59 心配事
一目、記憶の中のあの子よりも少し大きく成長した女の子が目の前に姿を現した。
「ほら、アイナの息子のリアムだよ・・・レイアは洗礼式の日に会っているだろう?・・・覚えてないかい?」
店の帳簿を閉じたマレーネが、なにやらラナの服の袖を掴んで落ち着かないレイアに語りかける。
「・・・(フルフル」
レイアはそれから何も呟くことはなかったが、その首が少しだけ横にふられた。
「ラナがいつも話してくれているしね・・・・・・リアムはどうだい?この子のこと・・・覚えてるかい?」
するとマレーネが、その尋ね先を僕に変える。
『・・・忘れるわけがない』
・・・あの日、彼女と出会った日は良くも悪くも僕にとって特別な日であった。そしてその時仲良くなった彼女のことを、僕が忘れるわけがない・・・。
「はい」
彼女のことを覚えていた僕はシンプルに、マレーネに首肯して答える。
「なら大丈夫だね・・・・・・あんたたち、リアムも今日は学校休みだろう? せっかくだ、奥でゆっくりしていくといい」
それからマレーネは、店でゆっくりしていきなさいという誘いをくれた。
「そうだね!リアムがウチに来るのは初めてだし、ゆっくりしていきなよ!」
するとそれを聞いたラナが我が意を得たりと、元気よくその提案に賛同する・・・
・・・── そしてそこからが早かった。
「さっ行こうリアム!三人でお茶でもしましょ?」
ラナはまだ僕やレイア、父さんの返事も聞かずに片手でせかせかと僕の背中を押し、もう片方で隣にいたレイアの手を引き店の奥へと連れていく。
「ちょッ!ラナさん危ない!!」
「お姉ちゃん!?ちょっと待って!!」
しかしその抵抗と叫びも虚しく、僕とレイアは無慈悲にも店の奥へと連れていかれる。
そしてその背後からは──
「婆さん俺は?」
「あんたはこっちだ!・・・少し黙ってな!」
という父さんとマレーネの二人の会話が聞こえてきた。
▽ ▽ ▽ ▽
「──凄い・・・」
移動した店の奥、そこには様々なポーションや薬を作るのに使っているのであろう器材がそこら中にあった。前世でよく科学実験に用いられていた試験管やフラスコのような透明な器具もあり、僕はちょっとしたノスタルジーに襲われる。
「へへーんッ!これでもウチは知る人ぞ知る、隠れた薬の名店だからね〜ッ!!」
すると僕の呟きに、まだ少し幼い?胸を張ってそれらを自慢するラナ。
「ラナさんの家は薬屋さんだったんですね」
そういえばこの店の名は『森の木陰の薬屋』という店名だった。父さんと店に入る前に看板を確認したから間違いない。
「お茶とお菓子持ってくる」
すると一緒に奥にやってきたレイアはそう言って、コンロの魔法陣で部屋にあった綺麗なフラスコでお湯を沸かし始める。
「あの・・・ところで・・・」
そしてレイアがお菓子を取りに行った間、僕は共に席に着いたラナにあること聴く。
「ん?なに?」
無垢な笑顔を向けるラナ。
「昨日のダンジョンでのこと・・・大丈夫でしたか・・・?」
念の為、戻ってきたレイアにもわからないようになるべくアバウトに尋ねる。
「ああ〜・・・あれね!」
ラナにしっかり意図も伝わったのか、彼女はまるで忘れ物を思い出したようにパッと明るく振る舞う。
「リアムの魔法が発動してびっくりしたけど、あの後避難して解散する時にケイト先生が、『今回リアムさんには、裏で私の魔法補助陣の実験を兼ねて練習してもらいました。・・・知られると私が怒られるのでくれぐれも内緒にするように』って言ってたよ?リアムも大変だったね〜」
しかしラナから返ってきたのは、そんな僕の想像とは斜め上の回答であった。
「・・・へっ?」
僕はその斜め上な回答に唖然とする。確かに半壊された森を生徒たちは見ていないだろうし、ギルドにはケイトの暴走と説明したってジェグドが言っていたが・・・
『よかった・・・とりあえず学校では悶着なさそうだ』
僕はラナが語ってくれたその裏話に、一つの靄が晴れて心の中で安堵する・・・しかし──
「・・・・・・でもね、ここだけの話。解散した後の帰り道でずーっとカリナがリアムの自慢をしていたから、私にはあれがリアムの本当の力だってわかってるよ・・・」
安心したのも束の間、僕の耳元に口を近づけ小声で物騒なことを告げるラナ。
「・・・!」
僕はその言葉に戸惑いを覚え身震いした後、顔を離したラナを一直線に見つめる。
「大丈夫!・・・そのことは誰にも言ってないし、秘密にしてるから安心して!」
笑顔で口の前に人差し指を立ててジェスチャーするラナ。
『・・・まさかブラコンの弊害がそんなところに出ていたとは』
安心していいのやら、キョドるのが自然なのか・・・
「それにカリナに私が言いふらしたってバレたら後が怖いし・・・」
すると今度はラナがブルッと身震いし、ボソッと聞き取れないくらいの声でそう呟く。
どうやらカリナ姉さんの存在はラナにとって、友情以前の抑止力となっているようだ。
「二人で何を話してるの?」
そうしてお互いが溜息をつきそうなくらい落ち込んでいた頃にお菓子と茶葉、ティーセットを部屋に運んできたレイア ・・・
「「なっ・・・なんでもないよ!」」
僕とラナの返答は見事に被り、シンクロする。
「なんでもない・・・ありがとうレイア・・・」
改めてティーセットを運んできてくれたレイアに礼を言うラナ。
「ありがとう・・・」
そして僕もラナに続き、彼女に礼を言う。
だがレイアには悪いのだが、この時の僕たちの声は少し覇気がなかった。
「ど・・・どういたしまして・・・」
しかしそんな僕たちの礼に頬を染め、恥ずかしそうに視線をそらしてお茶を淹れるレイアはなんと言えば良いか、僕たちの心の癒しであった。




