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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
Solitude on the Black Rail 編

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77-1 Confutatis


 諧謔的な生き様だったよ。裏切ろうとすればいつでもできたかもしれない。

 僕を操っていた。


 もう夜を友とすることもないだろう。


「Bullet Brain」


 鍍金の下に隠れている正体は、剥がれなければわからないものだ。


皇帝導体エンペラー


 甲冑を纏った王は、静かに息を堪えてめいいっぱいに振りかぶった雷撃を放つ。


発雷イェソド矢形前駆放電ダートリーダー


 霧化をして攻撃を透かそうとも思ったが、避けた方が良さそうだ。

 結婚式の日、放たれた一撃とは比べ物にならないほどに速い。

 だが、マーナを破ったミリアより遅い。


『ミリアの電撃現象は帰還雷撃。後進すれば、前進することもある』

『精霊も魔力でくびきを打たれれば傷つく。霧化もそれと同じように散らされれば身動きが取れなくなる。天元に捕まり止鳥しちょうとなったあなたの諾約者のように進退きわまる』

『皺のある歌よりは有用だろう』

『種族僻を心配しなくてよくなったこの体では、声を枯らせない我々の適応力は非常に有用かと』


 ──警告、感謝する。


 迫る雷の王の投擲。

 雲を突き抜ける巨大なメルクリウスの尖塔の頂点は人一人分の足場があるのみであるから、立ち位置を変えて体を逸らし苦無を避ける。


『sistとcertare。君たちが望むのはどっちだ』

『『Con』』

『いいだろう』

 

 空気を摩り裂く。

 眼前を過ぎ去っていくエンペラーといったか、鏃が双方向へと向いているパトスの超弦。

 この一撃が路を作る先行放電リーダーだとすると、エンペラーが両向きであることの理由がわかる。


「Sistere」


 エンペラーはリアムに当たることなく過ぎ去ると、バルトの制御に従い幾許か路を伸ばした先の空中でピタリと止まる。


超弦技巧ちょうげんぎこう


 静止を見計らいリアムが上へ跳び上がるも、エンペラーはリアムを通過点として調整する。向きを磁針のように対象へと振らせ、リーダーの水平との傾斜を深める。


送還雷撃そうかんらいげき


 甲冑を纏い、己ごとを撃発とさせて路を通り発雷する。

 エンペラーの制御はパトスが担い、あとは走るのみ。

 そうしていずれ雷の速さを超えて、電界を走る光となる。


「Imperium Stefan–Boltzmann」

「・・・」


 そちらが雷を超えるというのならこちらも流星なんて甘ったるい、僕の至点を再現してや──・・・なにかにまだ見られている。それも複数。


 一撃目かみなりを弾く傘を用意しても、この一発雷には二撃目が控えている。間髪のない発雷の一撃目を弾くだけでは、まだまだ制御の甘い竜力の運用では致命的となったろう。

 だがこの秒間の一撃だけなら、容易に防いでのけよう。

 しかし、王都の方だ。

 王都カウス・バルトの一際目立つ荘厳な建物の塔から・・・どこかウィルの面影を感じる中年の男が、こちらに銃口を向けるも引き金にかけた指を引くことはなくただ威嚇していた。

 そしてもう一つ、王都の街の上、あれは空挺オービル

 あの中からこちらを何かが威嚇している・・・やめだ。


『この後に及んでよそ見する恐ろしさよ!せめて気絶くらいしてくれよ!!!』


 特攻をしかけるバルトは心の中で祈るのみ。


生滅しょうめつ


 1撃目につきやぶられた穴の開いた雲を吹き飛ばして進むバルトの超弦技巧とリアムは真っ正面から対抗するも衝突までを許すことはなく、こちらを踏み潰すように降りてきた電撃を躱して甲冑ごとバルトの胸を踵で回し蹴り飛ばした。

 反撃を受けたバルトは減速を試すこともなく、そのままステディエムを取り囲むように聳える山の膚へと墜落す。


「・・・──傷ひとつすら」

「バルトォォォ!!!」


 土に叩きつけられた契約者の元へ顕現けつけたパトスが見たのは、撒き散らした砂のように崩壊した胸部甲冑から胸の肌を焼かれ剥き出しに壊れかけた満身創痍のバルトの敗北した姿だった。


「・・・やめろオースティン。止めろパワーズ、コロされるぞ!!!」


 王都より大量の魔力が浮かび上がる。静かに引き金が引かれる波長を感じ取りすかさずパトスは叫んだ。


「わたしはこの場にいない父の代わりにこの引き金を引くべきか、パワーズ」

「ビルにはその権利はある。だが、あそこにあるのは真実のみにあらず。なぜビルが拳を握りしめてまでそれを振り下ろさなかったのか、考えろオースティン」

「そうか。やはり真実を聞かねばわからないな。カス


 オースティンは引き金を引く。自信をもって、本当に伝え聞くような人物ならば反撃することは絶対にないと心からの確信を持っていた。父とハワード家、そして支えるべきアウストラリアと聖戦の英雄たちを信じていた。


「国を混乱に陥れようとしている。そして王を足蹴にした罪だ。甘んじて最大の罰を受け、免罪符は次の生で得るがいい──点火ゲブラー


 シュテファン=ボルツマンの銃口から、フレアを纏った熱線が一直線にリアムを目掛けて空を貫く。


「シュテファン=ボルツマン。あれが血の源流(ハワード)の当主」


 シュテファン=ボルツマン。火の精霊王パワーズの超弦と言われている焼滅の熱線を放つ銃。その所有者は契約者であるハワード家の当主・・・父さんの兄オースティン・ギルマン・ハワード。


生滅しょうめつ


 オースティンの放った熱線は、リアムがかざした手の平に当たると皮を焼く寸前の端からはぜる火花の熱すら残らずに消え尽くした。 


円鏡エルブス


 かざされた手は下げられることなく、手のひらに円環が結ばれる。


「オースティン・・・逃げろ」


 なぜ僕を攻撃した。

 君たちはベルに・・・鈴華にこんなふうに罰を与えたのか。

 

「どうなんだ。いらえ」

「なぜ奴が私に反撃できる!パワーズ!お前たちはわたしたちに何を隠している!!?」

「逃げろ!いますぐ飛び降りろ!!!」

「断る!私は私の誇り(カゾク)のためにここから退くことはない!」

「分からず屋が!もういちどお前にできる最大出力だ!それでもお前だけでは進退きわまる・・・絶望的な報復が迫る、次はない」

「座る火鉢を水瓶と間違えたが私の火は絶対に消えない!点火ゲブラーァぁあ!!!」


 リアムが報復に出るよりも先に、シュテファン=ボルツマンより再装填された熱線が前の一撃によって温められた空気を更に焼きながら進む。

 

『奴の中にいるのは約束ナオトだけではない。ここまでの大立ち回りで何となく察しはついているだろうがオースティンはおそらく玉石混淆とした中身しょうたいのすべてを知らない・・・ダメ、だ。これはただのアゲハマ交換ではない。これ以上は撃たせるな・・・』


 起き上がれないバルトは開かない目の隙間からリアムに伸びる熱線を視界に眉間に皺を寄せる。


 ドラゴンのブレスには願いを叶える幻想など掛けることすら悍ましい。

 リアムのかざした手の円環の輝きが迫る熱線の輝きと同じになる。


滅已めつい


 生滅により取り込まれた火の一撃目が竜の力へ生まれ変わり、竜咆ブレスとなって二撃目と衝突する。


 オースティンの咆哮を込めた一線ですら、綺麗に調整された力で難なく相殺された。


「パワーズ・・・採火させてくれ」

「次はないと言った。テーブルについて話し合え」

「あれでもか──・・・」


 面と向かって説得を試みるパワーズに向かって、オースティンは打ち手を失った指し手をメルクリウスの上空に向ける。


「もういちどだ」


 今の滅已めついの一撃は生滅で取り込んだシュテファン=ボルツマンの弾丸の分。


「アマティヴィオラ」


 こちらにはまだバルトを蹴飛ばした時に甲冑から吸い取った分がある。過大過小なく、唯名の通りの普遍的な報復である。


「なんの足掻きだ、それは」


 不失正鵠の弓に、竜の力を装填して放つ。そんな・・・理の存在しない第三の矢など成り立つ筈がない。


「輪廻から外れたことすら忘れさせてやろう。アイン・ソフ・オウ──」


 隹の弦を竜の力の糸で紡ぎ、矢を摘んだ手を離そうとした。


 ・・・しかし、リアムはアマティヴィオラの弦を離すことはできなかった。

 

「ミリア・・・エリシア、アルフレッド、フラジール」


 オースティンのいる塔に駆けつけたのは、かつての戦友、そしてこの世界の友達だった。

 1年ぶりだ。

 背が高くなって、顔つきも少し引き締まっているが、間違いない。

 

「僕はもう・・・もう退けないんだ」


 自然と弓から力が戻る。


「ボクの一歩は一歩でも三歩でもなかった。身体を休め、昔のように穏やかに話すこともできないかもしれない・・・それでも忘れたくないことだってこの世界にもいっぱいある」


 伸ばしていた腕を畳み、考えるまでもなく標準を外していた。


「・・・退こう」


 弓の構えが解かれたことを確認したのか、オースティンはこちらに何かしらのアクションを送ることもなく、踵を返して塔の中へと消えていった。


「1歩ずつだ。けれども僕は歩き続ける」


 涙を堪えて鼻水を啜り決意を言葉に、竜力として奪った魔力、これを再び魔力に還元する。


朱離門シュリゲート


 還元された魔力を使い、空に特大のゲートを開く。


 本願を挫かれたバルトは、元は己のものだった魔力の行使をきつけに身体を起こす。


「ンン・・・たまらんな。蹴られた部分の魔装が消えている。・・・手加減されたな。さぁて、どうするパトス」

「エンペラーをばら撒いても、奴に触れれば武装が剥がされる・・・ここは一旦、様子を見よう」

「だな・・・アンバーの時より小回りが効くくせに性質はそのままときた。厄介どころではない、悪意を感じるほどに・・・」

「また厄介な奴を呼ぼうとしているな」

「勘弁して欲しいものだ、アレは──」


 空を仰いでいると、空に特大のゲートが現れる。

 そこから現れたのは、嵐そのものである。


「リアム」

「ウーゴ。僕は別件にかからなければならない。些事の手助けを願いたい」

「わかった」

アレの相手を頼む。いってくる」

「うん。それじゃあね」


 リアムの指示を受けて、ウーゴはバルトの墜落した山の方へと向かう。


「ウーゴ!!!」


 いったんの別れ際に、ボクは彼の眉間の鱗に額を当てて、涙を流していた。


「どうしたの?リアム?」

「君の気持ち、いまならちゃんとわかるよ」


 君はいまのボクと同じ気持ちをあじわったのだろう。


「雨の宮を作ってくれて、ありがとう」

「ボクのほうこそッ──ありがとう、リアム」


 時が過ぎることを惜しみ、互いの気持ちを共有して、通じ合わせる。


 上空でのことは、私の正体を確認できたものはいないだろう。


「罠ではなさそうだ」

「状況が変化したのでそれに応じた。あまり見られるわけにはいかない立場だ」

「さて、君は・・・雷の精霊王の契約者だね」

「パトスも同じくここに在る。早速だが、休戦を願う」

「なぜ」

「もしお前が聖戦に参加していたら、人側は確実に負けていただろう・・・風竜ウーゴ」

「呼吸で生きる人間なんてその気になれば一息でみんな死ぬ。契約していない精霊の方が風に障るだろうね。でもね、僕は今は海の竜のウーゴなんだよ。その辺気をつけてくれないとここを戦場として見るよ」

「・・・海竜のウーゴ、どうか話し合いを。王として民を傷つけるのは本意ではない。それはおそらく君にこの場を託した彼もだろう」

「君にリアムのなにがわかるの」

「わからない。それに君ほどの竜がなぜアンバーにでも、ハイドにでもなくリアムに従う。その真意たるや」

「君と話していると段々と苛立ちが募るよ」

「私はこうあらねばならないのだ」

「そう・・・いいよ。僕が任されたのは君っぽっちの些事の手助けだ。それでも精霊王の契約者相手なら僕もただでは済まないかもしれないし」

「感謝する」

「でもベッセルロットから感じた力の流れの順序からして、察するに君から攻撃を仕掛けたんだよね」

「これで報いは受けたつもりではダメかね」

「わぁ、痛そうだね」

「たまらんよ、右肺が挫傷し肋骨も折れている。痛みの信号を制御しているが、威厳を保つのに精一杯だ」

「上手に喋れてるよ。だからリアムは僕を呼んだのかもね」

「・・・助かる。呼吸が少し楽になった」

「後でリアムにごめんなさいしたら治してもらえるかもよ。すっごく優しいから」

「和解、できたらいいのだが根は深いのだ」

「深海の溝よりも?」

「ああ・・・そして空よりも深い」

「変なの・・・」

「どうした?」

「風の魔力を持ってる友達が困ってるみたいだから少し手助けをね・・・あ、それとヴァーチェのいない世界線で誉められても、僕は言いくるめられないよ」

「私の浅はかな心は見破られていたわけだ」

「持ち上げられるだけ持ち上げられるのは好きなんだけどね。僕、高いところも好きだから。なんたって元、風の竜だからね」

「気遣い痛み入る」

「ん?骨身がってこと?」

「・・・ハハっ、頼むから、笑わせないでくれ」


 それからもウーゴは喋り続けた。

 バルトは返事をしなくても喋り続けてくれるウーゴの皮肉混じりの優しさとささやかな世界の奏でる音を劇伴に、安息のさなか世界の行く末を重んじる。



 ──走る振動が、頭と一緒に思い出を揺らす。


「せっかく利用してやってんだからな!もう少し景気良くいこうぜ!」

「あ、ありがとうございました」

「カレンダーさん」

「はいっ、湊花さん!」

「オロオロしないこと、そしてヘコヘコしないこと。己の無知をさらけているようなものです」

「でも、私は実際に無知で」

「そんなところお客さんは利用したいと思いませんよ。相手を立てるために伏して下になる必要はないのです。目線の低い子供相手ならまだしも、そもそもウチの想定しているお客さま方は独立しているのですから。大事なのは面目です。自分が無知だと知っているのなら、せめて目線の高さが近づくように背伸びしなさい。そして、堂々と見上げ見栄をきるのです」

「相手を見下すのと対等であろうとすることは別だと言うことですね!」 

「カレンダーさんは気付きが多い方ですね。それじゃあその引けた腰を整えた背筋に沿わせて、もう一回、接客練習しましょうか。ジョシュさん、お願いします」

「えー、またかよ。しょうがないな」

「お客さま〜、何かお困りでしょうかん?」

「おう、それがな・・・スゥ・・・湊花さん、コレなんか違くね?」

「ですね。カレンダーさん、見栄というのはしゃなりしゃなりとする甘ったるさのことではなくですね」

「背伸びして色気を出したつもりだったのですけれど・・・」

「・・・たとえば私の姉さん、海咲ですが、商談中にそんな風に腰をくねらせてますか?」

「あっ、たしかに。手本になる人がいるんだからどうせ背伸びするなら憧れてる人がいいですよね」

「まぁ、姉はあれでじゃじゃ馬なところもあって昔は大変だったのでそれに比べるとカレンダーさんは覚えも早いは積極的に動こうとしてらっしゃるしで上出来な方です。いずれは姉にも負けない一廉いっかどの人物になれますよ」

「・・・ありがとうございます」

「ど、どうされました?」

「わ、私は・・・おかあさんを、思い出して・・・」

「よければ思い出をお話しください」

「はい・・・私の名前は暦の意、だけど本当は・・・母はそこで言い淀みそしてこう言いました。あなたが一角の人物になれたのなら王都へ行ってアリスへ行ってみるといい。私が昔、よく通っていたところだから」

「暦の他に。初めて聞いたなぁ」

「私のお母さんは言葉を使う才能が抜きん出ていた人らしいです。周りの人がそう言ってましたから」

「アリス・・・でもあそこは言葉の意味を調べたいとか、そんなに生優しいところではないですよ?私も王都の学院に通っていた頃に行ったことがあるのですが、あそこは知識が投げ捨てられた腐葉の土がある場所と申しましょうか。入るたびに探しモノの場所が変わるので目的の書を探すのにひどい苦労をした記憶があります。目録などがあるわけでもなし、あそこは誰でもない自身が司書となって管理しなければならない図書館でして、知識の墓場などと呼ばれる場所です」

「そんな・・・」

「でも、アリスのクロポという質疑の梟に問いかけることで”知の書”スキルを得て、難易度に応じた貴重な魔道具を得てレベルを上げる。答えを間違えると、”お前には運と知と耐が足りない”と言われ、糞を頭の上に落とされたりしますが・・・あの音もなく飛び去り粗相するという礼儀のなってない痴態フクロウをいつか焼き鳥にしてお酒のアテにするのが私の密かな野望です」

「運も必要って?」

「知識に巡り合う運。答えを知る問題を引き当てる運。全知の前には灰燼となる類の運です。本の内容はスキルにとどめておけるようになるので。私は軽い難易度で間違えてしまいましたから罰も軽いものでしたが、罰も難易度に比例して残酷になるそうでかなり根気がいるそうで、一定の難易度を超えると死が対価となります」

「死と知識を賭けるなんてそんな物好きな・・・だが生き返れるのだからそれもやむなし、なのか?」

「おっしゃる通りですね。そんなところに無闇に娘を放り込むものでしょうか・・・カレンダーさん、お母様は他に何か仰っていましたか?」

「そういえば・・・”その時は母の故郷を尋ねなさい”と言われました」

「お母様のご出身は?」

「死とインクを天秤にかけられないつまらない所といつもいつも言ってました」

「それはまたなんだ、難しいな」

「死とインク・・・試練をクリアするとクロポからオリジナルの羽を与えられる。これが魔道具になっていましてアリスの本に限りページなり表紙なりを羽の羽枝うしで撫でることでスキルに内容を写すことができるのです。ミネルヴァの交換所ではこれと似た魔道具及び紙と交換でき、アリス内の本や複数ページには適用できない代わりにどんな描き物でも羽で撫でた後に羽軸を写し用紙に置くと羽根が筆記で複製を始める。ただし羽枝の量はインクの量、インクの量を越える規模の書き込みは魔道具にはできない。死とインクを天秤にというのは、求めたインクの秤量に応じて、すなわち知を追い求める探求者たる醍醐味のことでしょうか。しかし、故郷がどこかというのはやはり見当つき難く・・・」

「いつもいつも周りくどくて、いつもいつもわかりにくいんです。その代わり問題は答えが見つかった時はとても嬉しくなるようにできていて、無理やり納得させるずるい人で・・・でも、数えるのが下手で、私にはちゃんと予定を立てて動くようにと言い残して・・・おかあ、さんは奴隷になって、死んじゃいました・・・死んじゃ、い」

「辛い思い出も、楽しい思い出も残してくださったカレンダーさんのお母様はきっとあなたを大事に思われていたのでしょう」


 湊花さんに抱き寄せられて、誰かに心から甘えたのは久しぶりだった。

 

 私の知る街の空気や日差しのはずなのに、どことなく心を吹き荒ぶ不安かぜが緊張した糸を逆撫でている・・・なにか、何かがこのまちで起きてる。


 現に空を何度か光が貫いた。

 そうして空を見上げて足を止めていたら、芯を響くような轟音を噴き出した山の方にウーゴが降りてきた。


「あれは・・・ウーゴ?」


 未知の警鐘が確信に変わった。走らないとっ。


「カレンダーさん!!?ちょ、もうちょっとゆっくり!あぶっ、危ないですって!!?」

「危ないのはお前もだ!この非常時にぶつかってきて!」

「し、失礼、子供を追ってまして」

「さっさと行け」

「どうもありがとう!」


 風の音が聞こえる。

 視界が変わるたびにどの道を行けばいいかがわかる。


「お母さん・・・おかあさん!!!」


 お願いします、私が転ばないように見守っていて──・・・。


「湊花さん!!!湊花さんいますか!!!?」

「カレンダーさん、やっと、追いついた・・・」

「ジェームスさん、返事がないんです」

「さっき海竜様が飛んでいきましたがリアムさんが呼んだのでしょうか?・・・ちょっと失礼。湊花さん!ご在宅でしょうか・・・鍵が開いてる」


 返事がないことを確認し、不作法だとは思いつつも緊急性を鑑みてジェームスがノブに手をかけると扉は簡単に口を開いた。


「カレンダーさん、ダメですよ」

「ごめんなさいジェームスさん!」


 吸い込まれるような引力を感じながらも、状況を整理するべきだと判断したジェームスの忠告を振り払ってカレンダーは建物の中へと呑み込まれる。


「湊花さん!!!」


 リビングの扉を開くと、しずかに机の上で突っ伏している湊花がいた。


「こんにちわ。どちら様でしょうか?」

「湊花さん!湊花さんッ!!!」


 肩を揺らして呼びかけても反応がない。


「しばらく問いかけても・・・はぁ。傷つけるつもりはありません。現に彼女の身体にも傷はないでしょう。ですからこちらの声を通るくらいには守りを緩めてくれませんかね。海竜ウーゴ」


 窓際に立つ女、床には陶器が割れて散らばっている。


「カレンダーさん。窓の方を」

「・・・あの人は」

「シルク。国が手配中の我々の敵です」


 そんな状況で、ウーゴがカレンダーの守りを緩めることはしなかった。


「ボクを敵に回しても君の心臓の音は怖いくらいに一定だ。ダメ」

「余念がない。遙拝ようはいしなさい。王の命令は絶対でしょう」

「僕の王はリアムだ」

「そうですか。では、王の命令があるまでは動かず大人しく守ることです」

「些事を任されている」

「目を合わせてはいなくとも私が何者なのかはわかりますよね?」

「・・・ずるいんじゃない?」

「そうして朽ちたモノへも敬意を重んじるのがあなた方なのだとしたら、私もあなたに敬意を払いましょう。私はそろそろ失礼したいと思いますが、老婆心に守るために踏み込んだ勇気のあるそこの子へ3言──やり残しのないように、悔いの残らないように、そして、枯れ残らないように」


 ウーゴとのやりとりの間、しずかにこちらを警戒するカレンダーとジェームスへと向けて、シルクは満面の笑顔で手を振るとゲートの中へと消えて行った。


「枯れ残る・・・ところでバルト王。ファウストだっけ。彼らは何がしたいんだろうね」

「さぁ、わからない。彼らの活動が我が国に利のあることではないことだけが確かだ」

「そっか。切り落とされた紫陽花の花房が宙を飛んでいきそうなくらい、今日は一段と花を散らしそうな風が吹いている・・・けれどもボクの海紫陽花はこれくらいじゃ揺らすこともできないだろうね!それでさぁ、雨の宮の海紫陽花を見たネロがなんて言ったと思う?呆気に取られてさ、”ありがとう”って言ったんだよ!だったら海竜様って呼んでって言ったら、バーディーに苦笑いさせるくらい叱ってくるの。認めはするけどまだまだ若いってさ」

「そうか。私にも経験がある。行動で示すことは時として重大な誇示の手段となるが、行きすぎた主張は己の役割を見失わせる」

「なんかよくわかんないや。ねぇ、改めて詳しく聞かせてよ。だから今度は王都に遊びに行っていい?」

「・・・」

「・・・えっダメなの?この流れで?」

「保護者つきなら、いやしかし・・・議会で検討しよう」


 風の運んでくる音によれば、シルクが向かった先はリアムが降りていった北地区にある屋敷だ。

 いつでもボクは君のために戦いに行くよ。

 だから、勝とうね。こんどこそ一緒に勝とうね、リアム。


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