50 共感の代償
「おいケイト、特にこれといって問題は起きなかったが?」
「・・・・・・少し失礼」
授業も終わりを迎えた頃、アランと何やら話していたケイトは、その場を離れてスクール魔法演習エリアのある一帯へと向かう。
「フラン、そしてリアムさん・・・・・。なぜあなたたちは授業と関係のない話をそんなに楽しそうに話しているのかしら?」
「せ、先輩・・・?ちょっと顔が怖いことになっているんですが・・・?」
時間も忘れ、フランとダンジョン学について談笑していた僕たちの後ろから、少しトーンの落ちた声でケイトが声をかけてきた。
「なぜですフラン?私の顔はこれでもかというくらいに笑っていると思うのですが?」
「いや・・・、だから・・・先輩がそんなニッコリした笑みを見せることなんてそうそうな・・い、ですから・・・・・・」
突如背後から声をかけられ振り返ったフランは、話を逸らしながらもジリジリと後退していく。
「そう、そんなに私が笑顔でいることが珍しいですか・・・」
「はっ!・・・違うんです先輩!私はただ本当のことを!・・・あっ」
そして遂に、完全な墓穴を掘ってしまったケイトは直様回れ右をし、眉をピクリと動かしたケイトを背中に逃走を謀る・・・が ──
「どうやらあなたの言ったことは正しいようですよフラン。私がこんなに素敵な笑みを浮かべる時は大抵、何かしらの仮面を被っているのですよ」
「イタイイタイ先輩!ごめんなさい!・・・ごめんなさい!」
フランがケイトに背を向けた瞬間、ケイトはスッと右腕を伸ばしてその襟を掴み引き寄せるとその後は両手で、彼女の耳を引っ張り続けていた。
「全く・・・あなたは仮にも教師としてここにいるのですから、いくら普段やることが少なくても、生徒が一人でもいるのならしっかりと授業を行いなさい」
「はい、すいませんでした先輩」
それからしばらく耳を引っ張っていたケイトは漸くその手を離し、今もなおフランに説教を続けていた。
「とりあえずフランもリアムさんも、こちらに来てください」
「「は〜い」」
先ほどまでお仕置きを受けていたフランはもちろん、ケイトの逆鱗には触れたくないため、僕とフランはその誘いにYesで答える。
▽ ▽ ▽ ▽
「と言うわけで、どうやらフランが授業をサボっていたようです」
「ハッハッハ、自由でいいなお前らは!俺はいいと思うぞ!」
「ジェグド、これに関してはあまり褒められたことじゃない」
「ごめんなさい、アランさん・・・」
魔法演習が終わった後、現地解散が言い渡されてちらほら残っている生徒もいる中、僕はケイトに演習場に残るように言われ、現在繰り広げられている先生たちの話し合いの場にいた。
「まあまあ、それはもう終わってしまったこと。まだ残っている生徒もいますから、そろそろこの辺にしませんか」
「しかしビッドさん、正直言って私はあまり彼をこの魔法演習に参加させることは反対だったんですよ」
「そういえばアランさんは先日、そのようなことをおっしゃってましたね?なぜでしょうか?」
話し合いも程々、それ以上責め続けても収穫はないと切り上げようとするビッドであったが、そこにアランが待ったをかけ、その理由についてフランが質問をする。
「それは・・・、彼にはまだ、この魔法演習は早すぎると判断するからです」
「へぇ、真面目で教育熱心なお前がそんなことを言うなんて珍しいな・・・アラン」
「別に彼を軽視しているとか、そう言うわけではないのですよジェグド。・・・非常に言いにくいのですが、これは私の個人的な史観と感情も少し絡めた上での判断なのです」
そんな告白をするアランにジェグドは、「ますます珍しいな」と更に納得がいっていない様子だった。
「彼がスクールの入学試験を受けた日、皆さんにも既にお話ししたとは思いますが、私はあの日あるミスを犯しました。間接的な仕事の伝令ではあったものの、彼の入学試験を補講代わりに生徒に任せ、更には全くレベルの違う試験を受けさせてしまったのです・・・・・・その結果、彼は見事に試験合格を果たしたわけですが、入学式の日にはその才能が買われ平民ながらに代表挨拶、ひいては現在もこうして学問のみならず魔法においても特別措置を受ける立場にあります」
「それの何が悪いって言うんだよ、全部いいことじゃないか」
アランの考えに対し、ジェグドが横から待ったを掛ける。
「私はそれが、彼の将来を危険にさらしているのではないかと思うのです。皆さんも、本スクールの教師は様々な境遇のもと集まっているので、少なからず世間には妙なしがらみが存在することをご承知でしょう?」
「はい・・・」
「まあな・・・」
アランの問いに、神妙な面持ちで答えるフランとジェグド。
「この国の文化はここ百年ほどで、オブジェクトダンジョンの恩恵と魔法技術の向上によりとても安定してきています。しかし今でも貴族や平民、そして待遇は改善されていても存在する奴隷と、そこには階級が存在します」
そんな二人を含め、そこにいたメンバーを一度見回した後、アランは話を続ける。
「私は彼が、いずれそのような理不尽に巻き込まれないかどうか、それが心配でならない。そのため私は、まずはせめてもの間彼を学問の分野で十分に育てた後にでも、魔法の特別措置を取ることが良いのではないかと考えている」
「確かに、急激な変化というのは時として残酷なものですね」
アランの考えに追随するかのように肯定するビッド。
「と言うことでケイト、いくら彼が才気溢れる子でも、私は彼にこんなに早くから特別措置をどんどん適用していくことは反対だ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そのアランの熱弁にケイト以外の教師陣は全員黙り込み、今彼らの中心にいるアランは真っ直ぐに、愚直なほどに真っ直ぐな純粋な目で、ただただケイトを見据えていた。
『そんなことを考えていてくれたのか・・・アラン先生』
確かに、僕はこれまでこれでも、なるべく目立たないようにと意識して学習に臨んできた。
『それを言えば、確かにアラン先生の言い分は正しいのかもな・・・』
新しい知識と技術の習得、それを何よりも望んでいた僕であったはずだが、そこまで心配して考えてくれたアランに対して僕は納得し、共感する。
しかし──
「遺憾です。限りなく遺憾ですよアラン」
そんな真っ直ぐな瞳を向けていたアラン、そしてそれに異を唱えない他の教師陣を一蹴するかのごとく、ケイトは彼らに対して遺憾の意を示すのであった。




