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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
Solitude on the Black Rail 編

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370/371

90 N or M


「瞬殺です!信じられません!あのスコルとマーナを!リアムと謎の男がスコルとマーナを瞬殺だー!あの完全攻略の日から1年と少ししか経っていないというのに、それもたった2人で攻略を成し遂げましたー!!!」


──ノクチュア新聞”リアム、メルクリウスに続きケレステールもたった2人で再攻略”...。


 新聞の刊行される4週間前、ブラッドフォード邸。


「リアナ」


 ブラックはリアナを部屋へ招き入れる。


「ロマンスにアトリエがある。まだ筆を握れた頃に君の名義に変えておいたみたいだからそのまま残る。鍵だ」


 ヴィンセントを通して、ブラックがレッドを連れて帰ったと知らせがあった。

 リアナを部屋に残し、退出したブラックと廊下で話し込む。


「数ヶ月前はもう少し会話できていたんだがな・・・」

「130歳を超えたんだろう。それこそ驚異的だ」

「魔法がある世界だ。俺のローズはまだまだ若々しい」

「あと100年くらいは生きるだろう」

「このままいけばお前は生物が一匹たりとも消えた後に訪れる星の終末までも生き残ることになりそうだが」

「そんな寂しいこと言うなよ。その時は君を殺して道連れにしてやる」

「クロウと同じ家に今更また住むわけがない。pq(ペークー)だ」


 ブラックは舌を突き出しながら両手でサムズダウンをかまして、一足先にヴィンセントたちの元へ戻った。


『zanna dente. 牙を象徴する吸血鬼同士の挨拶さ』

「ツンデレか、あれ」


 両手でサムズダウンは吸血鬼同士では一般的な挨拶のハンドサインらしい。


 ──1時間、2時間、3時間。


「領内の人材は不足気味だ。であるからして、魔法箱の生産性を上げる設備投資をエアデプール社にはお願いしたい」

「ケレステール銀行に審査を急ぐように頼むこともできますが」

「魔法箱が専売事業であること、そして投資分を生産分から差し引くことで相殺できること。この2点をはじめピーターメールかエアデプールに投資してもらった方が合理的だと考える」

「ですがステディエムに第二工場を造るとなると、だったらピーターメールに生産までできるよう投資したほうがこちらとしては合理的だといわざるを得ない」

「・・・まいったな」


 ブラド商会のリスクをウチのグループが背負う理由もないし。

 

「それからステディエムでも現状はめざとい企業による人材の取り合いが加熱しています。ガスパーさんから聞きました。エアデプール傘下企業の人材確保をいち早く進めるよう僕も指示を出してからステディエムから離れましたから」

「一歩も譲る気はないと」

「一歩だけなら譲ります。ブラド商会に増産を頼むことはないですし、新しい生産拠点をブループリント社に作らせます。ですが新しい生産拠点の管理委託を受けてくださるというのなら、ぜひ頼みたい」


 ヴィンセントが焦るのもわかる。生産のノウハウがこちらに渡れば、ブラド商会は魔法箱の生産数は変わらないまま価値だけが落ちていく。


 これは一種の台本作りである。


「ブラド商会は魔法箱の生産事業から撤退しよう」


 言葉がみつからない。

 

「君は、娘に大きな財産を託してくれた」


 ブラッドフォード領にスカイパスの中継地ができたのは、僕の尽力の結果ではない。

 

 スターマップ等々はその道を使わせてもらう利用客である。


 努力したのは、あなたがただ。


 僕はこれまで尽くしてくれたブラドを、取引先から切るのだ。


 重い空気が流れる中、階段を降りてくる靴音が応接室へと近づいてくる。


「いつでも、いけます」


 リアナは覚悟した目でリアムに意志を伝える。


「じゃあ、いきます。また細々とした調整をするため訪ねます」

「そうしてくれ」

「・・・これまで本当にお世話になりました。ありがとうございます」


 玄関先で、けじめとして深々と頭を下げたリアムの肩をヴィンセントは丁寧に叩く。


 翌日。


「はい、こちら苗木です。タイミングを失わないうちにどうぞ」

「ありがとうリンシア。ローズも喜ぶ」

「いつでもお義母様とご一緒に遊びに来てください、お義父様」

「生臭い血をした男がいないうちを見計らってだ。孫にも会いたい・・・あと何日かわからないがリアナ共々世話になる。不満は勝手な俺にぶつけろ。頼む」

「ここもあなたの家でしょう、父上」

「そうだ。当たり前のことを素面で言えるくらい、デッカくなったな、ヴィンス」

「早く行ってください。2人に置いていかれてますよ」

「あの水臭野郎共が。パーティーを引っ張ってくのはいつだって、俺の役目だってんだ。さて、出かけようか」


 薔薇の苗木を魔法鞄の中に仕舞い、待たずに先に出たリアムとそれについて行ったリアナを追いかけて、ブラッドもこれから向かう場所へ同行する。


「ギグリ・ソー・・・」

「まずはエリアFだ。君に預ける」

「はい」


 リアナとブラックを連れ立って、リアムはケレステールへ。


 コンテスト会場では、ナノカが今日も張り切って司会を務めている。


「さぁ、本日のコンテストはエリアF、およびエリアGラストボス戦が登録されています。それもなんと、登録は同じパーティーです。無謀というか、ぶっ飛んでますね。これはあまり期待できないか?」


 会場が凍りつく。エリアFをクリアしたとして、エリアGまで戻らなければならない。似たり寄ったりの芸当ができたパーティーは過去に一つだけだ。それは唯一、ケレステールを完全攻略したパーティーである。


「そんなに不満を全面にださないでくださいよ先輩。リアムさんが見に来て欲しいって」

「あなたに権力を振りかざされるとは、フラン。私、ご存知の通り研究漬けで暇じゃないんですよ?」

「いいじゃないですか。たまにくらい付き合ってくださいよ」

「はぁ。でも今更なにを見せると?」

 

 エリアF。


「市場で購入した3つのエリアの魔石だ。代金は後ろの吸血鬼が出したいってさ」

「ブラックさん・・・ありがとう」

「それくらい払わせろ」


 リアナが祭壇へと魔石を捧げる。


「さて、ここからは僕が代ろう」


 エリアFエリアボスのキマイラ戦。キマイラは儀式者の力量に合わせて姿と能力を変化させる。

 リアナの力量では背中にはヤギもいた。だが以前にリアムが戦った時ほど禍々しい気配は漂わせていない。


 キマイラが吼える。


「ダルマ、黙らせろ」


 リアムに召喚されたダルマが、キマイラに獅子吼を浴びせる。


「最近タテガミの在庫が足りてなかったから。むしりとってやる」


 リアムが烏丸閻魔を握る手に力を入れる。

 だがそんなリアムにブラックが横槍を入れる。


「In bocca al leone!やっぱ俺がヤる。やられっぱなしはカッコ悪りぃ」

「は?」

「ロード・ダン=クロウ アダマスの鎌」


 横槍に怯みのアドバンテージを失うも、キマイラの首があっけなく落とされる。そして首を落としたのはもちろん、リアムの魔装ではなかった。

 

「次だ、いくぞ」

「『うっせぇな』」


 ブラックがひどく既視感のある魔装を使ったことで、リアムの中に棲まう一人の弟から静かな笑みが漏れる。


「ドロップ品は僕のだからな」

Crepi(くたばれ), 元々俺の金だ」

「チッ、50万までなら出す」


 勝利の花火が打ち上がる。──”Congratulations Challengers!”


 霊峰コルト。山頂へと至る境界、ケレステール神殿。


「お願いします、ギグリ・ソー」


 挑戦者の殿堂、多くの地面に突き刺さる武器たちが見守る舞台の上で、リアナは真っ直ぐに突き刺さって直立するギグリ・ソーを操って抜き取る。


「今度は手出しすんなよ」

「のんびりやってんならお前ごと殺してやる。永遠の眠りにつくのはお前だけだがな」

「わかってるっての」


 後ろからついてくるブラックの小言がやかましい。それくらいにブラックも緊張しているのだろう。


「相変わらずここは寒いな。魔装 サンライズ」


 名残雪が降ってこないように、リアムが空へと巨大な鐘を出現させる。先ほどまで山頂の冷気に沈んでいた辺り一帯があたたかな空気に包まれる。


「ビリビリしますね。コンテストでは拝見していましたが、実物となると迫力がダンチです」


 落雷と共に、スコルとマーナが水晶舞台へと降り立つ。


「これはいい物語の題材しげきになる」

「お前がやるか。それでも俺が手伝ってやる」

「いいえ・・・今回はリアムに任せます。私はこれからいつだって冒険できる」

「楽しめよ」

「はい」


 ブラックの魅力的な誘いを惜しみながら断った、ダルマを胸に抱えるリアナの腕に僅かに力がこもる。


「少しの間、守ってください。──ディメンションホール」

 

 ブラックの前行く背中を見送り、ダルマを下ろしたリアナが亜空間を開く。

 そうして彼女の亜空間からは、椅子に座った一人の老人が姿を現した。


「手を」

「ありがとう。綺麗な日差しだ」

「はい」


 リアナに差し出された手を握ると、老人は椅子から立ち上がってただ佇む。立っているだけで精一杯なくらいに見ていて危なっかしい。


大円鏡智だいえんきょうち


 リアムの体にドラゴンの力が満ちる。


「僕の心の中に飼ってるモンスターの方が、こわいよ」


 最上級の嵐との一年越しの喰い合いだ。やさしく、殺してあげるから。


側撃雷レッドジェット


 リアムは戦場の誰もが捉えられない拍の内にマーナの側面に詰めると、腹に向かって拳を振り抜く。

 ミリアのブルージェットでは挫傷を与えるに止まったが、リアムの拳はマーナの胴体を内臓もろともいとも簡単に吹っ飛ばす。

 水晶舞台に降る血の雨を浴びたリアムとスコルの目線がぶつかる。


「ロード・ダン=クロウ アダマスの鎌」


 体のあちらこちらから霧を吹かせて体重を控えめに軽くし、戦場を最速で駆けたブラックの魔装がスコルに飢餓に陥る隙すら与えない。

 

 ・・・落ちた首から滴る血が爆発し、ブラックの背中へと迫る。 


烏波野うはや


 リアムは己の魔力を竜力へと変換し、大鎌の魔装からスコルの首に向かって放った。

 強烈なエネルギーの暴風がスコルの骨のかけらすら残すことなく綺麗に喰い削いだ。


「いい馳走だった」


 水晶舞台が揺れる。

 下の間が上へと上がってきているのだろう。


「「なんて贅沢な光景だろう」」


 リアムが立っていたのはスコルに向き直ると南西の方角を見る位置だった。 

 コルトの霊峰から伸びた風は勢いを落とすことなく、かなめのかしらの雲へとぶつかった。

 ドラゴンの羽ばたきがダンジョンの復元力によって再び隠されたアルカディアの庭の存在を暴く。

 

「これがダンジョンの謎の答え合わせだ」

「俺もろとも殺れねぇのは甘ぇよ」


 魔装を解いた手をグッと握り、ブラックへとリアムは視線を飛ばした。

 マーナの血に塗れるも光の粒に漂白されながら、リアムはそのままリアナへ視線を移すと揺れが続く舞台の上を歩み静かに近づく。


「もう大丈夫。ダルマ、帰るよ」


 揺れが収まり溶けた水晶が土の地面へと変わった頃、リアムはダルマを引き取ってゲートを開く。


「どうかあなたにもそばにいてほしい」

「・・・わかった」


 そんなに泣きそうな顔で迫られると自分が冷たい奴なような、気が咎める。

 リアムはリアナの願いを聞くと、ブラックの隣に並び結末を見届ける。


「果たしたからな」


 リアムは手をとる親子をすりぬかせ、遥か向こうに聳える空を突き抜けるアルカディアの庭へと視点を当てる。

 約束をひとつ手放したことで、心が満たされる。

 リアナに支えられる彼もまた、ここに約束をひとつ手放しに来た。

 彼こそ、かつての英雄、探検家レッド・レイザーである。


 舞台の南には綺麗な日差しが差し込み、空から一人の女性が縁へと降り立った。


「「帰ってくる」」


 ケレスと同じ言葉をレッドは重ねた。


「たくさんの絆をありがとう。おかげで春がまた訪れる」

「マルデル。私の約束が終ぞ実を結ぶまで枯れず時が止まり続けたように、君はちっとも変わらず美しい。事の顛末も娘から聞いた。だが私の心はずっとリアナと、そして君と共にある。先に逝く。それだけだ」


 春の気候のダンジョンでも土の色に焦がれた山頂の地に、愛惜に涙を流す女性の涙が広がり花畑が生まれる。


「私は、あなたの・・・あなたの」


 ケレスはレッドの送り言葉に口ごもる。

 中身はソロネかその辺りか。


「鮮やかだなぁ」


 レッドは口ごもったケレスに優しく声をかけると、澄み切った顔で目をやわらかく細めた。


「とんでもない男だな、アイツ」

「俺と張り合う稀有な男だ」

「眩しいな」

「ああ。レッドは鮮やかな男だろう」

「鮮やかなままだ」


 リアムとクロウが遠くから見守っていると、幸せそうなレッドの表情を見たリアナが両手で「VV(ファウファウ)」と満面の笑顔でこちらにピースサインを送る。

 そうしていちばん幸せそうなリアナの隣でレッドも、娘の幸せを慈しむようにリアムとクロウの方へと視線を移した。


”ようこそ”


 レッドは口を動かしたが、その四文字をあえて声に出すことはなかった。

 だが僕には日本語でしっかりと彼がそういったとしか認識できなかった。

 

“ホルミア”


 リアムが同じように口だけを動かして言葉を送ると、レッドは痛ましいくらいに皺を気にせず嬉しそうに笑うのだ。

 後にも先にも、レッドとリアムが顔を合わせたのはこの時だけだった。

 ひどく人の心に打ち捨てた男だった。




  久しぶりに絵でも描くか。







 ──その3週間後、レッド・レイザーはブラッドフォード邸のベットの上で静かに息を引き取った。


「もっと話したかったっ!私はもっとあなたと話していたかった!!!」

「レテにだって心はある」

「はい・・・はいッ・・・ちゃんと土産話を持っていくので、私が廻るまでの間だけです。お願いします。父のお話し相手になってあげてくださいッ」


 レッドから離れようとしないリアナの肩に手を添えて、ブラックが慰める。


「俺はレッドを寝心地のいい場所へ眠らせに行く」


 レッドの遺体はブラックの亜空間へとしまわれている。ブラックが妖精族の里まで送り届けるそうだ。


「その後はどうする」

「我が家へ帰る。後のことはそれからだ・・・」

「我が家か・・・In bocca al lupo, ブラック」

「なにしやがる、汚ねぇ烏が」


 先に突き出されたリアムの拳がブラックの顔を歪めると、ブラックは同じように拳を突き出してリアムの頬を歪める。


「「くたばれ」」


 互いの頬にサムズダウンに握った手を押し付けて、別れを告げた。



 Cum sanctis tuis, Hemma. ──僕には、まだ手放せない深い約束がある。



 レッドが約束を手放した日の前日、アンクトン村。


 あの日からもう少しで1年が経つ。リアムがメルクリウスを攻略したと聞いたジョセフは意を決して新しい一歩を踏み出すために旅に出ることを決心する。

 村長ら村人たちに見送られるジョセフの手には、デルフィニウムの著作『赤いシリウス』が抱えられていた。

 デルフィニウムの他にもマリーゴールドの本も含め、荷物の中にはつめられている。

 これらの本はノーフォークとステディエムを行き来する行商人からアニーがプレゼントされたものだった。

 中でもジョセフの抱える本は星にまつわる話で、アニーがいちばん気に入っていた作品だった。


「ジョセフ、達者でな」

「はい。今日までありがとうございました」


 ジョセフは今日までアニーの代わりに宿屋の仕事を引き継いで生計を立てていた。大変な時に共に村を支えたジョセフと村人たちとの確執も綺麗さっぱり無くなっていた。


「また会う日に!!!」


 だからこそ、ジョセフの笑顔は屈託なく村民へと向けられ、足は新しい生活に向けて軽やかに土を鳴らす。

 ──再会の約束を。済度の弦を紡ぎ鳴り響け、アマティヴィオラ。

 

 ジョセフは旅路を歩む。

 アンクトンに訪れた旅の人から聞き齧った話では、デルフィニウムの新作が出たらしい。

 題名は『夜の庭』。星の話が好きだった君の好みかもしれないと、手に取るのが楽しみでもあり、寂しくもある。


 しばらく歩き、アンクトン村からジョセフの姿が見えなくなった。・・・ジョセフの歩みが止まる。

 

 わずかに後退りをしながら、この緊急事態に備える。


 突如、目の前に顕れたのは首から上が黒い霧に包まれて不気味な得体の知れない風体だった。

 得体の知れない風体は全身を霧に包みなおす。

 そうして次に霧が晴れると、見覚えのある忘れられない顔でジョセフへと笑いかけた。


「ジョセフ」

「アニー?」


 霧の風体はかつて共に苦楽を共にした女性へと姿を変えた。得体の知れない──だが誰がなんと言おうとも、疑いようの余地すら消滅してしまうくらいにこのやり方はひどくジョセフの心を打ち砕いた。


「アニー・・・なぜ君がいま、僕の前に現れるんだ」

「お別れを言いに来ました」

「別れって」

「あの日わたしは溺れ苦しい思いをしながら冷たくなった。そうして冷たくなった私を抱えて悲しんでくれたあなたに私は別れの挨拶もできないままひどいことをしてしまった。そんなあなたが今日という日に新しい決断を下したことを、私はとても嬉しく思います」

「なぜ君が悔やむ。そうか、君は僕の心が見せた幻なんだろう」

「ええ」

「・・・だったら君が僕も見たことのないその本を手に持ってるはずないじゃないか!」


 アニーの手には、噂だけでまだジョセフの見たこともない『夜の庭』の本が抱えられていた。


「私の心残りはもうなにもない。だから今日、私はあなたとお別れします」


 アニーは本をジョセフへ差し出して、掴んだジョセフの手に手を重ねる。・・・あたたかい。


「さようなら、ジョセフ」

「さようなら、アニー」


 アンクトン村の近郊から矢が空へと飛ぶ。


...ノクチュア新聞、星室新聞”アンクトン村の怪奇?奇跡? 村人たちが空へ昇る流れ星と死者の夢をみる”。



 屋敷から旅立ったブラックは街の外へと向かう間にひとときだけ寄り道をし、通りからとある家の様子を聞き伺う。


「ウィル、おしめとってくれない?」

「ほいほい・・・うん、今日も立派なもんだ」

「そうね。そういえばこの前リアムが替えてくれたときにリアムのも私たちが拭いてあげてたのよって言った時の反応かわいかったわよね」

「赤ん坊の頃の自分には本人も含め誰も敵わないよ」

「間違いないわ」


 ・・・しあわせそうだ。


「あと一つだけ寄り道させろ、レッド」


 ノーフォークの郊外のさらに外れ、桜の大樹のある湖畔。


「こいつも大きくなった」


 柱みてぇに太く俺を煽るように花を咲き誇らせやがって、あろうことか、この大樹が俺の慰めになるとはな。こんなもん植えなければよかった。


 ・・・ ゆっくりと、大樹の下へと腰を下ろす。


「閉脚された気分だ。あろうことか、アイツの顔に2つも見知った顔が重なりやがった。レッド。お前も見ていただろう」


 一つは弟、そして、もう一つはベルの表情である。


「どうしてこんなにも世界をうつくしく創りやがった」


 時間を共にした郷愁にガキも大人も関係ねぇだろうに、追悼しようにもお前の娘の前じゃあ泣けやしねぇ。

 忘れられない記憶が鮮やかすぎるくらいに甦ってくる。

 だからお前も生き残れよ。


「VIVA...応えてくれ、鳴らしてくれ。俺はローズに後から抱きしめてもらうからよ。ベル。レッドがそっちに着く前に今は一緒に泣こうぜ・・・クソが、死んじまった。マジでくたばるなよ・・・レッド・・・」


 大きな心の(herma)を失った。

 はかねぇよ。死ぬんじゃねぇよ。

 俺は泣くのが下手なんだから泣かすんじゃねぇよ!!!


「レッド・レイザーッ!!!!!!俺たちを忘れるなあアアアァあああああ……!!!」

 

 別れ際に泣かなかった分、この淡し桜が散る頃まで寂しさを感じさせろ。


「だァぁああああ、ああぁあああ゛!!!」


 あるいは思う存分に声が枯れるまで溢れるままに泣かせろ。


「Crepi...レッド・レイザー」


 ・・・安らかにくたばれ。

 



──王都、カウスバルト。王立学院の教室。


「ねぇ、ヘイジーって知ってる?」

「知ってるー。ちょっと怖いよね」

「ね。夜に顔がモヤモヤな人が訪ねてきたら怖すぎるって」


 クラスメイトたちが世間話をして休憩時間の暇を潰している。

 世界各地で夜中に目撃される変な怪異の話題で持ちきりだ。

 というのも、デルフィニウムという作家が執筆した『夜の庭』という作品に同じような黒い霧で顔を覆われたヘイジーという男が登場するらしい。


 ヘイジーなんて、流行が一人歩きした眉唾でしょう。

 

 エリシア・ブラッドフォードは、クラスメイトたちの噂話に耳を傾けつつも、早退のため荷物を片付け寮へと帰る。 

 最近、側仕えているミリアの情緒が不安定で心配だった。家から緊急の手紙を受け取ったらしく、その後から引きこもってる。もうすぐ春休みだから学年で履修すべき重要な授業もなく、ここ数日の休みはさして問題にならないが、休みの後までこれが長引くと大変だ。 

 家柄が家柄だし、身内に不幸があっただとかそういった話は入ってきていない。

 ミリアは最近、覇権を握ると息巻いていたユピテルへの挑戦で敗北を知った。

 それでもリアムのメルクリウスでの偉業を知って心から喜んでいたあの子なら、きっと持ち直せる筈。


「エリシアさん、届いてましたよ」

「ありがとうございます」


 寮へと帰ると、ミリアの部屋を訪ねる前にまずは自室へと荷物を置いて寮母さんから受け取った自分へ宛てられた手紙のブラッドフォード家の蝋印の封を切る。




「どうして」





 ──・・・Solitude on the Black Rail 編、おわり。


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