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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
Solitude on the Black Rail 編

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348/371

69 E norm


「今日もまた、負けた・・・」


 エアーフロウガーディアンズは今日も敗北を背負ってメルクリウスのリヴァイブにて天井を仰ぐ。


「アドラー、下の階で修練し直そう」

「ダメだ。私たちは最高を究めるべき使命を持ってメルクリウスに臨んでいる」

「しかし──」

「やめろ!いいか、ジョシュが移ったクッキーベルは順調に階層を更新してきている」

「わ、私たちエアフロだって」

「今だけじゃダメなんだ。ずっとトップでないといけない」


 アドラーは引き際を完全に見失っていた。

 それというのも、メルクリウスの67階でのことだった。

 これまで7の倍数の回数に配置されていたガーデナーが基本だった。

 それなのにあのガーデナーは突然、67階に現れた。


「この景色はどうだ。素晴らしい。なのになぜ私たちはまだ登り続けているんだ。いつまで空を飛び、そして、串刺しになればいい」


 現在74階、エアーフロウガーディアンズはイレギュラーに打ち勝ったのだ。

 

 アルカディアの庭からひとつ外に手を出すと、気温は急激に変化し、時には風に腕を持っていかれる。

 だがメルクリウスは高くなるほどに静寂さを増す。

 特に67階はシンとしていた。

 直近の階層ももちろんシンとしていたのだが、67階は異様だった。

 私たちは瞬時に覚悟した。

 これはガーデナーの階層だと。

 一様に、見渡す限り平面で四方が見渡せた。

 なのにモンスターは視認できない。

 とある頭から一本の角を生やした一頭の馬型モンスター以外は一切だ。


 辿り着いたと思った。


 馬を追い、角に刺されて6回。私たちは成し遂げた。


「・・・石に合言葉。魔法陣も確認した。なのに特別なものと言ったらこれだけ」


 だが終わってみればどうだ。

 いつも通りの石のオブジェクトにはこれまたいつも通りに次の階への合言葉が刻まれただけだった。

 ただし、すべてがいつも通りなわけではなかった。

 67階の石のオブジェクトの隣には古ぼけた木の立て看板に古ぼけた紙の封筒が貼り付けてあった。

 貼り付けてあった紙の裏に書かれていた看板自身に彫り込まれていた言葉はこうだ。そこにはこう書かれていた。


「ここから先はストックが鍵だ。その前に未来の挑戦者に私の懺悔を聞いてほしい。私は手にかけることはできなかった。だから罪人の私の代わりに安らぎを与えてやってほしい。ここまでは──」


 ”Erdgeschoss des Mercurius Parterre.”


 一番肝心なのであろう大事な部分は読むことすらできやしない。

 ダンジョン特有の謎の文字だ。

 この高さまでくると合言葉にはある法則性があるらしいことはわかっている。

 思うに、数字の組み合わせと似ている。

 だがこれはなんの法則にも当てはまらない。

 つまりは全く意味もわからない未知があることを抱えただけだ。


 さらにもっとわからないのが、封筒に入っていた手紙の内容だった。


 あれだけ苦労して倒した一角の馬を倒した報酬が、ただの文字だけだった。

 今後の攻略に響く可能性が大いにあるため情報の統制をと張り切っていたら、なんと木の看板の方に書かれていたものはコンテストの映像に普通に映し出されたらしい。

 それを帰還した後に知った時は非常に虚しかった。

 さらに私たちの虚しさに拍車をかけたのは、68階からそれまで均一の広さ、厚さ、高さだった庭の規模が大きく変わったことだった。

 大地の広さは大きく増し、高さは開いた。

 挙句の果てに庭にはところどころ穴が空いており、庭の底からスカイ苔が穴にむしているせいで突然足元が消えることがしばしばある。

 そのためこれまで放出していた空間属性魔石をむやみに現金化できなくなった。市場での空間属性魔石の価格が値上がりしているためこちらはさほど重要ではないが、以上が68階から上の攻略が進まない理由である。


 だが、なによりも一つの事実が私たちを急かしていた。


『なぜステータスの魔石の称号の欄に中級冒険者の認定がない』


 なんの価値もないただの古びた紙の文字とステータスの魔石に現れない文字。

 辛勝の末に今後もどこかでこれが役に立つと、答えの知れない恐怖を抱えて終わりの見えない不安と戦わなければならない。

 偉大なこの迷宮を制覇した力を与えし火の精霊王、そして雷の精霊王よ。

 あなたたちの力はそれほどまでに強大だというのか。


 ・・・この世界は、理不尽だ。




「この世界は理不尽」

「突然どうしたの」

「うーんと、病院の飯は不味くて食えたもんじゃないっていうけれど、ここの病院はそんなでもないと思う。どう?」

「病院によるよ」


 本当のこというと、不満はあったのだろう。

 彼女が死んでしまった年の冬から次の春にかけての約半年ほどを病院で過ごした時期があった。

 小〜高校生くらいまでが多かった病棟で、ベットではなくて多目的室で食事を取っていた。

 そうして集まれる場所があると、自然と交流が広がる。

 また、そのときは土日だけ家に帰ることが許された。 

 思い返せば、料理熱が最も加熱された時期だった。

 もしかしたら慣れてしまっていただけで、僕も無意識にだが不満を持っていたのかもしれない。


「そういうことが言いたいんじゃなくて・・・なんていうんだろ」

「なんていうのかな?」

「朝も昼も夜も決まった時間に出されたものを食べてる。すべてが決められている。そんな環境に不満があって」

「たしかに。家だったら見回りから隠れてこっそりゲームしたり、漫画を読んだりしなくていい」

「家でも親の監視はあるって言いたいんでしょ?」

「解釈は任せる」

「親とは交渉ができる」

「病院とも交渉はできるよ」

「・・・そうなの?」

「他の人に迷惑をかけることではなければ、ちょっとしたわがままなら聞いてくれるかもしれない」

「でも、迷惑をかけてしまうでしょう?」

「病院だといっても、対話が大事だと思う」

「それで手術を失敗されたら怖い」

「なるほど。つまり課題は2柱だ。公共性の問題、そして、反感への恐怖。いいことがあったら悪いことが起こるとか、悪いことがあったらいいことがあるって思ってない?」

「それは・・・どうだろう」

「だったら質問を少し変えよう。いいことがあったら悪いことが起こる、もしくは、悪いことがあったらいいことがあるって、そのどちらかを感じることは?」

「いいことがあったら悪いことが起こるのは、怖いかも」

「よし。それは僕が思うに、苦しい時期というものを鈴華自身が知っているからだと思う。知らなければ恐怖する必要はない。そう考えると不公平だと思わない?知らなければ幸せで、知っていれば恐れとなるなんて。でも世の中にはその恐れこそが大事なんだという風潮もある。この考え方はどうだろう。賛同してくれるかな?」

「リスクを避けるためにってこと?」

「そう。そして僕はまさにその思想に染まり続けてきた。だけど最近は、如何に自分が自分を貶めていたのかを考え始めた。リスクを避けるのはあくまでも幸せであるためであるべきで、怯えて生きていくためではないと至ったためだ」


 そうやって気持ちが上向いたのは、僕からの批判を恐れずに思い切った自己紹介をしてくれた君と出会ったからだ、鈴華。


「地球があっての君であるが、君があっての世界だ。僕があっての世界でもある。僕からしたら鈴華は個人的な課題をエシカルに解決しようとしている」

「エシカル?」

「社会的な倫理、道徳、要は個人よりもっと広い意味を持つ」

「でも私を切れるのは私ではない」

「真だ。だけど問答法というのは一つではないんだよ、鈴華」

「故にこれは真、偽であるってことではないの?」

「数学的な証明と哲学的な問答は合一ではない。数学的な証明は真を確実にするため形式的で厳密な論理や論拠を用いるのに対して、哲学的な問答では論理的でありつつ柔軟なアプローチをとることが許される。主観性を持って語ることができるんだ」

「誰に習ったの?」

「人生は常に選択の連続だとはいえ、選択先は厳密な論理に基づき用意することが有効だが、選択方法はその都度で形式に囚われず変えていくべきだと父は言った。例えば、古代ギリシアのエレアのゼノンという人は直感に反しようとした人だった。アロー、スタジアム、ドロモスなどで二分法から無限を示した。有名なのはアキレスと亀の話だ。俊足のアキレスと鈍間な亀。1時間後、1分後、1秒後、アキレスが亀のいる位置に辿り着いた時、亀は必ず必ず前進しているからアキレスは一生亀に追いつくことはできない。地点と時間の軸のトリックで一見、速度という直感に反する。直感に合理で論破できない楔を打った。だけど形式を変えれば、彼の主張はしばしば数学や物理学の面で否定することができる。現代から見るとゼノンの問答は帰謬法的だ。僕はどうしてかゼノンのパラドックスをとめどなく愛している。一般的、すなわち直感ばかりが人生でないと諭してくれる」

「つまり・・・どういうこと?」

「帰謬法というのは、別の仮定から既知の事実の矛盾を指摘す・・・そういえばもう一人、キティオンのゼノンさんが創設した柱廊のストア派は現代語で言うストイックの語源だと言われてる。パトスとアパティアという言葉を聞いたことは?」

「パトスは聞いたことがある。でも意味は・・・」

「パトスというのは滑らかにまとめれば感情、で、アパティアは不動の心でパトスがない状態をいう。直感的には悟りとかのニュアンスが近いかも」

「なるほど」

「ストア派は普遍的な理性、すなわちロゴスでパトスを制することで、アパティアへ至ることを思い描いた。要は理性で感情を制することで悟りが開けるみたいな。彼らの時代の考え方は普遍性を重視する。それは例えば宇宙が敷いた理性だったり、神のごとき絶対者の意志だったり、超常的な自然、絶対にて合一であることへアプローチしようとしていた。神秘学ではウニオ・ミュスティカという神秘的合一かもしれない。だけど僕はそもそも神や仏は信じない。僕にとってのゼノンとは、始まりの象徴であり終わりの象徴でもある。ゼノンが好きな僕は普遍的であって、ストイックに禁欲的であって、故に神や仏を信じるべきだと鈴華は思う?」

「何を信じるかは、個人の自由」

「そう。鈴華は今、僕からの情報の提供を君の考えと合一とした後に過去の一つの学派を論破しさらにゼノンを切り離して僕がどうあるべきかの選択肢をくれた。誘導的だったかもしれないけれど、今まさに、鈴華は普遍性に異議を唱えた」

「いや、私は一般論で・・・私は一般論で普遍性に違和感を唱えた?」

「形式の違いによっては一般論が正しいすなわち真ではない。相手を見て話して。常識や畏れはコミュニケーションを円滑に合理化するだけのツールだ。最初から恐れてコミュニケーションを諦めるのは違う。そうだ。聴覚のチーズケーキという論がある。自然と技術の話で音楽に関わる話だから絶対に鈴華は熱くなると思・・・やっぱなしで」

「どうしてぇーぇーぇ!」

「この話を聞くともしかしたら怒るかも・・・」

「諦めるなー!」


 鈴華は僕の肩を持ってぐわんぐわんと僕の頭を揺らした。


「鈴華を切れるのは医者だけだ。だけどルールを酷く逸脱しなければ反感は抑えられるだろう。もちろん医者に君の意見を封じる権利はない。従順な患者であるべきだけど、疑問を捨てるべきではない。僕も相談に乗るから何がしたいか言ってみて」

「静かな夜に外を散歩したい」

「・・・あー、そう」

「なに?」

「なんて慎ましい願いなんだろうと。深刻にぶつくさと僕が重くしたようで。やっぱりコミュニケーションが下手くそだね。とりあえず看護師さんに相談してみよ」

「不貞腐れないで。私は真剣に考えてくれていて嬉しかった。でもいつも親と帰謬法やら問答やらを持ち出して議論してるの?なんか難しくて想像がつかない」

「んー・・・そうだな・・・」


 例えば、僕はこんな風に親子の口喧嘩をしたことがある。


「オノレ、直人!」

「シャルロワの話かな?」

「ブルータス、お前もかの方よ」

「Et tu, Brute?」

「tu quoque, fili miの方。怒りを抑えるため。あなたが側にいるときしか使えない。援護をよろしく──直人!!!」

「聞こえてる。今いく・・・で、何?」

「あなた料理をするのはいいけれど、片付けまでしっかりとしなさい」

「はぁ、後でしようと思ってた」

「いい。私はお爺ちゃんにこう言われて育った。片付けるまでが料理だ」

「でもどうせ皿は水につける。そのときにいっぺんに片付けたほうが」

「皿洗いは私がする。つまり──」

「帰謬法?」

「いや、そうじゃなくて私は事実を述べてるだけ・・・お父さん」

「私の出番か。直人、お前はソクラテス式問答が得意だな」

「エレンコスともいう」

「屁理屈はやめなさい」

「反駁してない。僕はいたってポジティブだ」

「はぁ、どうしてこんなに弁が立つ。まだ中学生だぞ」

「お父さんとそっくりよ」

「皮肉っぽいところとか?」

「いいや、お前が素直に謝れないのはまだ未熟だからだと言いたいんだ」

「・・・悪かったよ。正論をぶつけられるとイラッとするくらいに若い。若気の至りだ」

「おい」

「正論は正論でも、どういう意図で正論をぶつけるかによって受け取り方は変わる。人との関係性ひとつとってもだ」

「たしかに」

「認めたね」

「お父さん」

「あっ、いや。まぁ、歳を引き合いに出したのは大人気なかった。だったら、お前はどう接して欲しい」

「さぁね。知らない。説明できる言葉がない」

「だからそういうところが・・・よし、一度お互いに気持ちを捨ておこう。頭にのぼった血を引かせるんだ。そもそもの原因は料理をしたら片付けまで責任を持とう。そういうことだ。直人はどうだ。これが正しいと思うか正しくないと思うか」

「正しいと思う」

「ではなぜお母さんの言葉に逆らった」

「・・・いいたくない」

「大丈夫。私は公平だ」

「どちらにもいい顔をしたいだけのくせに」

「いい方針だろ?だからこうして傲慢であれる。信用してくれ」

「教えではなく、はじめから責め立てる姿勢だったから」

「そんな、私は」

「母さん。・・・つまりは、揚げ足をとられるのが我慢ならないのか?それとも伝え方を変えて欲しいという要望か?」

「僕の義心をくすぐるのはやめて。卑怯だよ」

「優しいな」

「そういうところが卑怯だって!!!──悪かった。僕は反発したかっただけらしい。それに、お爺ちゃんの教えはすごくいい教えだと思う」

「直人・・・わかってくれたらいいの」

「ただ片付けが間に合ってないのは本当にごく稀」

「こら」

「父さんが料理した後のシンクの悲惨さに比べたらまだマシだと思う」

「それは一理あるわ」

「えぇー、そこは弁護してくれよ」

「朝食を作るだけでコンロが煙臭くなるし?」

「僕は目玉焼きはツルツル半熟派だ。カリカリ半熟派じゃない」

「カリカリの方が醤油をかけた時美味しいだろ?」

「僕は何もかけないか塩、あるいは粗挽き胡椒で味付け派。いつも火を強くしすぎなんだ。だからフライパンのコーティングだってもうボロボロ」

「時間の短縮さ。よし、こうなったら戦争だ。どっちの朝食を作る腕が上か」


 お題は卵焼きだった。

 審査員は母だ。

 お互いにだし巻きの卵焼きを作ったが、父が作ったのは硬炒りスクランブルエックだった。

 あの日から、僕は料理しながら片付ける癖をつけた。


 ──夜、病棟の外。


「どう、感想は」

「悪くない。いつもみていた空だけど、いつもみていた空だからいいんだと思う」

「いつも何を思ってる」

「色々とね」

「それじゃあ今は?」

「天の川や夏の大三角とかそういったものに思いを馳せるべきなのかもしれない。でも星の輝きを眺めていたら心から溢れてくる想いがある。私、ヨーロッパに行きたい」

「音楽?」

「あなたもでしょ?」

「うん」

「だけど音楽を抜きにしても一つだけ行ってみたいところがある」

「それはどこ」

「ストックホルム。知ってる?」

「もちろん・・・そっかストックホルムか」


 僕はその後、不意に笑ってしまった。


「綺麗なところらしいね。大小の島からなり水と緑に囲まれている」

「詳しい。中世から現代にかけて新旧が調和をする都市なの。もしかして直人も?」

「そうだね。鈴華。話は変わるけれど、東京っていう小惑星があるのは知ってる?」

「とう、え?東京?」

「あるんだこれが。ただし英語で書くとTokioでトキオ。1900年に日本で検出された小惑星のうちの一つだが、軌道確定のための観測が不十分で1902年にオーギュスト・オノレ・シャルロワというフランスの人が3点目の観測を行い東京の軌道を確定させた。ライト兄弟の有人飛行は1903年だったから、まだ人が空への飛行に挑戦していたそんな時代だ。彼は45歳で身内に銃で殺されてしまったが、生涯に99の小惑星を発見した人だった。オーギュストさんは軌道を確定させた東京の命名権を平山さんに譲った」

「99個、それはなんというか」

「多いと思うか、それともあと一個と思うかは人による。この話も父の受け売りなんだ」

「そうなんだ・・・」

「なんでこんな話を突然と思うでしょ。星空を見に行きたいってお願いする前の話の続きかと思ったかもしれない。でも、僕がこの話をしたのはもっと単純で物知りなところを星にちなんで自慢したかったから。オーギュストさんが見つけた小惑星の一つにHolmiaという星がある」

「何語?」

「ラテン語。そしてHolmiaは、ストックホルムの旧名なんだよ」


 幼い頃から時折、両親に連れられて星を見た。

 今は隣に鈴華がいる。


「直人・・・ありがと」

「僕もありがとう。こうして誰かと語らい合える時間が僕にとっては幸せの時間なんだ」


 世界が輝いて見える。

 彩りが豊かに満たされていく。


「いつか一緒にHolmiaに行けたらいいね」

「そうだね」


 それから一緒にスウェーデンに行くつもりで少しだけ勉強してみたりして。

 これが僕たちの七夕のやくそくだった。



 ──ピーターメール本社。


「こんにちはー、リアムいます?」

「はーい・・・やぁラディ、それからクロカさん、いらっしゃい」

「まだ仕事中?」

「あと十分で業務時間外になります。少し待っててもらえますか」

「わかった」


 年の終わりまであと4日、ラディとクロカが訪ねてきた。

 

「それで、どうしたんですか?明日からの旅行の件ですか?」

「まずはこれをみて」


 クロカは一枚の紙を僕に差し出した。

 そこには、”Erdgeschoss des Mercurius Parterre”と書かれていた。


「どうしたんですか、これ」

「エアフロが67階のガーデナーを倒したときにコンテストの映像に映った文字」

「文字?石に刻まれた合言葉は暗号化されていて映像を通しては見えない筈では?」

「これは石のオブジェクトの隣に立てられていた謎の木の看板に刻まれていた文字の一部」

「4、5ヶ月前くらいかな。冒険者界隈ではかなり話題になっていたんだ。だけど誰も読めないし意味わからないしで最近はすっかり熱も冷めた。俺たちも頑張って調べたけどなんにもわからなかったんだ。それでそろそろリアムを頼ってみてもいいかなぁーって」

「でもどうして僕に?」

「あなた翻訳系のスキルを持っていたでしょう」

「あぁー・・・」

「私はあなたが50%くらいの確率で、いえ、あなたがこの文字を読めるんじゃないかって確信してる。前例がある」


 んー、コルトの山頂で壁画の文字を読んだことを言ってるんだろう。


「読める、読めない?」

「読めます。”Erdgeschoss des Mercurius Parterre”」

「エルトゲショス デス メルクリウス パルテール?」

「僕はこの言語に関してネイティブというわけではないんですよ」

「ええ。承知の上」

「メルクリウスの花壇、いや、水星の花壇の1階」

「水星?」


 まずい。


「空をすごい早さで駆ける太陽の一番近くにある星のことです。水星というのは五行という思想を基につけられた別名で星は星、水は水という意味です。だけど水星は太陽の一番近くにある星だからその星には水がありません」

「つまり?」

「その水星のこれまた別名がマーキュリーと言って・・・メルクリウスの花壇の一階ということでいいです」

「なにか隠してない?」

「んー、みんなが遺跡で見た鯨がいたでしょう。鯨はどこに生息してますか?」

「メルクリウスだろ?」

「ごめん。この世界の鯨はどこに生息してますか」

「海ね。つまり水の中。あぁだから水星」


 ごまかせたかな。


「でもメルクリウスはメルクリウスだろ。どうして水星?」

「マーキュリーはまた別の言語ではメルクリウスだから」

「それ本当か!!?」


 ヒャッハー僕は馬鹿だ。

 でも乗り切ったかな。

 神話云々は抜きにラテン語で水星はメルクリウスだ。

 嘘はない。


「しかしなぜ67階に」

「67階にガーデナーらしきモンスターが現れたの」

「本当ですか?」

「一角の馬よ。でも一番大事なのは67階という部分ではない。ここまでは1階という部分ね。私の見立てでは67階のモンスターの強さはエリアCのオークズくらい。だけど中級冒険者の申請がエアーフロウガーディアンズから出されたという話はギルド内で共有されていない。つまりメルクリウスの攻略は恐らくダンジョン史上最高難易度。最高階層は100段目だと考えられていたけれどそうじゃない可能性が出てきた」

「68階から庭の規模が変わったんだ。大地の厚さに大きな変化はないが、庭はより広く、なにより高くなった」

「1階分の高さに変化が?」

「そう。ギルドの推定では68-69階の庭の大地の厚さと間隔の合計がこれまでの約4倍になっている」

「これまで厚さが50m、高さが100mで150mだったから約600m。空の庭らしくなってきましたね」

「軽口を叩けるのはあなたくらい。さらに68階より上の庭にはところどころにスポットと呼ばれる穴が空いている。まるで一角の獣が突き上げ貫いたような苔むした穴がね。それがさらに冒険者たちの探索を困難にさせてる。これまで何のために希少な空間属性魔石がドロップしたのか謎だったけれどただの命綱だったのかもね。ストックが鍵だという文言は、空間属性魔石のことをさしていると思って差し支えない。今、市場価格がどんどん値上がりしてる」

「そうなんですか?」


 本当は知っていたが、知らなかったふりをしよう。


 ステディエム内でしか取り扱えない空間属性魔石は緩やかに市場にて値下がりを続けていた。

 だから僕は売らずにギルド銀行の貸金庫に預けていた。理由はいつの日かくる市場開放の日を見越してのことだったが、思いの外早く値上がりし始めた。だが、まだ売る気はない。

 ”鍵はストックだ”という文言も気になる。

 

 これでも時折、クッキーベルが心配で都合が合う時にコンテストを見に行っている。

 すると高ランカーのコンテストの方に偶に空間属性使いが映っていた。

 彼らは斥候として重宝されていた。

 ちなみに、68階の攻略が始まったのはキャシーの前からネップが消えた時期だ。

 不遇扱いされていた空間属性使いの価値が一気に見直されて処遇が改善された。

 すなわち空間属性使いの人件費コストが増えるということで、僕の手がける仕事にもろに紐づくためリスクヘッジも兼ねて空間属性使い以外の輸送人材のテストをノーマにやらせることにした裏の経緯がある。 


「このまちで商売してるのに知らなかったの?やっぱりたまには冒険者もやらないとね〜それも真面目に〜」

「謎の解明はクッキーベルとクロカさんに任せますよ」

「任せろ!」

「そう・・・ラディ、少し外して」

「・・・わかった」


 やる気に満ちたラディをクロカが話の席から外す。


「クッキーベルに何か不満がありますか?」

「そんなことはないの。あの子たちには聞かせられないちょっと込み入った話だから。あなたがギルドに空間属性魔石を預けているように、私の分の49%も預けてある。まだ先の話だけどクッキーベルが68階より上の攻略を始めた時にね。私から言い値で魔石を買い取って、そのまま売ってほしい」

「彼らを支援するため?」

「適宜よ。支援が必要ない可能性も十分にある。ただギルド職員の私が資金面でまで贔屓してしまうと周囲の目がある」

「それは僕も同じです。ですからその話はカレンダーかスローにお願いしましょう。クロカさんは僕の担当でもあるから利害関係が生じている。ギルドに払う専属手数料を払う分以外は僕とクロカさんの個人間の契約に収まりますよね」

「そう」

「だったらクロカさんから直接支払うよりは第三者を介する方がマシだといえる。でもギルド職員の肩書きがある以上はグレーに近いので好ましいとは言えない。まずは値上がりをしている情勢を鑑みて全てを現金化するのではなく、日用品の物価の側面からクッキーベルに適切に資産管理できるように指導しましょう。あくまで空間属性魔石の管理についてのみです。攻略アドバイザーの延長なら助言することは禁じられていない。これなら大きくクロカさんの裁量を逸脱することはないでしょう」

「それがよさそう。相談に乗ってもらってありがと」

「どういたしまして」


 ダンジョンに人が振り回されている。

 僕がなんとなく冷めた目で現状を眺められているのは、転生者だからなのだろう。

 なぜ67階か、150mか、ガーデナーのイレギュラー性について等々説明できないことは多いが、その一方で、その高さが区切りとなる理由は何となく目星がついている。

 メルクリウスでは1階が0m、すなわち67階までの高度を求める場合は150m×(n-1)となり、150m×66=9900m=9.9kmである。

 すなわち68階は高度10kmを超える象徴的な高さにあたる。

 大気圏を区切る高度基準の数値は定まるものではないが、ダンジョンが前世にゆかりがあるであろうことと木の看板の1階という文言とこれを重ねるに68階へ至ることで、──対流圏を突破した。

 航空機が飛行するような高さへと大地と人が突入した。

 そんな暗示であるような気がする。




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