63 Smorking hot
「海竜、ご霊前でのことだけれど光の魔法を使っても大丈夫かな」
「あそこは明るいから大丈夫だと思う」
「そうなの?」
死者の眠りを妨げるからダメと言われたらどうしようかと思った。
「リアム。そこでは竜の力は使わないんで欲しいんだ。僕もいつも気を遣ってる。あそこには水竜の力の残滓がまだ満ち溢れているから、それを消し飛ばしてしまわないように」
「わかった。でも魔法はいいんだよね」
「うん。ありがとう」
荒らさないことは当然といっても、竜の力は使わないでというのは気になる。しかし、そこはかつての水竜の棲家だったわけだ。そもそも頼んでいる立場で、するなといわれることはしない、うん。だがしてくれと頼んだことはして欲しいわけで。
「海竜。お昼ご飯どうだった?」
「お腹は膨れたけど、やっぱり料理した食べ物の方が美味しいよ」
「ベルーガさんが新しい料理を習得したみたいだから今度作ってもらうといいよ」
「ホント!?たのしみだなー!」
庭園の端っこで海竜とそんなことを話していると、後ろで控えていた繚美の視線が泳ぎ始める。
「後ろの3人は僕が風の防護球で守るからね」
「それじゃあ、雨の宮からの帰りもその風で防護をお願いしたいのですが・・・」
「えー、体の外に飛び出した風は撒き散らすのなら楽だけど、留めるのは面倒くさいんだよー?地上ならいいけど海の中だと余計な竜力使うし」
「こら繚美。無理を言ってはいけません」
「空を飛ぶのと同じくらい偉大な海竜様の温もりを直に感じるというのもいい経験だった、うん」
「あっそうですか・・・我儘を言って申し訳ございませんでした」
でもできないわけではないんですよねと追求しなかったのは評価しよう。
「しかしながら肝心の行き先を聞いておりませんが、どちらへ赴くのでしょうか?」
「いい質問です繚美さん。我々はこれから前人未到の海の底へ探訪しにいくのです。人間の限界に挑むために!」
「・・・それと芝居がどう繋がるんでしょうか?」
「当たって砕け!何を砕くかはあなた次第!」
「愛蔵、まさかそんな質問をするほどあなたがまだ未熟だったとは・・・」
「しかし母さん、やはり想像ができないのです。前人未到という言葉がそぐうのならば我々が行き着く先は未知でしょう」
「んーと、サイレンの浅いところは水深50mもないって話だったけれど一番深いところが水深1000mないくらいだったっけ。この雨の宮があるのもそのくらいの深さだし・・・海竜、我々深海探検隊の目的地は水深どのくらいなのかな?」
「水深?水深・・・雨の宮が1000m・・・6000mくらいかな?」
「・・・僕の聞き間違えかな・・・2000?」
「だから6000mくらい。も少し深いかな・・・7000m?」
「水の深さの1000mって大分違うからね!?せめて誤差を100m以内に収めてほしい!・・・100m誤差でも大概だけど」
「厳密にはわからないんだよ。僕だって水竜が残した力の遺産を頼りにいつもそこまで行ってるんだから・・・8000mだったらどうしよう。もしかしたら1万mかも」
「アバウトすぎるんですが!?」
これは誤算だった。サイレンがギリ弱光層に位置するくらいの深さだから、それより深いとなると無光層、とはいえネイドンの逸話を聞いてたから海竜は目的地まで辿り着く何らかの手段を持っているとは思っていた。
「つまり君も何も見えないと」
「聞くことはできるよ。けど毎日感覚を解放してるとあれこれうるさいんだ。だからいつもいくときは海底に沿っていくんじゃなくて、真上の海上から真っ直ぐ潜るの。でも今回はリアムがいるから。光の魔法で辺りを照らせるから僕が感覚を解放しなくてもぶつからないで進めるでしょ?」
「海底の規模のデカさを舐めてた自分が恨めしい・・・一応聞くけど君の風の防護はその深さでも試したことあるんだよね?」
「ないけど」
「それじゃあ探り探りってことかぁ・・・仕方ない、探検隊はここで解散しよう」
前世では水圧とは海水の場合、水深10mにつき1気圧増えるものだった。厳密には海抜にかかる大気圧1気圧と水圧1気圧を合わせた合計2気圧が水深10mの圧力となる。今回大事なのは1気圧と、水圧を表すのに気圧という単位が使われていることからもわかるように水圧とは基本的に気体にかかるものだということ。逆に、気体を含まなければ水圧の影響はほとんどない。水温の方がよっぽどタチが悪いだろう。
「解散するんですか?」
「ええ」
「なぜです?」
「そもそもが皮算用だったんですが、サイレンの近海ならリスクはないものと高を括っていたんです。例えば愛蔵さんが何を血迷ったか庭園の外へと飛び出すとします。すると愛蔵さんは死にます」
「そ、それはもちろんわかっています。水の中で呼吸はできませんから」
「いいえ、呼吸ができないから死ぬのではなく水圧によってあなたが体に含む空気に異常をきたして死ぬんです」
「ですがサイレンのみなさんはここに住んでいるんですよね?」
「サイレンに住む水人族は水呼吸できますから」
海上にも顔を出して呼吸するにも関わらず水深1000mで悠々と泳ぐジブリマーレを筆頭とするサイレンの水人族はかなり特殊な”体質”、とでもすることにした。潜るときにはしっかりと水を吸い込むらしいが、どうやって呼吸しているのかそのメカニズムは解剖でもしない限りわかる気がしない。
一方で、水圧問題にて顕著なのがベルーガの例である。彼が雨の宮にいるのは水呼吸ができないから、すなわち肺呼吸しかできないからであるが、魔力で外殻を作ったり、竜人となってからは竜力を上手く制御して雨の宮の外での短時間の遊泳を可能にしているらしい。サイレンとはそもそも水人であるベルーガすら短時間の遊泳しかできない魔境なのである。そんな魔境に住むサイレンの水人は水深1万メートルまで潜水しようと思えばできると思われる。
「そして前提である水呼吸か肺呼吸かを僕は論うのではありません。問題はみなさんを包む予定だった風の防護球が気体の塊であるということでして、水圧というのは深くなればなるほど強くなるものなんです。だから安全策を講ずるのなら海竜の口の中、かといって、ずっと海竜の口の中にいては何も見えないではないですか」
「リアム、多分だけど僕の力なら大丈夫だと思うけど・・・一回試してこようか?」
「どのくらいかかる?」
「一回浮上して飛んで潜水して──・・・戻ってくるまで20分くらいかなぁ」
「だったら頼む」
「わかった」
このまま考えているだけでは埒があかないので、いったん海竜には風の防護が機能するかどうかを確かめにいってもらう。
「いったいそんな危険を冒してまで向かおうとしている場所はどこなんですか」
「ネロの海域、ネロの層域と呼ばれる場所です」
「ネロの海域ですか!?あそこは人の立ち入りが一切禁じられている海域ですよ!?」
「では繚美さん、立ち入りが禁じられている理由はなんでしょう?」
「それは、かつての水の竜の海域が聖域だからでしょう。それから海竜様がお守りになる禁制の場所に立ち入ろうものなら海竜様と敵対すること意味します・・・そこに私たちも連れていってもらえるんですか!?」
「ええ、だから僕はその両方に許しを得てきました」
「両方?」
その辺はややっこしいからどう説明するかな。
「水の心を得た海竜様のお許しを得たということでしょうか」
「ベルーガさんのおっしゃった通りです。もし風の防護球が機能するのであれば、探検隊を再結成することになりますね。しかし、その前にお三方に問わなくてはなりません。ここから先は命の保証のない旅路です。なので希望を募りたいと思います。決断をお願いします」
「それはもちろん!」
「愛蔵、お待ちなさい。愛蔵、繚美、あなたたちはここに残りなさい」
「は!?母さんそれはあんまりでしょう!私たちはもう成人しているのですよ!?今年成人したばかりの繚美ならいざ知らず!」
「それを言ったらおしまいよ愛ちゃん!?私だって成人してるんですから!」
これはしばらくかかるな──・・・想定内だけど。
「リアム様」
「はい?」
「どうかわたくしと姫様もネロの海域への旅路に加えてはいただけませんか」
「それは・・・構いませんよ?でも、ジブリマーレ様には事前にお断りされましたよ?」
「それはいつのことですか!?」
「考えが持ち上がったばかりの時でした。地上でのことですよ」
「そうですか・・・ならば私だけでもお願いしたい。暗黙の内に目的の場所については目星はついております。水呼吸のできない私にはもうこのような機会は訪れないでしょう。しかしそうなると雨の宮を開けることになってしまいます。ですからお仕えする女王陛下にお許しをいただきに参りたいのです」
「わかりました。待ってます」
山を丸ごと支えた魔法壁を作れるのだから人一人分を囲うくらいなら大丈夫だろう。
──女王の宮殿。
「これは・・・」
「母の形見です」
「・・・」
「・・・」
「ジブリマーレ様のお母様はまだご存命ではないですか」
「何が存命なものですか。竜人になってネロも宿したことで民の支持も集められるようになったのだからと私に王位を押し付けてからというもの、父と世界旅行などと称し放浪しているだけではないですか。前に帰ってきたのなんて1年前ではなかったですか?それも4年ぶりに帰ってきたかと思ったら、『今度は魔国の方に行くから案内にベルーガちゃんをつけて!』とごねて大変だったではありませんか。お婆さまがご存命だったらなんと嘆くか。せっかく寿命を全うされて安らかに逝かれたのに、母のせいで化けて出てくるのではないかと気が気ではありません」
「王位をお譲りになった件については覚えがございますが、お母上は確か、お父上と共に姫様がお造りになった会社を一身にまとめるためにベッセルロットの入り江の方に本日も出向いていらっしゃると把握しております」
「・・・」
「なにがおっしゃりたいのでしょうか」
「荒唐無稽だということです。ですから私が出向くことはない」
「確かに、まだまだ叱られ盛りで未熟な女王の姫様の傍からご両親が離れる、そんな無責任さというものこそ荒唐無稽ですけれどね」
「未熟というのは事実に反する。しかしながらその魔石は王家の証などとは到底程遠いものの、私たちの家系が引き継いでいるものですよ。それは事実根拠のある真実です。どうぞ、それを受け取っていってらっしゃい」
ジブリマーレの投げた光の魔石は水中で緩やかな軌跡を描いたと思うと急激に沈み込みベルーガの足元の砂地へと落ちた。
やわらかさが自慢のベルーガの額が硬く変質する。
「前々から思っていたのですが、私が苛立たしいのは姫様ではなくネロの態度です」
「いい加減にしてください!私だけではなくネロまで批判するのですか!?」
「では拗ねるのはおやめください!」
「私は拗ねてなどいません!あなたに出会う前の私の過去の何がわかるというのです!」
「そんなものわかるはずない!」
「・・・ネロが深く傷ついているのは確かです。ですが、傷を抱えるのが連れ合う旅人だけだとは限らない。私たちは竜人。強き竜の魂を宿す、生きる命です」
「だからこそ求められるのはまずは整理することです。生前の関係をスッパリと切るか、時の流れを受け入れるかの二択です。代々海と陸の人々を結び続けてきた伝統の原点であるあなたが姫様の重荷になってどうするのです。姫様をご家族から引き離すおつもりですか」
ベルーガの引き離すの真意はジブリマーレにもネロにも明白に伝わった。ベルーガはネロが儚い存在であり、ジブリマーレが生きていることを強調した。彼もまた、竜の魂を宿す竜人の一人である。生前。この言葉は滑稽だと一蹴にすることは到底できない。レギナ・ウィズ・バーディーは並大抵のことで死ぬことはできない。もし、レギナがレギナのまま死ぬ瞬間が訪れるとしたら、その時を運んでこられるのはバーディーを殺せる救憐唱への返報、裁きの審判者の告知のみだけである。
「あなた方は竜人としての自覚が足りない。ご自身の行いをどうか裁かれてください」
都合の良いことにお隠れになった裁きの審判者は帰ってきた。
『ジブリマーレ・・・私は・・・』
『あなただけの問題ではない。私にもう少し時間をください』
『いいえ、私はもう堪えられない。いってください。今を逃せばその機会はもう訪れないかもしれない』
ネロ、あなたは理不尽よ。やはりあなたは竜なのですね。でもこんなに愛に溢れた竜を私は他に知らない。そんなあなたの後継に、海竜がなってくれてよかった。
「たしかに今以上の機会はもうないでしょう。なにせ審判者が連れ添ってくれるのです。一度は誘ってもらったことを断ったのが悔やまれる。しかし今なら間に合う」
「姫様・・・」
「ネロ、あなたに”行け”とそう言われては私は言い訳の根拠を失ってしまうではないですか・・・わかっていますね?この決断を下した時から私は生者として、あなたは儚いモノとして明確に線引きされる」
『それで結構です。いままでわたしの気持ちを根拠として配慮してくれてありがとう。そして、時間をくれてありがとう』
「これからも時間は共有していくモノではありませんか。助けだってまだまだあなたたちに乞うことでしょう」
「『お望みとあらば』」
「この世に名誉を飾ったことに甘んじて未練を残さなかったことを後悔するくらいこんなにもセクシーになったあなたを存・分・に、彼らに魅せつけてあげます!レギナ・ウィズ・バーディーとしてのジブリマーレ・ウェパルを!」
「『それはすばらしいことですね』」
外と内、私の幸せを想ってくれるベルーガとネロの言葉が重なる。
これからも竜人としてのレギナ・ウィズ・バーディーの名前と女王ジブリマーレ・ウェパルの名は使い分けますし、役職が重々しく煩わしいことには変わらないからベルーガにだけは姫様と呼ばせる。
しかしこれまでとは境界線の明白さが大きく変わる。
彼女がいるから私ができあがるのではない。
私がいるから彼女がいる。
──雨の宮、海紫陽花の庭園。
「勝った・・・」
「こちらは親として心配しているだけなのに勝ったも負けたもありますか」
「負けず嫌い。だったら私たちだって子として母さんのことを心配して──」
「私、まだまだあなたたちに心配されるような歳ではありません。それを引き合いに出すとみんながいけなくなりますが・・・?」
親 対 子の戦いは愛蔵&繚美に軍配が上がった。
湊花を説得する2人の意気込みがこちらにも伝わってきた。
目的地の詳細を口には出していないが、何となくわかるのだろう。
「みなさま、お待たせいたしました」
「海竜はまだ帰ってきてませんので・・・まさかわざわざ足をお運びいただけるとは。なにかありましたか?」
「都合がつきましたので、私も皆様に同行させていただきます。梨園家のみなさまにはご挨拶を申し上げます。ジブリマーレ・ウェパルです。息子さんとははじめましてですね」
「はじめまして。愛蔵と申します」
よかったぁ。やっぱりいっちゃだめって言われたら海竜にぶーたれられて僕が破産する道もあったかもしれない。
・・・──にしても、海竜、遅いな。
「事業の方は順調でいらっしゃいますか?」
「ええ。この前も大量に油?をピーターメール貿易様にご購入いただきまして、交換で受け取った木材でベッセルロット協力の下、入り江に桟橋と交流場を建設中です」
「油・・・?」
「はい。リアムさんがサイレンの領海土の地下にあるというそれをゲートで回収されて、こちらの資源開発もままならないというのに手ずから回収された資源と地上資源とを交換していただいたので助かりました」
「まぁ、そうでしたか」
「ええ。あのような液体がいったい地上で何に使われるのか楽しみです」
やばい。
「それにしても海竜、遅いなぁ」
「本当に。あそこはここからそう遠くない場所にあるはずなのですが。私たちなら辿り着くまでに1時間くらいかかりますが、ウーゴなら1分とかからない距離です」
「周囲が見えないので迷子になっているとか?」
「それはないです。ウーゴが道標をたがうはずがございません」
「そうですか。ジブリマーレ様はこれまでにネロへ入ったご経験がおありなのでしょうか」
「はい。実は幼い頃に一度だけ」
「王族の慣習とかですか?」
「いいえ。建前などない、ただの子供の過ちです」
「・・・やはり子供の水人族でもたどり着けるくらいの距離何ですね。竜の時間感覚ってあてになりませんね」
「ええ」
「リアム様、海竜様は風の防護球の耐久テストをされているのでは?持続性も確かめる必要があるでしょうし」
「ああ、なるほど。いやー、お恥ずかしい」
そういわれるとそうだった。
「そうそう。みなさんこちらをどうぞ」
思い出したように、ジブリマーレが僕と梨園家に3色の魔石を手渡した。
「スモーカーストーンと呼ばれる魔石です。海底には熱い水が噴き出すチムチムがいくつかあります。これらはその熱水噴出孔の付近で採掘できる魔石となっております」
「熱水が噴出しているところですか。ガスとか、水に溶け込む硫化性のえー、毒性とか大丈夫なんですか?」
「サイレンの水人族の多くが毒が効きにくい体質でして、特に人魚族は毒がほとんど効かないんです」
「それはまた不思議な話ですね」
「かつて人魚族と懇意にあった魔精霊が関係しているというお話ですが、起源についての詳しい記録が失われてしまっております。伝承も曖昧にほとんど途切れてしまっているのですよね・・・それに海から出ると毒に抗う力が徐々に弱って失われていくのです。ウーゴの背に乗せてもらい竜の里に向かった折、体調を崩してしまいましてあの時はすごく気持ち悪かった。ウーゴの力で程なくして回復しましたが、何でも空気に含まれる毒のせいだったとのこと」
それは高山病とかの類なのではないか。
しかし、人魚族には毒が効かないとか解釈違いなんですけど。
「黒は地上の人種の体温より少し低いくらいの温度を伝えてわずかながら周りの水温の恒常性を確保し、白は闇の世界でも可視を助けてくれる明るい光を放ち、青は水の圧力を歪めて和らげてくれます。ただし魔力を込め過ぎてしまわないようにしてください。黒は赫く溶けた後ただの鉛となり、白は摩耗してサラサラとした砂に、青は泡沫の幻のように透明となって水へと還ります。水人の深海での生活を補助してくれるものなので、みなさまをお守りする力はございませんが、気休めにお持ちください」
「黒は土か火か、白は光、青は水といったところでしょうか」
「そうですね。白と青はそれで大丈夫だと思いますが、黒については私たちも分類に困っています」
「黒のスモーカーストーンは錆びたりしますか?」
「いいえ。採掘場からそのような報告は受けたことがございませんし、錆びたものは見たことがございません」
電触させてみようかと考えたが期待はできなさそうだ。主たる構成はやはり火か土、あるいは混合魔石なのだろう。
「そうですか。ところでチムチムですか?」
「はい。チムチムです」
「チムニーではなく?」
「チムニー・・・?」
「リアムさんのおっしゃる通り、スモーカーフィールドの熱水を噴出する岩をチムニーと呼んでいます。あれをチムチムと呼ぶのはジブリマーレ様とお母上だけです」
「チムチムはチムチムでしょう!?」
「そう申されられるのならばそうなのでしょうが、チムチムとはお母様がおつけになった愛称ですよ」
「愛・・・称・・・」
「私も姫様がなぜチムチムとお呼びになるのか不思議になって、お母上にお尋ねしたことがございます。それはオールドビックが生きていた時代、お母上はチムニーから立ち上るブルースモーカーとつくばむオールドビックの姿を重ねられたようでチムチムと彼を呼んでいたのです。チムチムとはその時の名残り、しかしながらお母様は公式の場ではちゃんとチムニーとおっしゃいます」
「どうしましょう・・・どうしましょうリアムさん!!!」
えぇ!?こっちに振るの!?
「こうなってしまっては、チムチムをチムニーの正式名称として指定し民から声を奪うしかない・・・」
「ぁー・・・それでは通称はスモーカーストーンの黒、白、青でよしとして、例えばこの青い魔石の名称をチムチムとしてはいかがでしょうか。特に名前はないんでしょう?少しは誤魔化せるのでは?」
「・・・リアムさん、私はあなたにこれまでの貿易協定の件なども含めると一生かけても返せない恩を受けました」
「貿易協定の仲介として受け取るものは受け取っていますよ。そちらについては今後とも継続していただければ結構です。それからこのスモーカーストーンです。海の中での振る舞いは教えていただきましたが陸で使った時の振る舞いはどうなんでしょうね。いい使途が見つかれば特産品になるかもしれませんよ。竜の鱗みたいに綺麗ですしジブリマーレ様や海竜にも縁を感じられますから」
「竜の鱗・・・?」
「・・・あっ」
「チムチムなんてふざけた名前より竜の鱗の方がカッコいい・・・!やはり民からチムニーの言論についての権利を奪うしかないのですね!」
内輪の寸劇もほどほどにと思っていたこの時、まさか先代女王の威光でスモーカーストーンの青色魔石の名称が後に本当にチムチムになるとは思わなかった。ついでに白色魔石がピーピー、黒色魔石がイルイルとし、通称については制限をかけないものの、正式な取引の際には王族の慣習に倣う名称で統一するようにとの令が出されたのだという。しかし、何よりもジブリマーレを辱めたのはこの呼び名が民間でかなり評判がよかったらしいことだった。可愛らしくて身近に感じやすいということで、サイレンの水人族に浸透していった。
「この白い魔石の光はすごい。これを芝居小屋の照明に使ったらどうなるだろう」
「それはいい考えね愛蔵。もし商業利用させていただけるのなら、今度ピーターメールの方で交渉してみましょう」
「それよりも、いま頼んでみるのはどう?」
「サイレンとの正式な貿易ルートを開拓したピーターメールの利権を蔑ろにするというのなら、いくら娘といえども容赦しませんよ」
「たしかにリアムさんのご厚意に甘んじた態度を取ったかもしれません。リアムさん、申し訳ありません」
「謝りになるお相手は僕ではないと思いますよ。ご自分の発言がどれだけジブリマーレ様のご厚意を軽んじられた発言だったことか」
「・・・軽はずみな発言でした。お許しください」
「いいですよ。私はみなさんから見れば他国の長ということになります。貿易をお望みとあれば直談判はご遠慮いただきます。ホットラインは用意させていただいているのでそちらをご利用くださいね。お互い尊敬することを忘れずに友好的な関係を築いていきましょう。機会があれば梨園家の皆様でされているお芝居をぜひ見学させてください。最近のことですが、地上と海中では同じお話でも違って伝わっていたりと面白い発見があったものですから、水中ではない劇場での演技の違い等も含めて勉強させてください」
「他国の長たる方のご期待にそえるよう精進いたします。ジブリマーレ様のご寛大さに感謝いたしますわ・・・他国の長?・・・いまさらだけど私たち出国手続きしてなくない?」
「ああっ!!」
「あら・・・」
「湊花さんはピーターメール貿易にも関わるということでロバート様に使節の一人として登録されていてサイレンに限り渡航が許されていますよ。しかし愛蔵さんと繚美さんはこの密入国がバレたら捕まってしまうかもしれませんね」
「まぁ、密入国者ですか?それはまた恐ろしいお話だこと。どうしましょうベルーガ。むかし旅をしていて途方に暮れていた密入国者さんが出てからサイレンでは20年ぶりの事件ですわね」
「姫様、これみよがしに私の昔のことをほじくり返さないでいただきたい。それよりもリアム様が最初にサイレンに入国された時が直近の同類の出来事だったかと」
「まさか。僕はちゃんとジブリマーレ様に許されて入国しましたよ」
「ですが出国の手続きはされていませんよね」
「・・・記憶にございません」
「そういえば、雨の宮にご滞在の間にハイドさんが目覚めた時のお話を聞いた折、『ケレステールで気を失って目が覚めたらなぜかユーロにいて奴隷商の檻の中にいたんです。おそらくはシルクという女空間魔法使いの仕業でしょうが原因は未だ不明のままであの時は本当焦りましたね』ってお話しされていませんでしたか?」
「リアム様こそ生粋のトラベラーですね。いやー感服いたします」
「バレなきゃいいんですよバレなきゃ」
おかしいな、なぜか愛蔵と繚美に放った小言が僕の耳にブッ刺さってる。・・・いや待て、おかしいな。そうだ僕はダンジョンにいたはずだ。それにもかかわらず、ユーロにいた?僕はあの時に転送陣を経由したのか、いやしかしそんな・・・わかんないな、うん、そんな感じで前も問題を先送りにしたはずだ。今度シルクが出たらその辺もカマをかけよう。
「ヤッホー、戻ってきったよー!」
「でたな諸悪の根源よ!ああ、サイレンを統治する女王、広大な深海を鎮める女王ジブリマーレ様、汚れてしまった私のせめてもの弁明をどうかお聞き入れください。こいつです!こいつが一連の事件全てを仕組んだ運び屋なんです!悪いのは海竜なんです!すべからくなすすべもなくなにも知らず私は彼の口の中に監禁されて連れてこられただけなんですぅぅぅ」
「どうしたの?」
「そうだったんですねリアムさん。それでは被告人海竜ウーゴ・ファノに深海女王ジブリマーレ・ウェパルの名に置いて裁定を下します!海竜ウーゴ・ファノは無罪!」
「だろうとも。やりました。よかった海竜、あなたは晴れて無罪だ!」
「えっ?えっ?なんなの?なんかわかんないけど」
「あなたの無実が証明されたってことさ。なぁに、あなたの潔白を証明するために裁定の場を設けていただけるよう取り計らった私にお礼を言ってくれたらそれでいい」
「あ、ありがとう」
「訳もないのにお礼を言うもんじゃありません!まったくこの子は自分がどれだけの大恩を受けたのかわかっていない。そんな子には罰としてサイレンから新しい輸入品を運ぶ役目を与えます。お給金も出ますからしっかりとこなすんですよ」
「意味わかんないよリアム・・・」
「クソっ、ここではお前の罪は認められなかったがベッセルロットではそうはいかん。むかしお前に受けた屈辱の借りは必ず返してやる!──つづく──次回作制作決定!!!──いつものようにコルンバの港を訪れた海竜はまたもコンクリに降り立つ。すでに前科持ちの海竜。あんなにも叱られたのにまたもや降り立った海竜。さらに悪いことに次の日にもまた性懲りもなく降り立つ海竜。しかしその日は誤ってリヴァプール国際空港の敷地へと降り立ってしまい空港の所有者ロバートから修復費として莫大な弁償金を請求される。海竜はなんとか工事費分の無償労働で返済を賄う契約の合意をロバートと工事請負会社に取り付けることに成功、しかし契約を結んだブループリント産業株式会社の所有者リアムには優しい表情の下に隠された思惑があった。果たして海竜は求償債務を迫るリアムの弁済金地獄から抜け出せるのか!?次回、”海竜またもコンクリを割るinベッセルロット”。なお上映開始時期は未定です。現在鋭意製作中の”海竜、言質をとられる”のシリーズ化にご期待ください」
「フフっ、もし続きをするときはわたしにも鑑賞させてくださいね」
「もちろん。ところで風の防護球はどうだった?」
「バッチリだったよ!・・・でも、ジブリマーレもいるってことはもしかして」
「私も同行します」
「そうなんだ。それじゃあ僕の力は必要ないかもね」
「そんなことはありません。久しぶりの訪問です。身軽でいたいのであなたの力を貸してください」
「わかった。いいよ」
「ありがとうございますウーゴ」
「うん。で、ジブリマーレがお礼を言うのはいいの?」
「いいの」
「やっぱり意味がわからないよ」
「被害者からの弁護士からのお母さんからの復讐心に燃える謎の存在・・・それをなんの前情報もないわたしたちが見ただけで分かるように演じ分け切った?・・・なぜお母さん?いやしかしあれは紛れもなくお母さんだった」
「早い切り替え!それに話題を取り入れる柔軟さ、そして役に徹する潔さ!リアムさん、あなたなら将来わたしたちの芝居小屋のスターになれる!この愛蔵といっしょに芝居をしませんか!?」
民間放映を知らない時代の若者たちにはどうやら僕の魅力は刺激的すぎたようだ。
『リアムと煙はなんとやら。持ち上げられるとすぐに調子に乗る。誰がとは申しませんが火傷しそうです』
僕は罪作りな火種だ。




