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世界最強はレベルが5。



男は魔王を倒し、世界を救った。

世界で最も強く尊敬された男は勇者と呼ばれ、英雄として名を残す。

男もまた、それが自らの誇りであった。

勇者として魔王を倒した。

己は強い。

世界一強い、と自負し、強者として振る舞う。

男は勇者となり、英雄と呼ばれ、生涯胸を張って生きていく…………はずであった。





「勇者様」

「誰だ」


とある夜、酒場から自宅へ戻ろうとした勇者を呼び止める乙女の声。

振り返ると薄桃色の髪を足首まで伸ばした、質素な服の少女。

首や手首、足首には鎖のついた堅牢な枷。

あまりに見窄らしい少女に、勇者は戸惑った。

こんな姿の少女、魔王を倒してから見なくなっていたのに。

というか普通に可愛い。

下心含みで勇者は「なんという事だ」と驚いて見せ、剣を抜いて手首の枷を叩き切った。


「なにがあったのだ? 私が君を助けてみせる。話してくれ」

「あ、ああ、勇者様……やっぱり勇者様は存在したんですね……!」

「もちろん、私は勇者! 困っている女の子を放っておくようなことはしないさ!」


キラン。

輝く歯を見せて、爽やかな笑顔を忘れない。

だって勇者だもの。

少女の安堵の笑顔にウインクもくれてやった。

これで大体の女は落ちる。

これで彼女も……と、思った勇者の手を、少女が弱々しく握った。

冷たい手に肩が跳ねる。

少女はまた表情をくしゃりと歪ませて、勇者の手に額を押し当てた。


「助けて……助けてください……」

「あ、ああ……もちろんだ」


なにやら事情があるに違いない。

ちょっと面倒だなー、と思わないでもなかったが、泣いている女の子を助けてこそ勇者。

彼女の震える肩に優しく触れ、事情を話すように促す。


「一体なにが君をそんなに悲しませるんだい? 困っているなら力になる」

「勇者様、実はわたしの世界が魔王に侵略されているのです」

「わたしの、世界? 君は異世界から来たのか?」

「はい。ワールドゲートという、古に異界の勇者によりもたらされた、禁忌の魔法を使って……」

「異界の勇者……」


古に、ということは、その勇者はもういないのだろう。

しかし禁忌の魔法とは。

わずかな不安を感じながら、少女の涙を指先で拭う。


「それで、私はなにをすれば君の涙を止められるのかな」

「お願いです! わたしの世界をお救いください! わたしがワールドゲートで勇者様をわたしの世界へご案内します……わたしの世界を……!」


助けて。

消え入りそうな声で懇願されて、ここで「NO」と言う男は勇者じゃない。

男は勇者なのでもちろん答えはーーー。


「わかった! 私が君の世界を救うと約束しよう!」

「ほ、本当ですか⁉︎ 本当に……?」

「ああ」

「っ……! ありがとうございます! ありがとうございます!」


少女がはらはらと涙を流す。


ーーーー勝った。


まだなにとも戦っていないのに、勇者は確信した。

内心で拳を握り締め、強く頷く。

勝ち組のドヤ顔で、親指を立てつつ少女を覗き込む。


「ではすぐに助けに行こう!」

「よろしいのですか⁉︎」

「もちろんだとも!」

「あ、ああ、聖剣よ……これが勇者様なのですね……なんて頼もしい、素敵な方なのでしょうか……! ありがとうございます! なんとお礼を申し上げていいのか……」

「いやいや……勇者として当然のことだよ」


鼻の下が伸びているのに気付いているのかいないのか。

頭を掻きながら「魔王倒せば終わりだろう? サクッと倒して彼女を娶ろう」と決め込んで、少女に向き直った。

ほんの一昔前は強さを求め、国や民に期待されるがまま魔王と戦い討ち滅ぼした勇者。

あの頃はただ、己の強さを見せつけたかった。

世界に「俺は強いのだ」と思い知らせる為だけに己の強さを磨き上げ、魔王に挑んだのだ。

青春は鍛錬に注ぎ込み、己の精神と肉体を極限まで追い込む日々。

世界最強になった男はーーー反動で今思春期真っ只中なのである。

頭の中は女の子とイチャイチャすることばかり。

現在進行形で『このまま宿に行きたい』と喉まで出かかっている。

しかし、それは彼女の願いを叶えてからでもいいだろう。

いや、むしろその方が色々と燃える。

凄い夜になること間違いないよね、と頭の中のお花畑は大炎上していた。

なにより質素な白のワンピースを着た少女の柔肌ときたら……。

薄汚れてはいるものの生娘特有の甘い香り。

整った顔立ちは今、喜びと安堵で頰や唇が上気しており、なによりまだ涙が溜まったまま。

肌が白いので肩や胸元がほんのりピンク色になっていくのがなんとも……。


「勇者として、当然…………すけべしたい」

「はい?」

「いやいや。なんでもない」


口を押さえた。

危ない危ない。


「では、わたしの世界へご案内します! 勇者様、どうかわたしの世界をよろしくお願いいたします!」

「あ、ああ! 任せたまえ! 大船に乗ったつもりで!」

「はい!」


少女の満面の笑顔。

その笑顔にスン……と一瞬だけ欲望はなりを潜めた。

あれ、もうこの笑顔だけで良くない?

一瞬だけそう思ったが『いや、やっぱり抱きたい』と、欲望が上回った。

少女が両手を広げ聞き慣れない言葉を紡ぐ。

風が巻き上がり、空間はゆらゆらと陽炎のように歪み始めた。


「そうだ……君の名前は!」

「アリアです! お願いいたします、勇者様……わたしの世界をーーーー」

「アリア⁉︎」


空間が大きな口を開き、少女が遠ざかる。

え? 待って? 一緒に行くんじゃないの?



「わたしの世界を……お願いします……」


「アリアーー⁉︎」



涙を散らしながら、笑顔で勇者を見送る少女。

空間は閉じて、勇者はぐるぐるとしたトンネルを落ちていく。

少女の名前を呼ぶが、声は虚しく響くだけ。

真っ逆さまに落ちていく。

ハッと目を覚ましたら、そこは草原の真っ只中。

そして勇者を覗き込むのはアリア……ではなく、アリアに似た顔立ちの子ども。

上半身を起こす。

そして、辺りを確認した。


「君が勇者?」


不満げで少し低い声。

警戒されているのか。

上半身だけ振り返って見ると、長いローブを纏った子ども。

顔立ちは可愛らしいが表情は可愛くない。

こちらを睨むような、不満そうな表情。


「そうだ」

「嘘でしょ⁉︎ 僕より弱そうじゃん⁉︎」

「な、なんだとぉ⁉︎」


立ち上がり、子どもを睨み下ろす。

やはり幼い子どもだ。

歳は十二か十三……勇者よりも半分以上年下に違いない!


「俺は魔王を倒した! 世界最強の勇者だぞ!」

「えぇ〜? 本当かなぁ? じゃあステータス見せてよ」

「いいぞ!」


ステータス、と声に出すと四角い画面が現れる。

一般的な、誰でも使えるスキルだ。

それを他人が見られるように設定して、少年へ見せてやる。


「は? レベル5……? やっぱり僕より弱いじゃないか!」

「は? レベル5? ば、バカ言え! 俺はレベル100……」


少年の悲鳴じみた叫びに慌てて死ぬ気で極めた己のステータスを見直す。

……するとどうだ?

レベル100を超えていたステータスが、レベル5に下がっている。

体力や物理攻撃力などの数値も、一様に低下していた。

これは、一体何事か。


「ど、どういうことだ……ステータスが下がってる……」

「ステータスが下がってる? そんなことあるわけが……」

「だが実際俺はーーー」


ぐるるるる、という唸り声が二人の会話を遮る。

二人で恐る恐る唸り声の方を見ると、そこには腐敗したドラゴン。

え? ドラゴン?

勇者は体が硬直した。

ドラゴンなんて、魔王の城でしか見たことがない。

見たところここはただの原っぱ。

なぜこんなところにドラゴンがうろついておられるのか。


「しまった、魔力を嗅ぎつけられた! おい自称勇者、お前弱いけど弱いなりに戦いの心得はあるんだろう⁉︎ 餌にならない程度に奴の気を逸らせ! その間に魔法で……」

「ふ、ふざけるな! この俺を囮に使おうというのか⁉︎」

「お前そのくらいしか取り柄ないだろ⁉︎」

「あるわ、取り柄くらい! 大体なんだお前! アリアはどこへ……」

『グルゥウアァァ!』

「「あーーーー!」」


ドーン、と巨大なドラゴンの足が二人の間に落ちてくる。

左右に飛び、その攻撃はなんとか避けられた。

だが、ドラゴンだなんて。

ドラゴンなんてしっかり装備とアイテムを整えて、これからドラゴンを倒すぞ、と気合を入れて、何度か小手調べをして対策を立て、ようやく倒せる生き物だ。

それが突然襲ってくるなんて、誰が想像しただろう?


「く、くそ! ガキ! こいつを倒せる魔法は使えるのか⁉︎」

「バカにするなよ自称! 僕はべッキルディガル魔法大学院を首席で卒業し、最年少でアルノワール王国筆頭魔法使いに指名された天才……」


ドーン。

セリフの途中だが子どもの真横にドラゴンの足が落ちてきた。

咄嗟に剣を抜き、駆け出していく。


「風刃剣!」


剣圧に風を纏わせ放つスキル。

ドラゴンの足にぺちっと当たる。

そう、本来なら一撃でゴブリンを倒せるほどの威力を誇るスキルが効果音『ぺちっ』っときたもんだ。


「…………これはひどい」

「自覚あるなら逃げ回って引きつけておいてよ! 行くよ!」

「ちくしょう!」


『風刃剣』を撃ち、ドラゴンの気を自分に向けさせる。

その間にあの子どもは詠唱を始め、足下には白銀の魔法陣が描かれていく。

ーーー魔法。

勇者の世界にも魔法はあった。

あったが、あんな子どもが一人で魔法を使うなんてことはありえない。

魔法とは高位の神官が長年修行して、精霊と心を通わせることで、ようやく扱えるようになるものだ。

あの子どもはどこぞの司祭のご子息か?

いや、忘れるなかれ。

ここは『アリアの世界』。

異世界なのだ。

駆けずり回りながら思い出し、そしてじんわりと嫌な汗が滲む。


四属性流星波(エレメント・バスター)


赤、青、黄色、緑の光が線となり、ドラゴンを貫く。

胸の鱗が僅かに剥がれ、派手な蒸気が上がる。


「!」

「走るぞ!」


ふわり、と体に浮遊感。

子どもに手を引かれ、全速力でその場を離れる。

あれだけ走らせて、また更に走らせるというのか。

文句を言う状況ではない。

確かにあのドラゴンは、ステータスの下がった自分の手には負えなかった。

奥歯を食いしばる。

何故だ、自分はーーーー。



「はあ、はあ、はぁ………こ、ここまでくれば………」

「クソォ!」

「⁉︎」


森の入り口まで来て、子どもが後ろを振り返る。

木の幹へ思い切り拳を叩きつけ、叫ぶ。

かつてならこの程度の木、この拳一つで真っ二つにできた。

なのに今は、じんわりと痛みが感じられる。

こんな痛みは久しぶりだ。


「何故だ……! 俺は世界最強になった男だぞ……⁉︎ どうしてこんな事になってる⁉︎ 俺はレベル100を超えた唯一の存在! 勇者と呼ばれ、魔王を倒した! ドラゴンなんかで手こずる男じゃない! なのに!」

「…………」

「なんでレベル5になってるんだぁぁあぁ!」

「魔物が寄ってくるから叫ばないでくれる?」

「っ」


後ろで冷静に言われて、力が抜ける。

だが歯の奥は噛み締めたまま。

理解できない。

世界の頂点に立った男が!

レベル、5!


「事情はわからないけど、古の勇者はレベル1000を超えてたって伝承が残ってたんだけどな」

「それって、アリアが言ってたやつか?」

「そうだよ。アリアは僕の双子の姉。魔力は桁外れに高かったけど……僕の国では魔力が高い女は魔女とされて殺されるか、一生檻の中。勇者を異世界から召喚することを条件に外へ出されたんだ」

「っ……!」

「なのにまさかこんなしょぼい勇者を連れてくるなんて……」

「しょぼっ⁉︎ ……いや、待て、アリアは……そういえば彼女はどこだ?」

「ワールドゲートは一人しか移動させられない。僕が異世界にアリアを送り、アリアが勇者をこちらへ戻す。一方通行な魔法なんだ」

「なっ」


ならアリアはあの世界に残ったままということか。

そんなバカな。

彼女は故郷を自分に託して、たった一人で見知らぬ世界に?


「…………」

「はあー、仕方ない。ワールドゲートは一人の魔法使いが生涯で一度しか使えない魔法。しょぼくても、君が勇者なら……」

「な、なんだと? 待て! 生涯で一度だけ⁉︎ じゃあ俺は……、か、彼女は⁉︎」

「アリアは承知の上だ。君のことは僕以外の魔法使いがなんとかするんじゃない? でもおいそれと使える魔法じゃないから、本気で帰りたいなら相応の働きをしないとダメだと思うよ。魔王を倒すとか、ね」

「なっ、なんだよ、それ!」

「ほらどーすんの、早く決めてくれる自称勇者。これからどうするのか」

「!」


これからどうするか、だと?

帰る術は簡単ではなく、レベルはなぜか100から5……。

そして勇者と呼ばれた男は自分の意思でこの世界に来た。

彼女の為に。


「決まってる。俺は魔王を倒す為にこの世界に来た」

「…………へえ?」

「だが、まずは……レベル上げだな。なんでか知らんがステータスが下がっている。ドラゴンがうろついているなら、今のレベルに見合う場所で修行したい。お前、なんとかって魔法使いなんだろう? 呼び出したからには協力してもらうぞ」

「いいよ。もとからそのつもりだったしね」


フン、と鼻で笑う子ども。

どうもいけ好かない。

だが、何もしなければ現状は変わらないのだ。

まずは装備を整えアイテムを揃える。


「名前は?」

「僕はアーファ・フィーア」

「んじゃ、とりあえずこの世界について教えろアーファ。それで、俺に適したレベル上げの場所に案内しろ」

「偉そうにするな。お前の主張は僕も賛成だけど、まずは聖剣に謁見しよう。お前が本当に勇者たり得る存在なら、聖剣が力を貸してくれるはずだ」

「聖剣……?」

「僕の国アルノワール王国王都にある。この世界のことは歩きながら説明してやるよ。さ、行こう」

「………………」













これは元勇者が、再び勇者として世界最強に上り詰める物語。

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