれる。黒衣の下は、汗でびっしょりだ。
見渡す限り、砂、砂、砂で、この地が不毛の地と呼ばれるのも不思議ではないと思ってしまう。
地面に視線を向けると、おなじみの毒サソリがわさわさと歩いていた。一か月以上もご無沙汰だったので、なんだか懐かしく思ってしまった。
猛毒を持っているが、案外大人しい奴なのだ。
インバラトゥーリーヤー国の王都まで、ラクダで一日半の移動を行う。
夜は遊牧民の野営地にお邪魔して、一晩過ごすらしい。転生してから、野営なんてしていなかったので、ちょっぴり楽しみだ。
一時間ほど移動し、砂山の影で休憩する。
「じいや、腰は大丈夫か? 暑さでバテていないか?」
「平気です」
「エリーズは?」
「問題ありません」
「オディルは、平気そうだな。よかった」
慣れないラクダでの移動なので、心配だったが大丈夫みたいだ。
長年、暗殺者に狙われていた私に仕えていただけある。タフな使用人ばかりで、頼もしい。
私達がラクダから降り、無事を確認している間に、ヘマームは砂漠に敷物を広げていた。
『ココニ、座レ』
「ああ、ありがとうな」
ヘマームは慣れた手つきで、コーヒーを淹れてくれた。鍋に砕いたコーヒー豆と砂糖、水を入れて、しばし煮込む。これが、砂漠風のコーヒーらしい。インバラトゥーリーヤー国では、コーヒーのことを『カフワ』と呼んでいるのだとか。
飲んでみたら、驚くほどおいしかった。
「なんだ、これ、おいしい。ヘマーム、お前、カフワ淹れの天才なのか?」
「皆、コレクライ、デキル」
「謙虚な奴だなー」
ヘマームを褒めても、表情はいっさい変わらない。まあ、目元しか見えていないので、もしかしたら顔が真っ赤になっているのかもしれないけれど。
コーヒーは漉していないので、カップの底にコーヒー豆が残っている。上澄みだけを上手に飲むらしい。知らなくて、コーヒー豆を噛んでなんとも言えない気分を味わった。
茶菓子代わりの、乾燥果物も出してくれる。
この世界では名称が違うだろうが、アンズ、マンゴー、ブドウにオレンジなど、さまざまな種類の果物を食べさせてくれた。
「これって、インバラトゥーリーヤー国で生産された果物、ではないよな?」
「チガウ。食料ノ七割、輸入」
「へえ、七割なんだな。もっと輸入に頼っているのだと思っていた」
この砂漠の地でも、食料を得ることができているようだ。
「インバラトゥーリーヤー産の食料は何があるんだ?」
「羊、山羊、鶏、家畜。魚、沿岸デ沢山穫レル。農耕地モ、少シダケアル」
「へー。けっこういろいろあるんだな」
農作物のメインは香辛料らしい。この地にしか育たないものもあるようで、高値で取引されているようだ。
「きゃっ!」
エリーズの悲鳴が聞こえた。毒サソリが、敷物の上をカサカサと歩いていたようだ。
急いで摘まみ、遠くへと投げる。
「ふう。危なかった。エリーズ、大丈夫か?」
「え、ええ。ありがとうございます」
「いや、いい」
三日に一度は毒サソリとコンニチハしていたので、慣れたものだ。
たまに毒がないサソリが送られてくることもあったが、そちらは美味という噂話を聞いていたので、オディルに頼んで油でカラッと揚げて食べていた。エビのような風味で大変おいしかった。
エリーズに言ったらドン引きされるので、オディルと私の秘密である。
『ソロソロ、行コウ』
「ああ」
敷物を丸め、出発する。
太陽が沈むと、気温が一気に下がるらしい。そのため、日没までに遊牧民の野営地を目指したい。
どこを見渡しても砂という中を、へサームは迷うことなく進んでいく。
目印がないなか、道案内できるのは本当にすごいことだ。
どうやって道順を記憶しているのか、謎が深まる。
順調に進んだため、日没前に遊牧民の野営地を発見できた。が、何かがおかしい。
「んん、なんだ?」
キャンプ地から、炎が上がっていた。キャンプファイヤーにしては、大きすぎる。
「アレハ――盗賊ダ!」
へマームの呟きに、一同言葉を失ってしまった。