表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/33

到着――インバラトゥーリーヤー国

 船から降りる前に、エリーズから黒い布地を手渡される。


「殿下、インバラトゥーリーヤー国では、女性は肌を露出してはいけないことになっております。こちらをお召しになってください」

「暑そうだな」


 広げてみると、目元以外すべて体を覆うものでうんざりする。

 砂漠地帯を黒い布地を被って行動するなんて、自殺行為としか思えない。

 だが、郷に入れば郷に従えとも言うし、インバラトゥーリーヤー国に嫁ぐからには国の決まりに合わせなければならないだろう。

 目元だけ日焼けしないよう、エリーズはクリームをたっぷり塗りたくってくれた。本当に、ありがとうございますと言いたい。


 エリーズとオディルも、同じように黒い布地をまとっていた。

 一方、じいやは頭にターバンを巻き白い貫頭衣に帯を巻くという、女性の目出し服よりは涼しそうな恰好でいた。男性は、この恰好が主流のようだ。


「いいな、じいやは涼しそうで」

「しばしの我慢ですぞ」

「はいはい」


 こうして、インバラトゥーリーヤー国へ足を踏み入れる。


 砂漠の国インバラトゥーリーヤー。

 太陽はじりじりと焼け付くような暑さで、地面は砂地で照り返しが強い。

 けれど、日本の夏のように、湿気からくるじめじめ感はまったくない。

 すっきりとした暑さ、といえばいいのか。まあ、暑いことに変わりはないけれど。


 すれ違う人々は、皆白か黒の服をまとっている。たまに、ターバンの色が違ったり、帯色が派手だったりと、違いはあるが基本シルエットは同じだ。

 女性も目出しの黒衣をまとい、優雅に裾を翻しながら歩いている。


 通りには喫茶店が並び、皆コーヒーを飲んでいた。


「あれ、女の人はぜんぜんいないな」


 数軒の喫茶店を覗き込んだが、女性の姿は一人も見かけない。その理由を、じいやが教えてくれた。


「喫茶店は、男性の社交場だからですよ」

「は? 女は、喫茶店で茶を飲んではいけないのか?」

「まあ、そうですね。行けないこともないのですが、悪目立ちしてしまうでしょう」

「なんだ、そりゃ。差別じゃないのか?」

「いいえ、そうではないのですよ」


 喫茶店は男性しか利用できないという点は、男尊女卑ではないとすぐにじいやは釘を刺す。


「女性の社交場は他にあり、家と浴場で会話を楽しむそうですよ」

「あ、もしかして、外では黒衣を脱げないからか?」

「そうみたいですね」

「そっか。そういうことだったのか」

「逆に男性は、家に人を招いてお茶を飲むことはできませんからね。それをしたいときは、喫茶店に集まらないといけません」

「なるほどなあ」


 夫が友人を家に招いたら、妻はいろいろともてなしをしなければならないだろう。

 けっこう面倒くさいことなので、それをしなくていいのならば案外楽なのかもしれない。


 国にはさまざまな歴史や文化があり、人々はその中で生きてきた。

 一見男尊女卑のように見えて、うまく住み分けができている国のようだ。


 街の外には、王都から迎えがやってきていた。

 やってきたのは、この前ダルウィッシュの護衛をしていた黒衣の戦士と、人数分のラクダだけ。

 そうか。砂漠だから、移動手段はラクダ一択なのか。


 じいやがまず、インバラトゥーリーヤー語で話しかける。


『あの、迎えはこれだけですか?』

『そうだ』


 じいやはシュンとする。


「おい、じいや、どうしたんだ?」

「あ、いえ。迎えの者が、まさか一人だけとは思わず」

「まあ、百七名も妃がいるから、こんなものだろう。彼はダルウィッシュの護衛をしていた。大事な護衛を寄越してくれることは、最大の配慮だろう」


 それに、自力で王都まで来いといわれないだけマシだ。そう言って、じいやの肩をポンと叩く。

 さあ出発だ。そう言おうと思ったそのとき、黒衣の戦士が片言で話しかけてきた。


「砂漠、盗賊団、デル。大人数、狙ワレル、危ナイ」

「おお、お前、うちの国の言葉、喋ることができるんだな!」


 大型犬をよーしよしよしと撫でるときのように、「偉いぞ!」と叫んでしまった。

 一方で、じいやは顔色を青くしている。

 意味がわからないだろうからと喋ったことが、相手に伝わっていたからだろう。


マリクカラ、サィフ、預カッテ、来タ」


 たまに、意味がわからない単語が入るが、ニュアンスで理解する。

 きっと、ダルウィッシュから品物を預かってきたのだろう。

 手渡されたのは、三日月のように湾曲した短剣。引き抜くと、鋭い刃が私の姿を映し出す。


「王カラ伝言。コノ国デハ、襲イクル者、スベテ殺セ、と」

「ああ、なるほどな! わかった。心配するな。そういうのは、慣れている」


 黒衣の戦士は驚き、目を見張ってた。暗殺慣れしている妃というのは、百七人の中に一人もいなかったのだろう。


「もしも盗賊団が現れたら、じいやとエリーズを守ってくれ。私とオディルは大丈夫だろうから。あ、自己紹介をしていなかったな。私の名は、アイシャ。アイシャ・アナベル・シャルロワ=マルシャンだ」

生命アイシャ……!」


 なぜか私の名を復唱する。そういう覚え方をする人なのかもしれない。


「こっちが、じいや。イヴォン・ル・ヴォートリエ。お爺さんだから、優しくしてやってくれ」


 じいやは黒衣の戦士に握手を求める。この国での、男性同士の挨拶らしい。


「彼女は侍女のエリーズ・ル・ネルヴェル。怒ると怖いから、怒らせないほうがいい。年齢は三十六歳だ」

「殿下、あとの二つは、余計な情報ですよ」


 エリーズの抗議は無視して、オディルを紹介する。


「こっちはオディル・カンタール。メイドだ。私以外の人間は見えていないから、無視されても気にするな」


 オディルは会釈もせず、その場に佇むばかり。相変わらずだった。


「それで、お前の名前は?」

「へマーム」

「へマームか。よろしくな!」


 手を差し出したら、ぎゅっと手を握り返してくれた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ