83 Benedictus
“ルイス・ハワード&ミリア・ノーフォーク率いる第四騎士隊。ユピテルのラストボスへ挑戦”
”ステディエムにて騒乱を起こした主犯ネップの死刑が執行予定”
──週刊ノクチュア新聞、星室新聞のイベント情報欄。
王都カウス・バルト。王城。
「おーい、ミリアたちの見送りに行くぞゼンライカ・・・ゼンライカ?いないのか・・・雷花がない!?誰か!誰かある!!!」
ほむべきかな、今日も世界が平和の賛歌を歌う。
「ベルーガ。この庭園の留守を頼みます」
「はい」
「バーディー」
「ウーゴ」
「リアムは真実を知った。僕はシーハイドランジアを摘んで見届けにいく。君はどうする?」
「・・・まだ蕾ですが、私のハイドランジアを持って伴わせてください」
「いいよ。さぁ、飛ぼうか」
「紫電清霜──ええ、飛びましょう」
いつもより激烈に、そして、澄み渡るように賛歌は歌われる。
ステディム、上空。
「ウーゴ。アレは・・・」
「苒蕾果だ」
ウーゴとバーディーは、全長わずか1mに満たないほどの小さな龍と出会う。
「おはよう」
「ウーゴ。元気にしてました?お腹は空いてない?」
「うん」
「どうして王都に遊びに来ないの」
「僕だって遊びに行きたいんだよ?でもネロがダメだって」
「ふーん」
「昔みたいにゼンライカが遊びにきてよ」
「・・・だってあなたの近くにはあの方を宿した竜人がいらっしゃるでしょ。あの中には相討って私を殺した輩もいるんだから、配慮してもらいたい」
「なんだ知ってたの」
「・・・あなたの実直さには嘘はつけない。最近知ったの。王族の側で充電してある程度の蓄えをしたとはいえまだこの身なり。どんなふうに嘆かれるか・・・ごめんなさいね、放っておいて。私は電龍ゼンライカ」
「はじめまして。ネロを宿しております。レギナ・ウィズ・バーディーと申します」
「ご機嫌ようバーディー。そしてお久しぶり。随分と若造りした見た目ね、ネロ」
バーディー。少し失礼します。
「あなたが人と契約するとは驚きました。ゼンライカ」
「・・・自分の姿を見返すべきはあなたもでしょうに。スタティック・クラスター・アマリリス。私の雷花を育てるためだから」
「与えられた役目に勤しんでいるようで」
「いつか帰ってくるんじゃないかって。それがあの光の槍の日に希望に変わった。だけど現実は非情。まさか王があなたと同じ状態にあるなんて」
ゼンライカの手には球根付きの青い雷花が握られている。
「その球根は切り落とすべきでは?」
「彼が王ならこれくらいでお腹は壊さない」
「竜咆」
「ヴォルテックス!」
休符をおかずにバーディーから放たれたブレスを、ゼンライカは体を車輪のように回転させて生み出した雷を龍力に換えて纏い相殺した。
「ドラゴンにとってブレスは挨拶がわりって言ったって今いる場所を考えて!どうせ昔は人嫌いだったくせにいい様とか思ってるんでしょ!」
「・・・」
「あらどうしてわかったのでしょう?みたいな顔してる!」
「・・・え、ネロ?あの、ここで戻られても」
「逃げた!」
上空でドラゴンたちが戯れあっていると、そこへステディエムから浮いてきた人間が一人近づく。
「失礼」
「やぁコナー。お茶会ぶり」
「コナー?ああ、ウーゴが逃した賊ですか」
「だってコナーは王の資質を漂わせながら世界図会まで持ってたんだよ。無茶言わないでよ。ま、今なら僕が圧勝かな。世界図会はリアムに取り上げられたみたいだし・・・なんで手に世界図会持ってるの!?」
「リアムから貸し出してもらった。今浮いているのも、世界図会の力を借りてのこと」
「ああ、コナーはまだ竜化できないんだっけ。だったら僕が手伝ってあげる」
「ありがとう」
バーディーは嬉々とした目でコナーに手を差し出す。
「レギナ・ウィズ・バーディーです。リアムさんとは色々あったとのことですが今は和解されているようで、竜人同士、私とも仲良くしてください」
「あっ、僕の自己紹介の前に少し時間をください」
「は、はい・・・」
せめて手を握った後で時間を取ればいいのにと思ったバーディーの不満に反発するように、コナーの雰囲気はとても柔らかく、嫋やかに。
「こんにちわ。ジブリマーレ。リチェルカーレ・ウェパルです」
「・・・ウェパル?」
「今はここにいるんですけどね。おそらくですがあなたのお祖母さまはマリナデルサーレ様ですよね。魂に染みついた私の記憶が正しいのならば、マリナ様は私の大叔母にあたる方です」
「・・・大叔母、ですか」
「はい。つまりあなたのお母様は私の従伯母で、あなたとは再従姉妹同士ということになります」
ジブリマーレは眉を顰めながら2回、3回と瞬きをした後に情報を整理して問い返す。
「あなたはコナーなのでは?」
「ええ、そうです。ですが私もここに──。こちらの変奏曲はコナーに埋め込まれた称号楽曲ですが、この奏鳴曲はかつて私に刻まれていたものです」
「私を揶揄ってるんですか?声を変えて喋ってるのはわかりますよ」
「あっ、失礼。僕が奏鳴曲で彼女の声を真似して出してるんです。元々彼女の称号楽曲ですから、喉は僕が動かして──声に奏鳴曲の波を乗せているのでかつての私の雰囲気が少しでも伝わればいいなと」
「・・・王位の継承権を主張なさるおつもりでしょうか?」
「いいえ。あの、話が飛躍しすぎています」
「ごめんなさい。ですがどうしても信じられなくて」
新しい竜人仲間ができたと思ったら、唐突な親族宣言に深海女王もたじたじである。
「であればこの件は保留しましょう。舞台の幕が開かれる。これから固唾を呑んで見守らなければならない。彼が敗北すれば、私たち──僕たちも救われない」
メルクリウスから異質な光を捻じ曲げる水の球が放出され、宙に留まる。
「みをつくし、心を尽くし。リアムは不倶戴天の覚悟で、二度と命の咲かない庭に立っている」
「メルクリウスのラストボスの棲まう場所では、リヴァイブが機能していないということですか?」
「似たり寄ったりのダンジョンがあったそうなのでその可能性を否定しきることはできませんが、私が述べているのは全く別の理の話です。ナオトはリアムとしてこの世界の輪廻に組み込まれたので、通常であれば生き返ることはできたでしょう。しかし彼の中には今、シドから掬い上げられた者たちがいる。どちらにしろ、彼が掬い上げなければ誰も救えない。理不尽に命を奪われて、忘却の機会すら奪われていた彼らに更に永遠の牢獄か、魂の浄化の危険のある忘却かを賭けをさせた。酷い男だと思いますか?それとも、機会を与えただけマシだと思いますか?」
「なぜそのような無謀を・・・」
「転生の理を知る前の自分にもう一度だけ戻りたかったのでしょう。忘却は恐怖であると共に救いでもある」
この展開を誰が用意したのだろう。
「あの時と同じどころの騒ぎじゃない・・・忌々しい超弦が3つに増えた」
「ベルの記憶に補完されたその模倣品は、あなたを切った物より再現度はかなり高いでしょうね」
「都合のいい時だけ穴から出て水をかける。このウツボドラゴン」
「だったらあなたはチンアナゴラゴンですか?」
「・・・そのくらいで私はショートしないから。もう昔の私じゃないの」
「それならいいんですよ・・・し、失礼しましたゼンライカ」
「いいよ。ネロは昔から私には当たりが強い。きっと構ってほしいの・・・何?」
「上手い洒落には座布団を一枚渡すものだとリアムに教えていただきました。物がないので、代わりに私の鱗を一枚・・・」
「ハぁ・・・だったら私の鱗も一枚あげる」
「ありがとうございます!」
バーディーとゼンライカは互いの鱗を一枚ずつ交換して友好を結ぶ。
「あれは絵から飛び出したとかのレベルじゃない。どう見ても生前の水竜。どうしてリアムがあなたの古い姿を知ってるの?」
「それについては僕が。リアムは探し人の記憶を見たそうです。命の精霊王として世界を見守っていた、ケルビムの中にあったベルの記憶から・・・お気持ちお察ししますよ、ウーゴ」
「ごめんね・・・すこし、寂しくなった」
ドラゴンだって涙を流す。そうでなければ聖戦など起きなかった。
「ウーゴ」
「何?」
「仮の話だけれど、アレ、私たちドラゴンが全員で立ち向かって勝てると思う?」
「無理だね」
「即答はないでしょう。生前でさえ相打ち均衡が取れていて数の差で勝てた。ちょっとエネルギー供給器が大きくなっただけの話。むしろ優勢だと思うけど」
「んーん。だってリアムは自分の中にいる精霊としてのイデアの魔力をまったく使ってないから」
「イデア?」
「そう。命の精霊王ケルビム。今はイデアを名乗ってる」
「それなんて題名の破滅のお話?・・・神はなんて爆弾をこの星に投下したのか。それはダメだね」
「もし僕たちが善戦したとしても世界が枯れてジリ貧の未来しかない。そもそも世界を渡る穴を開けた王を敵に回した前提の話。僕たちも今回ばかりは枯れるしかない。そうして最後に残るのは神と王を宿したリアムだけ」
「接触は?」
「会ったみたいだけど、胸ぐら掴んで次に出てきたら滅すって脅したって──・・・・ゼンライカ?」
「それは王が?それとも彼が?」
空は晴れている。雲もない。なのに空気がビリビリとビリつく。
「リアムだよ」
「さいっこうにビリビリ!!!わたしたちから王を隔絶したベルの約束の人なのに私の雷花を捧げるなんて最悪だと思ってたけど、やっぱり王が宿るだけのことはある。シエルともベルとも一雷を穿つわ!」
「シエルはまだしも、リアムはベルのことを尊敬してるからそんなこと言ったら機嫌を損ねるよ?」
「ウーゴ、ネロ、それとその他。雷に誓って今のは秘密」
「そんな煩い秘密、丸聞こえだと思う」
「・・・無知を詫びるので、お願いします」
それからドラゴンたちは静かに帰還の時まで心を鎮めなおす。
リアムの資質を見届けたドラゴンたちは、その手に持った花たちをささげる時を待ち侘びる。
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時は開戦の前まで、さか戻る。
メルクリウス、84番窓口。
「見送りは結構です。クロカさんとお話しさせてください」
「わかった。そろそろ囚人が処刑台の近くまで辿り着く頃だ。私はそちらを監視しておく」
「はい。シリウス様。色々と無茶を言いました・・・改めて、急に呼びつけたことに応えてくださったことに感謝を申し上げます」
「君には私を通さない手段も取れたはずだ。君が本当に勝てるというのならギルドの方で手続きだけして早々に攻略してしまい、得た名声を手に王へと直訴することもできた」
なぜ、シリウスがここにいるのか、理由は明白だった。
「取引の件は別として、得られるものがあるよう願っている」
「僕が得るものは1つにふたつ。僕が勝つか、あなたたちが負けるか」
「私の味わったことのない、格別な料理を期待している。歴史の証人になるのも悪くない」
そんなに楽しそうな表情で喧嘩を売られては、どこぞのスクールの学長の顔を思い出す。
「クロカさん。これを、僕の家族への便りです」
「音問の応えを残すほどなの・・・」
「父さんと母さんに何も言えなかった。不出来な息子だと思います」
クロカは濁したが、これは便りにもなるし、遺書にもなる。
「あなた、他人の命だけじゃなくて自分の命まで!?」
この人には敵わない。
だが僕は後戻りしない。
「ここから先はオペレーターも同行厳禁です。ありがとう、クロカさん。あなたに最高の景色を見せますから、どうかあと少しだけ、あなたの力を貸して、僕の心に住まわせてください」
そして願わくば、再会を。
声に詰まったクロカの喉が鳴る音だけが聞こえた。
僕は前にだけ歩を進める。
僕はいってきますとは言わない。
僕はあなたにただいまと言いたい。
暗い廊下を歩く。
父方の家系は仏教系、母方は神道、どちらかというと神道の方がさっぱりしてるし僕は好きなんだが、死生観というものに興味を持つと過去の人たちがどのように見つめていたのかが気になるものだ。メフィストフェレスの考え方は僕の言葉に訳せば、蔵と種子。
ドラゴンの力の考え方に似ている物が僕の記憶の中にもある。
考えを頭の中で整理しながら、転移の間の陣の前に立つ。
1回で片付かないと、カッコ悪いなぁ・・・成績の見栄えを気にしているだけ、心は落ち着いていると考えよう。
「遍計所執性、依他起性、円成実性は実在している。これが僕の自性。染汚意が酷すぎて恒審と共存し平等性智に転ずるには至らず。だが成所作智、妙観察智、大円鏡智に識を転ずることはできる」
魔法陣の上に立って、目を瞑る。
息を整えて、深く整えながら眼識・耳識・鼻識・舌識・身識を意識して、詠唱する。
転迷開悟の兆しはある。少しは寝心地のいい子守唄になれ。
「タオゼント」
──Nr. 1000の庭へ。




