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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
Solitude on the Black Rail 編

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360/371

80 Domine


「被告ネップ・ガポンを主犯格と確定し、1週間後のこの時間、罪人として市中で見せしめとした後にメルクリウス広場にて斬首刑と処す」


 領主館の前で、今回の騒動の主犯として祭り上げられたネップの罪状と判決が読み上げられる。


「ラディ・・・どうしよう」


 どうしようって言ったって、どうするんだよ、こんなの。


「ネップが死んじゃうっ、殺されちゃうよ!!!」

「落ち着けキャシー。俺たちには1秒たりとも与えられていない。考える時間が惜しいくらいにできることが思い浮かばない・・・」


 2日前の騒乱でリヴァプールに避難し、昨日戻ってきた。 

 俺たちを送るためにルールを破ったリアムは、領主様に赦しを得たから罪に問われないらしい。


「俺には手に余る。みんなに、そしてリアムに相談しよう」


 いつから俺にはこんな逃げ癖がついたのだろう。

 思いつかないとすぐに誰かに頼ってしまう。

 父とは正反対の道を歩んでいるような気がするが、だけど、今回だけは絶対に独りで突っ走っても解決できない。


「無理だ」

「でもリアムは赦されただろ!?」

「それは緊急時であったこと、実際に騒動があったこと、問題が起きたこと。ちょっと順番は誤魔化して伝えたけれど諸々の事情が考慮されて僕は赦しを得た。一方で、ネップは今回の騒動を扇動した。ついでに貴族を槍玉にあげたのはまずい。特に行政資料を漁ったとなれば領そのものを破滅へ導く民衆すらも欺く背信行為だ」

「だけどカストラって人はマンチェスターを貧しくしてる張本人だ。富を独占しようとしてる」

「それは違う!!!」

「マッテオ?」

「ワリィ、ラディ。俺たちからもお前たちに話しておくことがある」


 そこからマッテオとブルックは語った。

 自分達は元々マンチェスターで商いする家の子で、業績悪化で店が傾き両親は夜逃げ、自分達はおいていかれたこと、両親の伝手で会ったことがあったカストラに助けを求めたこと、保護されてマンチェスター家に仕える者として育てられたこと、カストラの親友が死にその子供が人を信じられなくなり貧民街へと迷い込みそんな彼に近づいて接触し見守る役目を与えられていたこと。


「ラディ。お前だけにはカストラ様を痛烈に批判してほしくない」

「お前やキャシーの気持ちを慮れば味方なんてとでもではなくできないだろうが、ピーターさんの息子にまで非難されたらあの人はいよいよ後がなくなる。カストラ様は、ピーターさんとの約束を貫くために領を豊かにしようと常に努力してるんだ。カストラ様の心の支えは家族とマンチェスター領を豊かにするっていうピーターさんとの誓いだから」 

「なんだよそれ・・・百歩譲ってお前たちの出自なんてどうでもいいよ。俺のも含めてな。親父と繋がりがあったからって俺の父親代わりになってくれたのはネップだ。傍にいて見守ってくれていたのはネップなんだよ!!!」

「そのネップを処刑するんだ!カストラ様だって心を痛めているはずだ!!!」

「じゃあカストラが人でなしでないことを祈ってネップが殺されるのを沈黙して見てろってのか!!!」

「いい点をついてる」

「はぁ!?いい点ついてるってなにがだよリアム!!!」

「カストラ様は本気でネップの今回の処断を望んでいるのかという点だ。騒乱の主張が純粋なものだったのならば一概に民衆側にのみ責を問うのはどうかと思う。僕が学んだところ飢饉というのは人の利己的な行動によって引き起こされることがある。自然災害は引き金の一つ。だけどマンチェスターの民を困窮させているのはもう少し根深いものだ。カレンダー、前に勉強したことのおさらいだ」

「は、はい。あの、マンチェスターは慢性的な食糧・物資不足による飢餓に見舞われている状態です。自然災害等に当たる根本の原因はメルクリウスを巡る行政の失策によるところが大きいと」

「はい。その通り」

「よくできました。んー、可愛さに加えて賢さも兼ね備えているとはやりますね」

「リアナ。どうしてそんなにカレンダーにベタベタしてるの」

「最初の印象って大事なんです」

「でしょうね」


 リアナはカレンダーを膝の上に乗せてからずっとべったりでこの調子だ。

 別人だと苦し紛れに説得したが、湊花は速攻で退勤した。

 人として正しい反応を見せる湊花を見届けて、ちょっと自分の正気を疑った。


「どう思う。コナー」

「リアナの子供好きは置いておいて、成り行きを途中から見ていた者としては、ネップは振り落としの浅葱幕だ。裏にはシドがいたわけだが、彼もまた黒い紗幕であって事の顛末はガポンで網代幕切れ。そして浅葱幕はまた振り落とされようとしている。ネップは消し幕に隠され、シドに黒幕を振りかぶせる。そこにたとえ差金の蝶が飛んでいたのだとしても、黒は見えぬ」

「「「決まりごと」」」

「証言してくれ!」

「無理だ。シドは王都へ移送される前に今回の騒動について自供している筈だ。それでも扇動した主犯の一人として数えられた。見せしめか、疑わしきはだ。偽の名前だらけで溢れた謎の組織のから下された命令で動きました。だから自分達は悪くないんですという道理がどこまで認められるか、それが死刑を覆すだけのモノになる可能性は限りなく低く、むしろ僕の身すら危険に晒すことになる」 

「はいはいはーい。一応わたし領営側の人間なんですが、その辺の配慮とかにゃーの?」

「昨日帰ってきたばかりの今日で、セナさんも大概ですよね」

「だって私この人たちとは初対面だし。それにキュリーもこの人は私のこと治すって約束してくれて優しくしてくれた人だって思ってるからそれでいいんじゃない?怖いよりマシよ」

「治したのは僕なんですが」

「だからこうして病休乱用して企業見学に来てあげてるんでしょ」

「キューちゃん飴食べる?」

「今はおばちゃんの飴はいいの」

「おば。これでもわたし推定年齢100歳ちょっとなんだけれど」

「十分おばちゃんじゃん」

「ポップ君だったっけ。飴食べる?」

「えっいいのかよ。なんかごめんな。ありがとう──・・・うおっ、なんだこの飴パチパチする!」

「いいなー!キューちゃんも欲しい!」

「はいどうぞ。海竜様とのお近づきの印にたくさん作ってもらったのでまだまだありますよ」


 結局、ロバートも貴族院に参加しているのでリヴァプールにいないじゃんってことに後から気づいて、ウーゴはただ飯を食うだけ食らって帰っていったのである。なんなら王都まで送るよと舌舐めずりしたウーゴに慌てて「そこまでしてもらえない!」と噛みつき気味にお断りしたバルトがロバートに話を通しておくということで話が決着した。


「僕に頼らなくてもネップと面会くらいならできるかも。マッテオ、ブルック」

「訴え出てみるくらいなら力にならせてほしい。なっ」

「もちろん。好きに生きてみろと言われたが、家族だとも言ってくれた」

「わかった。それで例えばだ。ネップを拐ったりとか。それができる人は」


 ラディの提案にリアナは僕を、僕とコナーはリアナの顔を見た。


「私は誘拐された者として議会でシドの情状を報告します。リアナとして、そしてシルクとして」

「配慮にかけるが、シドが死刑になろうと終身刑になろうと僕には彼の側に立って守る理由はない」

「それが道理かと」

「ありがと。そしてネップにも同じく、僕にはまったくもってどうでもいい話だ」 

「だけど、シルクを頼ると」

「シドの情状を訴えられなくなる。あの子の傷を塞ぐのは私の役目であるからして残念ながら力にはなれない」

「でもそのシドのせいでネップが殺されちゃうんじゃないか!!!」

「それでも私はシドのために動きます」


 実際、シドは間違いなく死刑を免れる。体には虐待を思わせる傷が多数残っている。


「どうしてネップが殺されてシドは野放しなんだ」

「死刑としてもシドをその手に誰もかけられないからだ。それに彼を罰以上に苦しめることに繋がりかねない」

「リアム、わかんねぇって。だからどうして!」

「シドには称号楽曲スラータトゥーがある。これは勝者に引き継がれる。端的に言ってしまえば、所有者に敗北を認めさせた者に引き継がれる。だが一概に断じれない。リチェルカーレの件もある」

「隠れた条件があるとすれば称号楽曲を所有する者、含めて聖餐を口にした者、だがこの条件を満たす者が近くにいなかった場合、迷える称号楽曲はどこへ向かうのかわからない」

「・・・シドの心神耗弱が認められたらどうでしょう?」

「できなくはないけれど、内なる悪魔の狂気となると例えば竜人のような別の魂と共存する人たちを侮辱することに、あるいはそんな前例ができてしまうと善良な市民たちをも敵に回すことになる」

「緊急避難とも認められない。酌量による減刑を狙うには弱い。やはり量刑ではシドの犯罪が重視される。配慮されるのはリアナの立場だ。シドの精神を汚染した輩が人類みなであたるべき脅威として認識されると尚よし」

「リアナが妖精族の族長家系の姫である立場をもってしてシドの生い立ちを語るというのなら、雲をつかむようなVOXの話にも疑いが生まれる。そこでリアナがシドの裁判の証人席に立つまでネップの死刑執行を伸ばすんだ」

「しかしリアム。反逆には見せしめが必要なのはこともネップは脅されていた事もまた事実だ。そうまでしてカストラが猶予を与えられないのは、民衆がまた立ち上がるのを恐れているから。どう説得する」

「焦りを取り除いてやったらどうだろう。呪いを解くんだ」

「マンチェスター家の呪い」


 カストラは素早い対応が民衆に楔を打ち込むとともに、権力に強硬なイメージが重なれば恐怖政治につながるところまで天秤にかけられないほど思慮浅くない。

 表向き、彼の父親の功績は他領の貴族たちにも肯定的にとられ財政は潤っている。だがカストラは領内の経済が実のところ荒んできていることも把握している。それがいつか弾けるバブルであることがわかっているからこそ現にカストラは王都とのスカイパスを繋ぎ、リヴァプールにもパスを新設した。そして扇動もあったとはいえ火のないところに煙は立たず、父親の政策が間違いになりつつある昨今、裏ではマンチェスター家の呪いとして領民の内だけで囁かれている。


「リアム。よだれが垂れてる」

「涎ものでしょ。想定より恐ろしく早く前倒しになったが誰かさんの差金のおかげで幸運なことに準備はできてる。だからこそスターマップ貨物を作った甲斐がある。金の亡者の謗りを受けようが資産こそ正義。カレンダーやスローには申し訳ないけれども」

「どうして?」

「なぜですか?」

「カレンダーに起業の話を持ちかけたときにピーターメールの株を許す範囲でなら売ると言っただろ」

「はい」

「そうなの?」

「スローも頑張ってくれてるから将来的には2人にその範囲内の半々ずつくらい会社を所有してもらおうかなとも考えていた。けれど企業価値が上がる分の株の価格の算定がある。かといって株を増発し一株あたりの価格を下げようが所有率には遠く及ばない。君たちにはそれだけの財力がない」

「私は構いません。元々リアムの手助けがなければ事業を始める予定もできなかった」

「僕も。降って沸いた話だし」

「君たちはとてもいい子だ。だからいい子たちには代わりに悪い悪い悪巧みを授けよう。誰にも言っちゃダメだよ」

「わかりました」

「わかった」


 風と光の魔法。2人の貯金だと莫大な利益とまではならないが、ちょっぴり裕福にはなれるのではないだろうか。


「最終的には自己判断だ。というかぶっちゃけギャンブルだ」

「でもこれって・・・」

「すごくリスクの少ないギャンブルだよね?」

「投資は?」

「「自己責任」」

「だから判断は2人に任せるよ。この情報が僕のできる最大の配慮だ。仮説が現実味を帯びたらまた報告するね」

「わかりました」

「ありがとうリアム」


 風と光の魔法を解いて、密談を終える。


「それじゃあ僕は早速メルクリウスに──」

「ランチの手伝いがあるからそろそろ帰らないと。キュリー帰るよ」

「はぁーい」

「リアム。送ってって」

「はい」

「ネップさんのことでお忙しそうですし私が付き添いましょうか?」

「いや、リアムでいいわ」

「じゃあエスナの台所でご飯食べましょうか。ラディ。歩きながらもう少し考えよう。僕さ、ジッとしてるより歩きながら物事考える方が考えが冴えるんだよ」

「それがいいわ。そうしなさいって」

「けどさ・・・わかった」

「カレンダーとスローには後から差し入れ持って手伝いにくるからね」

「ありがとうございます」

「ありがとう」


 リアナ、コナー、セナとキュリー、ネップの件で今日は探索を休んでいたクッキーベルを伴って、エスナの台所へ向かう。


「私は王都で商人もしてましたから信じてください。王侯貴族はアリスの知識を啜って都合のいい制度改革を行っています。欠損金の繰延控除もその一つです」

「にしては、魔法箱とかなかったけれど」

「そもそも魔法のない世界のお話。文系と理系の体系で言うと理系の方が罰が厳しいと言うのも相まって科学の理や仕組みに関する深い知識が埋もれている場所は未踏破であることがほとんど、概念があってそれを実用化できるまでに仕上げることができるかどうかはまた次元の違った話」

「おっしゃる通り」

「経済学等の理論はその点、概念的な話でも現実に実態がある分だけ有用だということか・・・」

「100年。かなり探索されていてもまだまだまだまだ。初学者向けの知識がほとんど収集された今、年に数冊、未読の本が見つかればラッキーくらいの場所です。得た知識にお金をかけられる人間、暇な人間、知に溺れた人間くらいしかつま先を向けない場所ですから。実体のないものに命はかけられない。その点はアダムの書の方が物事の道理を理解する点では手っ取り早くて有用。でもアリスの知識はアダムの書より断然、深い」

「一長一短というわけだ」

「そんな物欲しそうな目で僕を見ないでくれ。さて、気になるのはシドが脅しとともに説得にも使った材料のうちの一つ。かなりネップらの心を揺さぶったはずだ」

「これか」

「あながち本当にやられそうで怖い」

「ではどうする」

「当然懸念を潰しておきたい。そこで僕は強力な助っ人にさらなる助っ人を呼んでもらう。クッキーベルが頼ることができるのは僕だけではない。こわーいこわいくらいに頼りになる人がもうひとりいる」


 マンチェスター家を取り巻く利権関係を整理したナプキンを畳み、燃え滓の残らないようインクの壺に浸けて染み込ませる。

 庭鳥のソテーとサラダが空になったプレートにフォークを置いて、計画をまとめる。


「ラディ。君の一番大事なものを賭けるくらい、助けたいんだね」

「・・・本当にこんなんで上手くいくか?」

「交渉は合意によってなされる。提案することが僕が提案できる最大限」


 コナーもリアナもこれが如何に杜撰な計画かはわかっている。

 その裏にあるネップのためにラディたちに将来を棒に振ってほしくないという思いを汲み取って教唆はしない。


「ご馳走様でした」

「じゃあねリアムちゃん」

「じゃあね」

「ジョシュとチェルニーの空室分の埋め合わせ、してくれてもいいんだけど?」

「いいんですか?僕を泊めると近日中に宿に査察が入るかもしれませんが」

「さっさと帰れぇい!」


 昨晩のこと、ジョシュとチェルニーはシドを連行する騎士隊と共に王都へと渡った。


「ジョシュとチェルニーをお願いします」

「互い様だ。妖精族の里と連絡をとり後日、お迎えにあがろう。それまで頼んだ」

「はい」


 リアナはシドの裁判が行われるまで国王の下での保護を拒んだ。

 リアナはレッドとマルデルの娘を名乗ったが、リアナの素性が本物かを確かめる手段がない。

 妖精族の里への問い合わせと並行して、リアナは証人として召喚される。

 それが本人の希望だ。


 昼食を済ませてマッテオとブルックと共に、ラディとキャシーは面会の交渉のために領主館へと向かった。


 ロドリーホテル・ステディエム。


「ここまで話を進めたが、一番大事なことを確認しなければならない。リアム、君はいまシドの・・・」

「鈴華に延ばしてもらった命だ。前世のように、一度だけ本気で命を預ける」


 むしろネップの件は、僕が後戻りしないようにするための楔の一つでしかない。


「この手紙を。ネップの裁定と執行が終わってから渡そうと思っていた。これを手に入れたのはガポンと繋がりがあるパーティーだ。メルクリウスで読むといい」


 コナーから受け取った封筒を手に、リアムはメルクリウスへと向かう。


「黒が見えぬのだとしてもそれが後ろ幕なのであれば、例えば薄明かりの日の出が舞台の上に現れるかもしれない。同じように私はナオトにまつわるダンジョンはミネルヴァだけだと思っていた。あの手紙を読むまでは」

「・・・ドキドキするよ。彼のおかげでリレは僕の命に自分を重ね合わせてくれたことに気づけた。誰かの命に自分を重ねあわせたのはリレをこの手で最期に抱きしめた日以来だ」

「いい綴りだしです──コナー?」

「ダメだよ」

「はて」

「見に行こうとしてる。趣味悪いよ」

「わかりましたから手を離してください。ふぅ、でしたら食後酒といきましょ。美味しいパンと葡萄酒でもどうです?」 

「昼間っから」

「国が払ってくれるんですから贅沢を楽しみましょ」

「この悪党。ノった」

「あなたとシドとリアムが聖なる光の道を歩けますように。聖壇に」

「聖壇に」


 雑踏に紛れるリアムの背中を見届けて、リアナとコナーはフロントでルームサービスを注文し客室へと向かう。


 メルクリウスの至る所にあるコンテスト用の魔道具には、現在の最高到達階78階にてガーデナーと戦闘中のエアフロウガーディアンズの勇姿が映し出されていた。

 84番窓口。 


「では、クロカさんとの契約の更新はこれで完了ですね」

「ええ。わたしはダンジョンの成果物からではなく、金銭的な対価のみをあなたに請求することができる。契約金は10万G。追加報酬なしで契約期日は来週まで。満了後、それ以降の更新はなし」

「よかったら、一緒に行きますか?」

「それじゃあ追加報酬の欄を消した意味がなくなる。わたしを守るため、なんでしょ。戦場に足の一本でも踏み入れたらきっちり半分請求しますからね〜」

「そうでした・・・今回の騒動でどうやら彼らも資料の緊急措置をとったようで注文が届いていたのですけれどまだ受注完了してない。ついでにマンチェスター家に百泡くらい吹かせてやるんです」

「収益を捨てることになるんじゃないの?」

「メリットはあります。もし僕が呪いを解いたのなら、クロカさんの溜め込んでいる魔石の価値が一気に急騰します」

「へぇー」

「ですから僕もできるだけ魔石を買い漁っています。会社として、そして個人としてもここに来る途中に予算の許す限りありったけの魔石をギルドの商業窓口で注文してきました。これ、その時に一緒に買ったオービルのチケットと用意した書状です」

「15時発、早っ!頼りなさいって言ったけどホント急ね」

「ですがクロカさんに出立してもらう前に一つ確かめなければならないことがある。そのため一度メルクリウスに入ります。5分もかからりませんから・・・」

「わかってるから下を向かないの。あなたのおかげで私はこれまでにすごくいい想いさせてもらったんだから。だから残り少ない送り出しも笑って見送らせなさい」

「上手くいくのがこんなに怖いことってあるんですね」

「今のあんたは初めて会った時と同じくらいに生意気よ。あまり私に心配させないで」

「はい。いってきます、クロカさん」


 67の次が78階、89階、100階、111階──79階だと鉢合わせ、また、メルクリウスの設定を確かめること諸々含めると合理的な階は99階。


「ノインウントノインツィヒ」


 対流圏を超えた場所。

 しかし庭は、人が呼吸してこの聖壇せいだんを探索できるよう整えていてくれる。


「上手くいくのが怖いって。だったら本番はもっと怖いはずでしょ。それでもあなたがそこへ向かう理由はなんなの、リアム」


 クロカは受付からコンテスト映像に映った見知った背中を見守りながら、オービルのチケットを強く握りしめた。


 メルクリウス78階、ガーデナー戦場。


「どうして・・・俺たちの上に庭が現れたんだ!!!」


 出資者のデラルテ、もといガポンが良くも悪くも取り潰しの危機に陥りなんとしても成功させなければならないガーデナー戦の最中、自分達の頭上に突如現れた上階の大地がエアフロウガーディアンズの栄光に星の灯りを落とす。


 リアムは合言葉の起動条件を確認し終えた。

 だがこの階の魔法陣と石碑を探す前に、コナーから渡された封筒を開けて中の紙に目を通す。

 

「聖壇に星団。って洒落か韻かどっちだろう・・・洒落かな」


 手紙には濃さの違うインクで2段落の文章が綴られていた。


文月ふみづきの七日月──聖壇のメルクリウス。古代の偉大なる(アルカディア)遺跡を調査中の私はたしかにその目を合わせた時に遠くに輝く星団のような命の煌めきを見て、壁画の天体オールトの雲を泳ぐ幻の鯨の声を聴いた。──追記・文月の晦日つごもり。言の葉の落ちる月を迎える前に私に残ったのは記憶だけだった。あなたと私のHolmiaに最も近いところにあるみぎりに、あなたとの思い出を残す”


 署名は擦れてしまい読めない。 

 だけど声は自然と弾み、困ったことに微笑みが溢れる。 

 だって日本語なんてこの世界の誰が他に読めるってんだよ。


『メルクリウスはアウストラリアで7番目に現れたダンジョンだったか? 君たちの絆は燃える星の団ように、あるいは向けられたフラッシュライトのように眩しすぎて目がチカチカする。ああ、眩しい』

「やめろクロウ」

『意識のある皆は限定的にですが全員が同意しました。これで瀕死になっても邪魔をするものは現れないでしょう。ただし、あなたを愛するあまりにそうなる前に目の眩んだ彼女が押さえつけてしまいそうですが』

「マリナ。1日は夜に始まり、夜に終わる」

『存じています』

「昼は常に夜に打ち負かされている」

『昼の玉座も夜の玉座もあなたのものでしょう。恒星の光に影無くして、遮るものがなければ夜もまた昼となる』

『白夜のように夜と昼が語らうことはないということだ。リアムは一線を引いた、深海の元女王』

『遮るものがあれば、また昼も夜となる。それらは昼であり夜である。そういった考え方を私はどうにも捨て去ることはできない』

『深海出身らしい考え方だ』

『はっ、冷血漢に何か言われたところで私は』

『まぁしわぶくな二人とも、我らが救世主がゲンナリなされている。お初にお目にかかります。肉づきのいいことがあなたの取り柄。それを貸してくださるというのです。私は彼らのように争うことなく尽力しましょう』

『なんかお前がそう言った喋り方をしてるとキモい』

『無理はしなくていいと思いますが?』

『これが私の普段の喋り方でしゅ・・・です。あっ、いま死に返りでしゅデビューって思ったな!?』

「煩わせるな」 


 手紙これを僕に渡したコナーは内容を読めたのだろう。

 だけど、リアナとコナーから聴いた真実ではベルはVOXに関わっていない。

 聖戦の英雄の誰かが裏切ったとコナーの中にいるリチェルカーレからの意見もあった。


「駆けつけ一音」


 亜空間を開き、その中からかつてアメリアから取り除いたメフィストフェレスの種子を取り出す。


生滅滅已しょうめつめつい


 余計な物を削ぎ落としながら、必要な力だけを体に取り込んでいく。

 元の持ち主に組み込まれ、いずれ脈打っていた種子は拍動を止めて冷たくなった。

 今はただの血肉と成り果てて、かつての王の肉体の一部は供養される。


「これは君が繋いでくれた、鈴華からの一音め」


 誰かが墓を荒らした。

 その一部をシルクが命懸けで僕に届けた。

 記譜のない音楽は、誰かの手によって繋がれていく。


「ありがとう、僕のオールドビック」


 観想する。夢の中にいる心地だ。




「──・・・いまの聴こえた?」




 ──・・・・・ォォォン。


 星のないはるかにくらい空を見上げる。

 わずかに声を拾った。僕と彼女の思い出はそこにある。



 メルクリウス、78階。


「勝った・・・なのにどうして私たちは負けている」


 久しぶりに、星を見た。

 メルクリウスの夜の空は暗い。星一つない。だがスカイ苔はそこにない星の灯りを再現する。


「昼なのに星が見えやがるッ」


 6人メンバーの中3人がリヴァイブヘ送られる死闘だった。

 だがなぜか自分達は追い越され、最高高度の座をまんまと掠め取られた。

 アドラーは天井に輝く偽の星に手を伸ばして強く拳を握った。



 ステディエム、囚人監獄。

 枷の繋がれた牢には、陽を浴びるための窓も、空中に舞う埃を眺めるための月光が差し込む隙間すらない。


「俺の命も後3日──」


 昔は悪事を働いていた俺でも最後には陽の光の中で死ぬんだ。

 悪くもあり、苦のある人生だった。そして悪くはない人生になるだろう。


「ネップ・ガポン。面会だ」


 ここに繋がれて1週間になるか。

 牢からの出入りには魔力を封じる枷と共に目隠しをされる。


「ネップ!!!」

「キャシー?」


 目隠しをとる前に、自分に飛びついてきた軽くて可愛らしい花が手折れないように、ネップは足腰に力を入れる。


「目隠しをとるから、ほら離れて」

「このままがいい!」

「頼む、このまま取ってくれ」


 ため息をついた看守が渋々とネップの目隠しに指をかける。

 解放された目に飛び込んできた明かりは眩しくもあり、また、ぼんやり優しく照らされているような気がした。


「ラディ」

「大馬鹿野郎ッ──会えてよかった」


 背の高さに差があって、最初に視界に入ったのは懐かしい雰囲気で俺を叱る亡き友の息子、この3年、俺が育てた息子の情けないくらいに強がって大人を叱りつける成長した姿だった。


「生きるために自分の魂を冒す術は、命が終着する時、生を腐らせる。だから魂を売るような真似はするな。だが時には、切り分けてしまい売らなければならないこともある。なら全ては売るな。最後の一欠片が奪われそうになったら、意地でも戦おう。その末、弱者としてではなく、人生を精一杯生きたのだと、敗北者ではなく、人生を通貫して魂を守り抜いた勝者となる。誰もが終熄ある人生の先端で走り続けている先駆者であることを見失わずこの世界というデッカい家を去るんだ・・・魂を尊べるなら撓たわんでもいいのさ。魂さえ失わなければ、また、新しい家が見つかる・・・これが答えか、ネップ」

「酔った勢いで口走ったような言葉をよくもまぁ覚えてやがる」

「誰かの許しがないと怖いなら、俺が許してやる。自分で自分が許せなくなったら引き止めはしない。その時までは・・・」

「その時が来た。お前たちより俺のその時が先に来るのは、当然だろう」

「そんなことないよネップ!ね、ラディ!ネップの教えは私ずっと守るから!守って・・・」

「俺のことは忘れてもいい、キャシー。どう変えようたって俺の人生にはお前たちのことが組み込まれてる。俺はそれで満足だ」

「それは私たちにだって同じだもん!!!」

「そうか。だったら俺のことはここに置いていけ・・・最後の姿をお前たちに見せたくない」

「下を向いた姿を見せたくないって?」

「ラディ。俺の魂は撓みまくったがヒビは入ってない。ソレはお前たちを尊んでいるからだ」

「ロウローとかって自分達を蔑んでた男らしい。俺たちは最後まで見届ける。何があっても絶対に最期は一緒にいるんだ!!!」

「・・・ハイボール団を率いているお前からしたら俺たちは陰鬱に見えるだろう。いいからお前たちは上だけ見てろ。下は見るな」

「やっぱりネップの言葉は俺にとっては気休めの言葉だった!そうさずっと空を飛び続ける鳥はいない!だから俺は止まり木に止まった時には羽を休めながらも空を見上げてそこに次の道を描きながらリーダーとして飛び立つ時にみんなにこう言うんだ!ハイボールって!」


 監獄の中で、俺は確かにそこで光を見た。それが人生、後にも先にも一番輝いて見えた光だった。


「子供の飯事だと笑えないくらいに真摯マジに貫きやがって──キャシー、ラディ。俺は今際の際を跨いだってお前たちを愛してる。さよならだ」

「ネップ!!!お願い行かないで!!!」

「まだだ!みんなで号令をかける!俺はそのために大事なもの二つ預けたんだからな!その一つはネップだ!だからその時が来たらハイボールって言えよ!!!」


 ネップは最期の言葉を残して、ラディとキャシーの言葉に振り返ることもなく看守に目を隠されて元の監房へと歩みを進めた。


 ──面会の同時刻、メルクリウス空港。


「彼の送ってくれたこの服を纏って降り立つと、前よりも身が引き締まる」

「よくお似合いです。シリウス様」

「刻一刻と節目が迫ってきている。猛牛の目に止まる前に急ごうか、クロカさん」

「はい。ギルド支部までご案内いたします」

「頼む」


 ウィルバーから降り立ったクロカとシリウスは、マンチェスター家が来訪に気づく前に速やかにステディエムのギルド支部へと歩みを進める。



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