42 体験授業Ⅳ&閑話
「すまぬが、俺は体験しておかねばならぬ授業を思い出したので、これにて失敬する」
「わ・・・私もアルフレッド様と同じで大事な授業があったのを思い出したので失礼しますぅ」
「そ・・・そうね、私もよ・・・じゃあね、リアム・・・」
次々と、矢継ぎ早にそう言葉を残して早々に次の体験授業へと向かう三人。
『無理もないか・・・・・・あんな授業の後じゃあね』
今日の体験授業は皆、どちらかというと履修を迷っている科目の体験をすることが主な目的だったのではないだろうか。
『だからこそ、気楽に体験授業を選択できていたんだが・・・』
恐らくあの三人は、それぞれがこのスクールで一番念頭に置いている選択授業の体験へと向かったのだろう。
「まあ、僕はぼちぼち行こうかな」
どうやら、初めに選んだ選択授業は全て変更しなくて済みそうである。実際、始めに選択した授業に関しては、僕の中では全て履修するとほぼ確定していたからだ。
「今日はもう帰ろう・・・・・・なんだか疲れちゃったし」
別れの挨拶も早々に、立ち去る三人の背中を見つめながら、僕は頭の中で選択授業の確定を済ませ、今日は家路へと着くことにした。
閑話:体験授業翌日──
「おはよう・・・」
「おはよう、リアム」
「二人ともおはよう」
体験授業があった翌日、僕はいつも通りアルフレッドと、そして昨日から言葉を交わすようになったエリシアと教室で朝の挨拶を交わす。
「どうかしたの二人とも?何かあった?」
しかしその声色と雰囲気から、二人の機嫌があまり良くないことを読み取った僕は、何があったのかと質問する。
「フンッ・・・他愛もないことだ、気にするな・・・」
「リアムが気にするようなことじゃないわ・・・なんでもないのよ・・・・・・」
二人とも、同じように僕の気にすることではないと、早々にその話題を打ち切ろうとするが・・・
「あのぉ・・・」
すると恐る恐る、アルフレッドの後ろに控えていたフラジールが僕に話しかけてくる。
「ああ、おはようフラジール」
「あ・・・おはようございますリアムさん・・・・・・それでですね、実は・・・」
それからフラジールは、一体この二人に何があったのかを密かに教えてくれる。
「というわけでして・・・」
「・・・なるほどね」
その説明で、僕は二人に何があったのか納得した。つまり要約し簡潔に説明するとするならば・・・・・・
1:昨日の体験授業《貴族学》でどうやら二人が鉢合わせ
2:結果として成り行きで一緒に授業を受けることとなる
3:なんというかお決まりの展開というか、結果を言うと二人が喧嘩をした
4:先生に怒られた
・・・という感じだ。
「?・・・ということはフラジールも貴族学の体験を受けたの?」
「いえ・・・私は礼儀作法の授業の方に・・・・・・」
「そうなの?・・・実は僕も礼儀作法の授業は履修する予定なんだけど、ということはその授業ではフラジールと一緒になるという事か・・・」
実を言うと僕も異世界の礼儀作法を学ぶため、スクールで通常礼儀の枠を超えた、いわば上流階級の作法も学ぶことができる選択授業を選択していたのだ。
「そうなんですか?それは私も寂しくなくて・・・・・・嬉しいです・・・」
すると途端、頬を染めながら少し緩んだ口元でそう言うフラジール。
『かわいい・・・』
なんと言うか、僕はロリコンという訳ではないが、こういった素直でストレートな反応をされると少しドキッとする。
「うん、僕も嬉しいよ・・・よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
しかし、僕もフラジールもそういった会話には慣れておらず耐性がないため、なるべく早くに話題を切り替えようとする。すると──
「なぁに?リアムは礼儀作法の授業を取っているの?」
何か別の話題に切り替えようとした瞬間、先ほどまで不機嫌そうにツンツンしていたエリシアが、横からその話題に食いついてきた。
「うん、そうだけど・・・エリシアたちは貴族学でそういったことは一通り勉強できるから、礼儀作法の授業は取らないでしょ?」
しかし、その返しにエリシアからの返しが返ってくることはなく、始めの肯定に「そ・・、そう・・・」となんとも言えない反応した後、何やら一人でブツブツと考え事を始めていた。
この礼儀作法の授業は主に、上流階級への就職・出世を目指す一般生徒や貴族・名家といった従者となる子達がその階級の社会的な心構えと礼儀を学ぶ授業で、将来それらの職業に就く者が選択する科目である。もちろん、生活に困らない程度の教養を学べる授業は、一般授業の中にもあるのだが・・・・・・
「もしかして、何かまずかった?」
今もなお、頬を両手で押さえて顔を赤らめたりしながら、一人ブツブツと独り言に浸るエリシアを見て、妙な不安を感じた僕は改めて彼女に質問をする。
「はぁーーー・・・」
すると何故か、これまた先ほどまで不機嫌そうだったアルフレッドが一つ、大きな深いため息をつく。
「な・・・なんだよ・・・何か問題があるのか?」
またもや、エリシアから解答を得られなかった僕は、今度はその大きなため息をつくアルフレッドに質問する。
「あのな・・・まあ問題はないのだが、大体そこの女が今考えていることが想像できたのでな・・・」
「だからどういうことだよ・・・」
そうどこか悟ったような態度を見せるアルフレッドに、反応煮え切らない僕。
「ほら、頭の中のお花畑から約一名、漸く帰還してきたようだぞ・・・」
すると突然、アルフレッドがそのような訳のわからないことを言いながら、僕の後ろの方に座るエリシアへと視線を送る。
「なんだって言うんだよ・・・」
そんな態度のアルフレッドに、僕はぼやきながらも、再びエリシアの方へと視線を戻す。
「・・・?」
するとそこには、どこかもじもじしながらも、しばしば上目遣いで僕の方を見るエリシアがいた。
「リ・・・リアム・・・」
「ん?」
そして漸く、僕への反応を示してくれたエリシアに、僕は首を傾けて受け答えする。
「リアムは選択授業で礼儀作法の科目をとったのよね?」
「うん、そうだけど?」
それから再び、先ほどの会話のおさらいの形でその質問をしてくるエリシアに、僕は内心疑問に思いながらもその質問に答える。
「じゃ・・・じゃぁ・・・・・しょ・・、リアムを私の・・として・・・あげてもいい・よ」
更に今度は、口をもごもごさせながら所々聞き取れないような小さな声で何かを言うエリシア。
「え?・・・なに?エリシア?」
僕は当然その内容を聞き取ることができず、エリシアに再度聞き直す。すると──
「だ、だから!・・・しょ・・・将来、リアムを私の従者として雇ってあげるっていってるの!」
そのようなことを食い気味に、しかしどこか恥じらいを持った表情で声にするエリシア。
「いや・・・、僕はあくまで下流から上流階級まで一貫した一般的な礼儀を学びたくてその科目を選択しただけで・・・・・・特に従者を目指したりしているわけではないんだ・・・」
後になって考えてみれば、なんとなくその話の飛躍の理由を理解できそうなものだったが、僕は何故、その時そのような話に展開していったのか理解できないまま?マークを頭に浮かべながらも冷静に答えを返した。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
そしてその返しに、エリシアは最初理解が追いつかないように目をパチクリとさせた後その目を徐々に潤わせ、次第に顔を真っ赤に染めていった。
「う・・・嘘・・・」
その表情は、だんだんと絶望したものへと変わっていく。
「ふんっ・・・だからお前は状況把握が甘いと言ったのだ。昨日僕が言ったことも満更間違いではなかっただろう?」
するとはたまた隣から、どこか満足そうにそう言って退ける声が聞こえてくる。
『それをお前が言うのか・・・』
僕は思わずその声の主に対して内心でツッコミを入れる。
『入学式の日のお前に、その言葉を説いて聴かせてあげたい』
だがそんな僕の内心も他所に一人、エリシアの鼻を明かしてやったとでもいうように次々と見事に皮肉の言葉を並べていくアルフレッド。
「何よ!・・・アルフレッドのバーカバーカ!」
「なんだと!この早とちりアホめ!貴様こそアホの阿呆だ!」
そして遂には、エリシアのアルフレッドへのその反撃からただ相手を罵り合うだけの子供の喧嘩へと発展していってしまった。
「り・・・リアムさんンンー、どうにかしてくださぃ・・・お願いしますぅ」
そんな様子の二人を見て、尻込みしてしまったフラジールが僕に助けを求める。
「大丈夫だって。ほら?よく言うだろ?喧嘩するほど仲がいいってね」
「「どこが!」」
「ほらね」
僕はここで前世から、こういう時に良く使われていた言葉を引用してくる。
「真似するんじゃないわよ!」
「お前こそ、僕の真似をするな」
しかし僕の引用にハモった二人は再び、子供の罵り合い第二ラウンドへと突入する。
「つまりは、本音が言いあえるような喧嘩できる仲というようなニュアンスでね・・・」
そんな二人を見て、僕はその意味をフラジールに説明し、フラジールは「本当ですね・・・でもそんな言葉があったなんて知りませんでした・・・」と、クスリと天使のような笑顔で笑いかけてくるのであった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「リ〜ア〜ム〜・・・!」
「だ・れ・と・だ・れ・が・仲がいいだって〜」
『ヤバイ、種火を煽りすぎた』
僕は背後からヒシヒシと感じる良くない気を感じ、ブルッと身震いする。
『これは『前門の虎、後門の狼』ならぬ『前門の天使、後門の悪魔』かな・・・』
そのプチ危機的状況に、僕はそんなどうでもいい事を想像してしまう。
『何か良策は・・・あっ・・・でも意味的には地獄に仏とかが正しいんだよな・・・』
しかしこういう時に人間というのは余計な事が頭の中をチラチラとよぎってしまうもので・・・・・・その後、妙案も思いつかずがっしりと肩をホールドされた僕はその日の授業が始まるまで、まるで修行僧の如く目の前で繰り広げられるお経のような二人のお小言を聞く羽目となった。




